診療日記(2002,12,19更新)





この日記は、医院での診療の様子をお伝えするものです。ホームページを見て、受診した患者さんから、日頃の診察の様子や、医者がどんなことを考えているかがわかると、受診する時の参考になるということで、このコーナーを開設しました。


12月X日

最近、医院の熱帯魚が卵を生んで、どんどん増えています。
それも小型のなまずみたいな魚です。
髭があって、茶色の地味なタイプです。
その魚ばかりが増えているのです。
最初は、熱帯魚が卵を産んだ!
卵がかえった!
共食いを生き延びたのが一匹!?
とか、そのたびごとに感動の声が挙がっていたのですが、
共食いのなぞは、単なるエサが少なかっただけだったり、
早く、親魚と一緒にしたからだったり、次第に育て方のコツがわかり、
生き延びる魚が増えて、うじゃうじゃに近くなってきました。
もともと、この魚は、ネオンテトラなど、きれいなお魚の、
食べ残しのゴミ掃除の係りでした。
その係りの魚ばかりが増えてしまったのです。
それも、水槽の底をウロウロするので、見栄えも悪い。
髭もあるし。
マクドナルドへ行ったら、店員のおねえさんもいなくて、
お客さんもいなくて、ただ掃除のおじさんだけがごちゃごちゃと10人ぐらい掃除をしている。
そんな感じです。
これは、いったい医院のどういう未来を予言しているのかなあ。
そういうことを言っている人もいます。




11月X日

今日は、医院のデイケア祭でした。
毎年やっているのですが、年々関係諸機関の参加者が減っています。
保健所、福祉事務所、病院、同業者の人々等々が激減です。
まあ、お義理の参加が減ったということなんでしょう。
そのかわり、デイケア利用者の家族だとか、医院の近所の住民の参加が増えています。
今年は、小学生の参加が多くて、出品の作品などに、「これほしいなあ〜。」という声などが出ていました。
患者さんの家族の参加も増えて、なんだか小学校の学芸会に一家全員で参加するという乗りです。
医院が地域に段々根付いていっているのでしょうか。
それと、医院を実習に利用した、大学生とか各種学校の生徒さんの応援ですね。
なつかしい顔に出会ったり、急にきれいになっている学生さんを見つけて、
「恋をしているのかなあ〜。」なんて考えて、楽しいですね。



11月X日

先日、夢の中で、自分がまだ精神病院に勤めているのですが、
外来の仕事ばっかりで、ちっとも病棟へ来てくれないと患者さんからしかられました。
目が覚めてから、ああそうだ、精神科の病院に退院のめども立たず入院している患者さんのことを、
このごろは考えていなかったなあと思いました。
たぶん前の日に、私が以前受け持っていた患者さんが、精神病院で亡くなったという話を聞いたからでしょう。
ここ5年間ぐらいは、自分の医院の仕事ばかりで、病院に入院している患者さんには
何の働きかけもしていません。
外来の患者さんが、病院に入院したときに、お見舞いに行く程度です。
精神科の病院がどうなっているか、関心も薄くなっていました。
実際に、診療所の立場で、病院のありかたに何かの影響を与えるなどということができるとは思えません。
しかし、診療所と病院が無関係で存在しているわけではありません。
最近の診療所開院ブームで病院の中堅医師が抜けてしまって、
病院の臨床的な力が落ちたという話を聞くこともあります。
また、患者の意志や人権を重視するという立場から、結果的にやっかいな患者の入院が難しくなっている印象があります。
必要以上に短期入院となり、治療が不完全なままに退院となるケースもあります。
障害者を地域で支えると言っても、拠点としての精神病院がしっかりしていないと、
実現性はとぼしいです。
診療所から、病院に発言するというのも、おこがましいですが、
どこかで、関心を持って、注意を払っているべきだなあと思ったしだいです。
それに、自分が今日あるのも、精神科病院で仕事をして得たものが基礎なのですから、
いつかは病院に入院している人たちにお返しをする義務もあると思います。




11月X日

11月に入って論文を二つも書かなければならなくなり、四苦八苦。
そうでなくても、私の書く文章は、論文ではなくエッセーであると言われているので、大変です。
やっと、一息入れているところです。
そのため、ホームページの更新もぐんと延びてしまいました。
お便りもあまりなかったので、気力が出なかったこともあります。
12月に入れば、また少し力を入れようと考えています。
どうぞ、よろしく。



