その椅子に座っている者の容姿は醜かった。

 その姿は悪魔に酷似していた。

 その者が彼女等に気がついた。

 「君たちは誰だ、何者だ」

 その者は曇った目で見ている。

 増田はへらへらと愛想笑いをした。

 「増田でーす。この犬は佐伯さんといいまーす」

 変に明るい性格になってきた自分を増田は自覚した。

 そして増田はその者に問いかけた。

 「あなたは誰なんですか」

 「私は悪魔だ」

 「悪魔?」

 「あれ、後ろの方は・・・」

 見ると、椅子の後ろにもたれて、絵を描いている中年の姿がある。

 その絵は不思議なへたうまの描けそうで描けない絵であった。

 「彼はレギオンの一人だ。やっさんと言う」

 「やっさん・・・、やっさん、絵うまいなあ、味があるわあ」

 やっさんはわはははと道化師みたいに笑った。

 「で、増田さんとやら、あなたとその犬はこんな所でなにをしているんだ」

 「それは、自分捜しの旅でーす」

 「あんた、明るいな」

 「そうかしら、えへへへ」

 佐伯さんが、ばうばうと答えるように吠える。

 「自分捜しの旅か、私も昔生前、自分とは何とや、と考えた事があったなあ・・・、そう、生きていた頃は・・・」

 悪魔から負のエネルギーの放出がやんだみたいだ。

 周りの空気が軽くなったような気がする。

 「生きていた頃って、それじゃあ、今は死んでいるの、悪魔さん?ここはどこなの」

 「ここは地獄だ・・・」

 「えー、地獄」

 増田は頭から抜けるような声をだして驚いた。

 「地獄って言ってもなーんにもなくて、誰も他の人がいなくて・・・」 「他の連中は皆救われた」

 悪魔は悲しそうな声で言った。

 「どこへ、他の悪魔さんたちは・・・」

 悪魔は上を指さした。

 「・・・天国だ・・・」

 「天国・・・。あなたは行けへんかったの」

 「私は救われなかった、私は神の声に呼応できなかった。どれほど、救われたいと私は願っているか、・・・私は自分を憎む。自分が嫌いだ」

 「そこまで言わんでも・・・」

 増田は思わず慰めの言葉をかけた。

 「やっさんも救われなかったん」

 「えー僕、かわいい絵が描きたいんよ。未来君みたいな・・・」

 と言って、やっさんはもくもくと筆を滑らせている。

 増田は悪魔になんとなく質問をしてみたい欲求にかられた。

 「生前はなんやったん?」

 曇った悪魔の目が閉じられた。

 「精神障害者だ・・・」

 「精神障害者・・・」

 悪魔は苦悶するように言った。

 「私は人生を救われないうちに終わってしまった。自分で自分に呪いをかけていたのだ。そして、人生が終わってみると、私はこの椅子にすわっていたのだ。今から数十憶年という時間の過去から・・・」

 「精神障害者ってしんどいの?」

 「しんどい。辛い。苦しい悲しい」

 「その気持ちを数十憶年もまえから・・・、しんどいね」

 「うむ。しんどい」

 悪魔の瞳から光る物がこぼれた。

 増田はこの悪魔を哀れに想った。

 そして、悪魔の辛い気持ちが何とかならないかなあとも思う。

 悪魔は増田に寂れた笑顔を向ける。

 「あなたは変わっている人だ」

 「えー、わたしって変わっている?」

 「自分捜しのキーワードになっただろ。さあ、この世界から去りたまえ。あなたがいつまでも居る所ではない・・・」

 それっきり悪魔は口を閉じ目を閉じた。

 増田は困惑した。

 この世界からどのようにして脱出すればよいのか。

 そして悪魔の暗い気持ちをなんとかしたかったが、それは他人の力で何とかなるものではなかった。

 増田は佐伯さんに跨る。

 とりあえず、飛行し上昇してみよう、そう考えた。

 悪魔のことは気がかりだったが、さよならを言った。

 悪魔は無視をしている。

 無視というか、もう自分の世界に悪魔は閉じこもっているのだ。

 「また来てね」

 やっさんがにこにこしながら別れの挨拶をした。

 彼女等は天空に向かって飛び立った。

 上昇する。

 ぐんぐん。

 ぐんぐん上昇する。

 気流に乗った。

 成層圏を突破した、そう、思ったとき彼女等は何かに追突するショックに見舞われた。

 

