わたしは誰?

 ここはどこ?

 その女性は見知らぬ土地に立っていた。

 その女性は、そして記憶を失っていた。

 ここがどこだか、わからない。

 自分が何者か、わからない、思い出せない。

 その女性はくりくりの漆黒の瞳で辺りを見渡した。

 周りは砂漠であった。

 天涯は灰色の雲に覆われている。

 赤砂が風に乗って、女性のショーットカットの髪に吹きつける。

 何が何だかわからなかった。

 なぜ、ここにわたしはいるのだろう。

 身なりは、ジーパンとスポーツウエアのジャケット。

 何故、自分がこのような姿をしているのかも不思議だ。

 何故、こんな砂漠の真ん中に突っ立っているのも不思議だ。

 とりあえず彼女は歩き始めた。

 前進、とりあえず前進。

 何が何だかわからなくても前進。

 ここに彼女は自分の性格一部分をかいま見たような気がした。

 とにかく前進する。

 それが後退していようが、別にどっちだっていい。

 歩く。

 とにかく歩く。前進する。

 わたしはこのように人生を今まで生きてきたのかとも、彼女は思考した。 しかし、それは飽くまでも推測である。

 歩いた。歩いた。

 後方を振り返ると、女性の足跡が満里の頂城のごとく、つら縫っている。 彼女はあきれた。この世界に。

 一面赤色の砂漠の世界に。

 そのうちに、世界は光を欠いて、闇の世界に変化した。

 夜の砂漠を女性は歩いた。歩き続けた。

 喉は乾かないし腹も空かない。

 不思議と体力だけはあった。

 これも彼女自信の特徴のごとく思われた。

 しかし、喉が乾かないのと、空腹感がないのは、これまた異常である。 なんなんの?一体なんなのよっー?

 彼女はついに砂の上に座りこんでしまった。

 その時、灰色の雲が移動して、天涯に夜空の星星がきらめいた。

 星の中の一つが熾烈に光ながら彼女の前に落ちた。

 彼女は驚いて思わず拍手してしまった。

 耳に心地好いギターの音色が響いてきたからである。

 星から出てきたのは、派手な衣装をまとい、マッシュルームカットの頭でリズムをとりながらギターを引いている青年だった。

 彼女は彼の演奏をしばらく聞いていた。

 そのうち彼女は立ち上がり、片手をあげて音楽のリズムに陶酔していた。 そしてまたこれも、彼女自信の特徴かも知れなかった。

 そして演奏が終わった。

 「ま、お茶でも」

 青年はどこからか、きゅうすと湯飲みを取り出して、彼女にすすめた。 彼女はとりあえず、青年のいれたお茶を飲んだ。

 不思議にふんわりとした気分になった。

 「スリランカのジャスミンティーです」

 彼女はこのお茶もわたしに関係があるのかしらと考えた。

 「お香、焚きます?」

 彼女ははいはいと言いかけて、自分のことを問うた。

 ここはどこで、自分は何者かと言う事を。

 質問をうけた青年はまず自己紹介をした。

 「私は賢者、賢者ハシモトです。」

 そして彼女に三本の剣をわたした。

 短剣である。

 「その三本の短剣はあなたを守ってくれるでしょう。短剣の庇護を受けたい時は、ゆうゆうかん、と呪文を唱えるのです。わかりましたか」

 彼女はなんとなく頷いた。しかし、なんかウソッぽい。

 賢者ハシモトは彼女が話を信用していないのに気がついた。

 「信用していませんねっ」

 「信用していませんねっ」

 なんか彼女にくってかかってくる。

 「ならば、試してごらんなさい。そのかわり、あなたを救う回数はへるけれど・・・」

 彼女は試してみることにした。

 短剣の一つを右手に握って、小さく囁くように言った。

 「ゆうゆうかん」

 「声がちいさあいっー」

 賢者ハシモトが怒鳴りあげた。

 それで彼女は引いてしまった。

 「えーん、こわいー」

 「さあ、ためしてみんさい」

 彼女は気を取り直して叫んだ」

 「ゆうゆうかんっ」

 ぼんっと音がして、彼女の前に巨大な犬が姿を現した。

 短剣の一つはその瞬間消滅している。

 巨大なその犬は種類で言うとシベリアンハスキーに似ていてた。

 そのハスキーはいきなり賢者のおしりに噛みついた。

 賢者が慌てて言った。

 「話すように言ってくれ、この犬に」

 彼女はこの魔法の不思議に我を忘れていたが、賢者の言葉に瞬時に反応した。

 「もっと、噛んでやれえ」

 「わーっあほ」

 やっとの事で賢者は犬の鋭い牙から離れる事ができた。

 「その犬はあなたの従者であり、心強い味方である。そして、行くのだ、行けっ」

 「行くってどこに・・・、私は自分が何者か知らないのに」

 「行くのだ。その犬の背に乗って」

 彼女は犬の背中に跨った。

 乗り心地は悪くない。

 賢者は天空を指さして叫んだ。

 「行け、自分捜しの旅へっ」

 「自分捜しの旅・・・」

 私は旅行者だったのかなと考えているうちに彼女を乗せたシベリアンハスキーは空に飛び立った。

 いつの間にか、犬の肩あたりから翼が生えているのであった。

 彼女と犬はぐんぐん上昇した。

 そして、彼女等は宇宙空間を飛行していた。

 星星がきらめき、星雲を駆け抜ける。

 その飛行は宇宙空間なのに不思議と風を切る感覚があった。

 