11月X日

最近になって、新患が午前中で4人というような日もあります。
そういう日でも、何とか一定の時間内に診療を終えるようにしていますが、なかなか厳しいものがあります。
私が自分で納得のいく面接内容を維持しようとすると、無理を感じることもあります。今後、更に患者が増えるとどうなるのかなあと考え込むこともあります。
新患受付を予約制にする。
新患の診察は別枠にする。
遠方の患者は、近所の医療機関を紹介する。
カウンセリング的な面接をカウンセラーに任せる。
など、色々考えられるのですが、今の所は、結論を出していません。
ともかく、開院して5年もすると、開院時のペースではやれなくなっています。
患者さんにとって、待ち時間が長いのは嫌でしょう。
しかし、たとえ待ち時間が長くても、診てほしいときに予約なしで診察してほしいということも事実でしょう。
なかなか判断に苦慮します。



10月X日

保健所のデイケアに参加していて、この前は静原へ芋掘りに行って来ました。
芋畑のとなりは、コスモス畑で、赤やピンクのコスモスが畑一面に咲いていました。
あぜ道に建てた棒の先に、小さい郵便受けのような容器がつけられていて、
「コスモス、200円。10本まで。」とマジックインキで書いてありました。
たくさんのコスモスの中から、茎のしっかりしたもので、つぼみもたくさんあるものを選んで、
10本つみ取りました。
医院へ帰って、花瓶に挿すと、一抱えもありそうです。
とても、200円とは思えない。
本当に、立派なものです。
コスモスを見ていたスタッフに、「これはいくらだったと思いますか。」と尋ねると、
「う〜ん。先生が買うんだから200円ぐらいでしょう。」
どうも、私はスタッフから、何もかも見透かされているようです。



10月X日

今日は、ある人のおすすめで、京都のみやこメッセというところで行われていた岩石鉱物の展示即売会に行きました。
快晴の爽やかな一日でしたが、ビルの中にいて、色々な鉱物を見ていました。
そこで、トルマリンの結晶、パイライトの結晶、紅色水晶、オパール化した貝の化石などを買いました。
すべて、安いもので、何も買わずに帰るのが残念だったので、買ってしまったものです。
私は、子供のころから、鉱物には関心があって、廃鉱のズリ捨て場などによく行ったものです。
私は持論として、うつ病になった患者さんには、回復期には子供の頃の趣味の再開を提案しています。
それで、時々は自分のために、昔の趣味をなぞってみるのです。
何の役にも立たないのですが、そのぶんリラックスできます。
小学生のころに、廃鉱へ行って、パイライトの結晶を手に入れたことがあります。
その当時のものは、結晶の一辺が1cmぐらいで、角も傷が入っていましたが、見つけたときは宝物のような気がしました。
今度買ったものは、一辺が3cmほど、まったく無傷に近いです。
そういう結晶は、スペイン産のものが有名です。
でも、手に入れて、子供頃のような感動はありませんね。
そのことが残念ですね。
成長とともに感動が薄れるとしたら、それは本当に成長なのかなあと考えたりしました。



9月X日

精神科医としてもうかれこれ30年になりますが、色々病気のことで相談されて、自信をもって返事できたと言うことがありません。
大体が、おっかなびっくり。
助言に効果があったりすると、ホッとするのが実情です。
効果が無いときに、そんなはずはないなどと思ったことがありません。
何がわかっていなかったのだろうかと考えてしまいます。
ただ、多いのはこちらの助言を誤解、曲解、無視する人ですね。
これは困ります。
私にしてもただ時間長くやってきたわけではありません。
それなりの経験もありますからね。
でも、最近、若い人の教育や研修をやってみて、本当に自分にわかっていることはわずかだなあと思います。病気の本態が一個の卵だとすると、私がわかっているのは、せいぜいが卵の殻の一部でしょう。
あとは、何にもわからない。
それでも精神科医をやっていられるのは、患者さんの自己治癒力、自然治癒力ですね。
治療というのは、それを邪魔しないことにつきますね。




8月X日

 外来での治療をしてきて、一番治療効果があがった人は、最初に受診したときから、
もう十年以上も私が主治医でやってきているかのような態度で接してくる人と、
もう一つは、こんな医者に見てもらうくらいなら死んだ方がましだとばかり、先生には見てもらいませんと言った人です。
 そういう風に、議論、非難、攻撃、したあげく、叩きつけるようにしてドアを閉めていったような人が、
半年から二年ぐらいして、「私が間違っていました。」と頭を下げて、
改めて治療関係を作り直した人です。
 恥を忍んで頭を下げるのだから、並大抵の謙虚さではないと思います。
 その謙虚さが事態の展開を産むのでしょう。
 そういう人を見ていると、正直に言って、たとえ病気になったからと言って、自分にそんなことができるだろうかと考えてしまいます。
 それだけ、病気の苦しみというものが、つらいものだからなのでしょう。
 本当に尊敬に値する人というものはあるものです。
 そういう人に出会えるのも、医者という職業に携わった役得みたいなものですね。



