春  告  鳥

                           青リンゴ 作


 高い杉の木立の上に一羽のウグイスがとまっていました。
 桜は散り、風はもう、夏のにおいです。
 ウグイスは黄緑の羽をほこらしげに広げ「ホーホケキョ」と鳴きました。
 そこへ、カラスが飛んできて、「お前は、春を告げる鳥だろ、季節はもう夏だぜ。鳴くのをやめろ」としわがれた声で言いました。
 ウグイスはおかまいなしに「ホーホケキョ」と鳴いて 「私は一年中ここで、こうして春を呼んでいたいの、ほっといてちょうだい。」と、美しい声で言いました。
 「ふん。」とカラスは羽をひるがえして森の中へ帰っていきました。
 「ホーホケキョ。ふう、少しつかれたわ」とウグイスは高い杉の梢から、下を見下ろしました。
 さっき、カラスの言ったように、森の木々達は、深緑に色づきかけ、春の気配はとうの昔に去っていました。
 周りを見渡すと、鳴いているウグイスは自分一羽だというのに気付きました。ウグイスの両親は死んでしまって、もういません。
  兄妹も話し相手もいません。ただ毎日、高い杉の梢から、孤独に鳴いていました。
 自分一人だと分かっていてもいつまでも春の気分ひたっていたいのです。
 ただ、季節だけが無常にうつろっていきます。


次ぎの日も杉の木立の中でただひとり、春を呼んでいました。
 しかし、ノドもだんだんとかれてきて美しい声で鳴けなくなってきました。
 すると意地悪ガラスがきて、。「そらみろ、いつまでもボヤボヤくだらない事をしているから神様のバチがあたったのさ。」と言ってしわがれた笑い声で鳴きました。
 ウグイスは何度鳴いて、もう美しい声は戻ってきません。カラスのようにしわがれた声が出るばかりです。
 「私の役目はもう、終ったのかしら?」とさみしくなりました。
 その晩にさみしくて、さみしくて、涙で黄緑の羽をぬらしました。
 「神様、私はいつもひとりです。さみしくて、いつまでも春の気分でいたいのです。鳴いている時はさみしさを忘れられます。春が終われば私は用済みですか?」と小さな体をふるわせて月に向かって泣きました。
  その時です。「バサッ、バサッ」と羽音がして夜鷹がやってきました。
 鋭いツメでウグイスの体を「ギュッ」とつかむと自分の森へと運んでいきました。
 暗い暗い森の中へとウグイスの体を運んでいきました。
 そこには、何十羽もの夜鷹がいて、ウグイスの方に赤い目をギロッと向けました。
 ウグイスは死を覚悟しました。
 「きっとあのうすぎたない夜鷹達のたくさんのツメ に私のからだは引きさかれるんだわ。」と思いました。
 そして、その夜鷹は、群れの中心までウグイスを運んで行くと、意外にも「鳴いてみろ」と、一言いいました。
 ウグイスは「夜鷹さん、私のノドはしわがれていてもう美しい声で鳴く事ができません。許してください。」と言いました。
 でも夜鷹は赤い目でウグイスをにらむと、「鳴いてみろ。」ともう一度言いました。
 月夜の晩にウグイスは赤いたくさんの目に囲まれて生きた心地がしません。
 「よし、こうなったら。」と思って死ぬ覚悟で鳴いてやろうと思いました。
 空を見上げると、月がやさしくウグイスの体を照らしています。
 そして、胸いっぱいに深呼吸すると体の力は抜けいく分か楽になりました。
 するとノドにひっかかていたトゲがとれた様に、するりと声が出ました。
 「ホーホケキョ」美しい声が暗い森にこだまします。
 夜鷹達はざわめきました。
 「あれがウグイスの声か、初めて聞いた。」
 「たいそう美しい声だ。」と口々に言っています。
 そして、近くにいた、ウグイスを連れてきた夜鷹はこう言いました。
 「オレ達の森は暗く、いつまでたっても春はやってこない、これから月に一度、おまえの美しい声を聞かせてくれ。」
 そして、ウグイスは美しい声が出たのでうれしくなって「はい。」と言いました。
 夜鷹の赤い目はなぜか、潤んでいました。そうして、ウグイスはもとの杉の木立 に帰っていきました。
 涼しい夜風が羽を通りぬけていきます。美しい声が戻ってきたので、ちょっと安心しました。
 そして、今度からは、月に一回、夜鷹達のために鳴いてやろうと思ってその日までノドを休める事にしました。
 次の日から高い杉の木立には、ウグイスの姿は見当たらなく鳴りました。かわりに黒いカラスが一羽「カァーッ、カァーッ」と鳴いていました。




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