 

 

 「きみ、あぶないじゃないか、気をつけなさい」

 地面に転がっている増田を色の黒い眼鏡をかけた人物が見おろしている。 「あ、センセ、こんにちわー」

 陽は西に陰っている。

 増田は作業所ゆうゆう館の前にいた。

 時刻は午後五時半。

 「今日はこんなもの持ってきたよ」

 「わあ、インドの曼荼羅だあ、凄い」

 共同作業所ゆうゆう館では運営するための助成金を確保したのだが、今年はそれが半額しか降りないようになってしまった。

 このままでは運営できない。

 精神障害者の行き場所の危機である。

 作業所の運営の危機である。

 その日、夕方、スタッフおよび関係者等これからの作業所の運営について会議が開かれた。

 打開策がないに等しい。

 寄付金を集うしか道はないのか。

 お金の問題はシビアである。

 これは現代社会の欠点でもあると思う。

 お金があればなんでもできるなんて。

 お金がなければなんにもできないなんて。

 スタッフおよび関係者は力の無さを痛感した。

 増田は掌中の短剣を見つめた。

 今こそ、この魔法の短剣を使う時かもしれない。

 最後の魔法の短剣を・・・。

 作業所には人が通ってくる。

 健常者も精神障害者も。

 ひょっとして、これは、これこそが、自分捜しの旅ではないか。

 みんな自分を捜している。

 捜しているのだ。

 作業所と仲間を通して。

 自分捜しの旅。

 その場所を無くしてはならない。

 せっかく点したゆうゆう館の火を消してはならない。

 増田は短剣を前に出して立ち上がる。

 みんなはそれを見てびっくりしている。

 増田は呪文を唱えた。

 大きな声ではっきりと、

 「ゆうゆうかんっ」

                              おわり

 

 

 隕石の群れに遭遇したのである。

 彼女等は隕石の群れをひとつひとつかわしながら、その群れから脱出しようとした。

 しかし、隕石のおびただしい群れは、それを不可能にした。

 ぎゅんっと隕石が増田の頭を掠める。

 「きゃー、こわいいいっ」

 佐伯さんは器用に隕石の群れを縫って飛行しているが、この安全運転もいつまでもつかわからない。

 いつかは隕石に激突するだろう。

 増田は二本めの短剣を使うことにした。

 短剣を右手に収める。

 増田は魔法の呪文を唱えた。

 「ゆうゆうかんっ」

 すると隕石の群れは、バレーボールの玉の群れに変化した。

 増田はバレーボールの玉を次々にさばいていく。

 トスをしたり、レシーブしたり、アタックをしたり。

 体が自然に反応する。面白いくらい。

 なんでこんなにバレーボールが得意なんだろう。

 これも自分の特徴なのか。

 増田はまたひとつ自分の特徴を把握した。

 朧げながらではあるが。

 バレーボールに変化した隕石群を、軽く脱出することができた。

 ほっとしていると、正面からフラッシュが焚かれた。

 「いいね、いいわ。その表情」

 そう言いながら、素早くカメラのシャッターを切るおかっぱ頭の女性の姿が宇宙空間に浮かんでいる。

 「あなたは・・・」

 女性はカメラを下ろすと、増田の問いに答えた。

 「わたしはスペースカメラマンなのよ」

 「はあ、」

 「おかげでいい絵がとれたわ。ありがとう」

 「あの、」

 「わたし、次の場所へ行かなくちゃ。ああ、被写体がわたしを呼んでいる。じゃね」

 そう言ってカメラマンは黒いスクーターに乗って宇宙のかなたへ行ってしまった。

 増田は彼女もわたしに関係がある人なんだと思った。

 しかし、まだ自分が何者なのかわからない。

 わかったのは増田まきと言う名前だけ。

 これからどうなるのと思っているとき次のトラブルが来た。

 シベリアンハスキーこと佐伯さんが飛ぶのに疲れたのである。

 そしてついに飛行するのを止めてしまった。

 増田はそのショックで宇宙の大海原に投げ出された。

 「あーああ、どうなんのぉー」

 増田は宇宙空間を光の速度で流されている。

 上に流されているのか下に流されているのか。

 上か下か。右か左か。

 増田は唐突に意識を失った。

 それでも身体の浮遊感は続いていた。

 わたしは何ものなの・・・。

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