8月X日

 8月15日の敗戦記念日に、講演をしてくれと言われて、栃木県まで行って来ました。
主催者と打ち合わせの時、「海水浴ですか。いいですね。」と言われました。
「いいえ。」
「じゃあ、山ですか。」
「いいえ、生まれつきです。」

まあ、そういうことですね。



8月X日

暑さのせいで、すべての活動が停滞気味で、ホームページの更新も遅れがちです。

この前は、診断書で解雇を撤回できたという話を書きましたが、今度はまったく逆のケースにぶち当たりました。
不況の影響は厳しいものがあります。
なんだか前回は自慢げに書いたので、それがよくなかったのかなあとも思いました。
ともかく、自己宣伝は良くないですね。
でも、医院の受診者の2/3ぐらいはホームページ経由なので、ある程度医院の雰囲気を伝えるようにしないといけないと思うので、少しは希望の持てる内容にしておかないとと考えています。
できれば、ホームページを読んだ人が、「可もなく、不可もなしかなあ。」と思ってもらえるのが良いかなあと思っています。



7月X日

この前、解雇寸前の人に、診断書一枚で、解雇撤回、職場復帰が実現しました。
診断書一枚でも、すごい力を発揮することがあるなあと思いました。
もちろん、支援者の力が大きいのですが。
医師免許証の持つ力に、改めてその責任の大きさを感じました。
使いようによっては、私にももっとやれることがあるだろうと思いました。

この前、医院の集まりの中で、患者さんに私に期待することを聞いたことがあります。
希望としては、もっと話を聞いてほしいとか、薬を減らしてほしいとかいう希望が出るだろうと思っていました。ところが、一番多かったのは、主治医として長生きしてほしいというものでした。
ともかく主治医に生きていてほしいと言うことなんですね。それが安心感を作るんですね。
そうか、みんなのためにも、がんばって長生きしよう、そう思ったことです。
生きていれば、たまにはいいこともできるだろう。
そう願いたいものです。




7月X日

梅雨明けとなって、今日は本当に暑かったですね。
炎天下を歩くと、200〜300mぐらい歩くだけでも、くらくらとしてしまいます。
みなさん、お身体に気をつけてください。
先日は、初めて受診する方が6人もありました。
初めて受診する方は、どうしても面接時間が長くなってしまいます。
診察の待ち時間をなるべく短くしようと思っても、なかなか思うとおりにはいきません。
どういうわけか、新しい患者さんが来るときは何故か重なってしまうのですね。
これ以上、患者さんが増えると、面接時間を確保するのがむつかしくなるのではないかと心配しています。
まだ、新しい患者さんの人数制限をするほどではないのですが、
後2〜3年したら、どうなるのかなあと感じています。
ゆっくり話せることが大事なのですが、色々な人に役に立てるものなら立ちたいでから、その兼ね合いが難しいですねえ。



7月X日

今年も就職活動の手紙が来るようになった。
精神科診療所のポストが希望されるのだから、それなりにポストが不足しているということなのだろう。
多いのは、精神保健福祉士と臨床心理士、からの採用問い合わせだ。
実際に資格を持っている人は少なくて、資格試験の受験資格を持っているという段階の人が多い。
学校を卒業予定で、内定をとりたいという希望なのだろう。
色々な施設に手紙を送っているからだろうが、返事を出しても反応がない人や、
アポイントを取っても、連絡無しでキャンセルする人も多い。

精神医療や保健の分野は、ポストがあるとかないとかより、
人物が大事で、人柄が良ければ、無理をしても採用ということもあるだろう。
それなのに、ポストがないと聞くと、それだけで全く無視してしまうのでは、
こういう分野で仕事をしていくのには向いていないと思う。
その時、その場の縁をもっと大切にしてもらいたいものだと思う。



7月X日

昨日も、おばあさんの精神鑑定をおこないました。
なんだか、鑑定がよくまわってきます。
他の精神科医は鑑定をやりたがらないのかなあ。
ともあれ今回のおばあさんの歌は、「赤とんぼ」でした。
テーマソングなのかなあ。
惚けて何がなんだかわからないのに、「赤とんぼ」を歌っていました。
惚けて子供に戻って、子供の歌を歌っているのか、それとも惚けて、一番大事なものだけが残ったのか。
家族は、かわいいなあという受け止め方でしたが、
私は自分が惚けたときに、何を歌うのかなあと考えていました。
人間が死という闇の訪れを前にして、ひとときの華やぎを見るとしたら、
それが命の夕焼けというものでしょう。
このおばあさんは、その夕焼けの中で、
どんな赤とんぼの姿を見ているのでしょうか。




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