 

 その惑星は緑の樹木で覆われていた。

 どこもかしこも緑の樹木で湿度が高い。

 梅雨どきみたいであった。

 彼女と羽の生えたシベリアンハスキーは沼の前で休んでいた。

 何故、この惑星に来たのかわからない。

 その辺の記憶がぶっ飛んでいる。

 気がついたら巨大な犬とともにここにいた。

 「蒸し暑うー」

 彼女は片手で顔に風がくるようにぱたぱたやっている。

 犬は舌をだしてだれていた。

 彼女は沼の彼方を見つめた。

 かなり巨大な沼である。

 何かいそうだ。

 そう思って彼女は水面の彼方を見つめ続けた。

 すると前方から船が近ずいてくるではないか。

 その小舟はすうーと彼女のいる岸に寄ってくる。

 船には人影があった。

 髭をはやした中年で痩身の人なつっこい笑顔を浮かべている。

 そしてパイプをくゆらす姿が様になっていた。

 彼女はその人に問いかけた。

 「あなたは誰?」

 小舟の上の人は問いに答えず反対に問うた。

 「君はだれ?」

 「ここはどこ?」

 「ここはどこなの?]

 「何をしているの?」

 「犬と散歩しているの?」

 お互いに問いかけるだけで、話は一向に進まない。

 彼女は問いかけるのをやめた。

 小舟の上の人は笑顔でパイプをくゆらしている。

 「わたし、実は自分捜しの旅をしているの。わたし、自分の名前もしらないのよ。おじさん、わたしを知っている?」

 笑顔で紫煙を吐き出した。

 そして遠い目付きをした。

 「自分捜しか・・・、僕もしたよ、でもわからない、じゃさいなら」

 そう言って痩身の中年は自転車に乗って樹海のなかに消えていった。

 いつのまに自転車を、いったいどこから出したんや。

 沼の上には、もう小舟は存在しなかった。

 そしていきなりハスキーが吠え始めた。

 ばうばう。

 なにか危険が潜んでいるのか。

 彼女は不安になった。

 犬は吠え続けている。

 彼女に緊張感が走る。

 後方の草むらがぶるっと震えた。

 がさがさ。

 そして、ひょこんと小さな影が踊り出た。

 小さな背たけの老人である。

 その老人は奇声をあげて笑った。

 「ほーほほほほほ」

 犬は吠えるのを止めた。

 これもさっきの中年同様無害だと言うことだろう。

 「なにしとるの?」

 老人が彼女に問いかけた。

 「それが、わからないの。そして自分の名前も」

 「ほ?」

 老人が邪気の無い顔で笑った。

 「わしゃ、あんたの名前知っとる」

 「えー、本当?」

 彼女は喜んだ。これで自分が何者かわかる。

 「ねぇねぇ、わたし誰?」

 老人がポカント答えた。

 「まきちゃんじゃ、増田まきちゃんじゃ、ほーほほほほ」

 「えーわたし、増田まきって言う名前なの?」

 それからなぜか二人は笑いあった。

 「ほんじゃあ、帰るわ」

 老人はこれまた自転車に乗っていずこか去っていった。

 「そうか、わたし増田まきっていうのか」

 納得している時に、犬がまた吠え始めた。

 見ると犬が吠えている方向に巨大な影が動いた。

 のっそりのっそりと近ずいてくる。

 それは巨大なヒグマであった。

 ヒグマが二本足でぬおーっと立った。

 ハスキーは吠える負けていない。

 増田はハスキーの後ろに隠れた。

 ヒグマが叫んだ。

 「やっぱりマキのコーヒーは最高や、カフェインが濃いし」

 「は」

 そう言って、ヒグマもまた、のっそりのっそり立ち去っていった。

 「なんのこっちゃ。ねぇー佐伯さん」

 佐伯さんと呼ばれた巨大で羽の生えたシベリアンハスキーは頷いた。

 増田はこの犬の名前が佐伯さんと言うのがなぜか、ひらめくようにわかった。

 犬も佐伯さんと呼ばれて尻尾を勢いよく振っている。

 その時、沼に異常が発生した。

 まるで風呂の栓を抜いたように水が減っていく。

 沼の中央に巨大な穴が開いている。

 その穴に沼の水だけではなく、すべてのものが吸い込まれていく。

 まるでブラックホールのように。

 そして、彼女等の抵抗むなしく、一人と一匹は穴に吸い込まれて行った。

 

 

 そこは瓦礫の世界であった。

 生命のない世界。

 死の世界であった。

 増田と佐伯さんはその世界をとぼとぼと歩いていた。

 穴に吸い込まれてからの記憶がない。

 またもやである。

 前方に人影が見える。

 椅子に座っている。

 その人には背中に黒い蝙蝠の翼が折りたたまれていた。

 増田は顔をしかめた。

 強烈な負の波動である。

 それは翼の人影からでている。

 怒り、悲しみ、怨み、強烈な闇の波動である。

 増田は佐伯さんを盾に、人影に近ずいた。

 佐伯さんも顔をしかめている。

 尻尾はだらりとしていた。

 さすがのシベリアンハスキーもまいっているようである。

 増田は二本目の短剣を用意した。

 いつでも身を守れるように。

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