深夜ラジオ
きもとけいし
ケイシは精神障害者であった。
現在時刻、午前一時五十八分。
就寝前に「眠前」と言われている就寝用の安定剤を服薬したが、なかなか寝つかれない。
そんな日々がもう三年間も続いている。
ケイシは五年前に発病して精神科の外来に通院したが、症状が重くなり四年前に強制入院をさせられた苦い経験がある。
強制入院は飽くまで強制入院であって、社会の意思であり力であり、ケイシ本人には不本意な出来事であった。
だがそれが世の中なのだと精神病院の入院生活を甘んじて受けた。
それからケイシは他人を世の中を信用しなくなった、また信用出来なくなった。
病院と社会はそんな彼に精神分裂病のレッテルを貼った。
寝床のなかで寝返りをうっているケイシの枕許には小型のCDラジカセのラジオのスイッチが入っている。
楽しい音楽と小粋なDJのおしゃべりや、いろいろな巷の情報を提供するいわゆる深夜ラジオ放送である。
ケイシは寝つかれない夜にラジオの深夜放送を聴く週間が発病してからついた。
深夜ラジオは嵌まれば結構楽しめるのである。
ケイシは特に女性DJの番組に周波数を合わして聴いていた。
そして音楽情報の知識が増えることによって、CDアルバムの購入する枚数も増えていった。
ケイシは特に女性シンガーのCDを選んで買っていた。
この放送局はなんか面白くないなあ、
ケイシは選局ダイヤルをいじる。
「午前二時の時報をお伝えします、うひひひ」
突然、変な放送を選局してしまった。
「うひひひひひ、きょーほほほほほ、きょきょきょ」
なんだ、なんなんだ、この局は?
「こちら周波数αβγ、こちら周波数αβγ、妖怪放送局、妖怪放送局であります。皆様、今宵いかがお過しでありましょうか、今夜のDJは私、妖怪ろくろ首のおねーさんがお送りいたします。私のファンのみなさま、一週間どうお過しになりましたでしょうか、なに?首をながーくして待っていた?、なーんちゃって、きょほほほほほーっ」
なんだ、これは?いったいなんなんだ、このテンションは、
ケイシは呆気にとられて、この妖怪放送局なる番組に興味を抱いた。
「それでは、まず今夜の一曲目、妖怪界のモンスタービューティー雪女嬢の新曲、「冷ためい吐息」をお送りいたします、きょほほほほほー」
ケイシはくだらないと想いながらも、くだらなさを通り越して笑ってしまう。
雪女嬢の「冷たい吐息」と言う曲は想いのは美しい曲であった。
詩は私が愛した人間の男は結局、みんな最後には冷たくなって死んでしまうと言うことを嘆き哀しみ苦しむ内容である。
ケイシは曲を聴いているとなんとなく淋しくても癒されていく自分の心を感じた。
曲が終わった。
「きょーほほほ、今週、私ろくろ首はなんと失恋してしまいました、きゃはははー、私の恋人、過去の恋人ですね、もう、その過去形の彼氏の一つ目小僧さんなのですが、彼と私の恋の破局の原因は逢引の待ち合わせ時間と場所のすれ違いでございました、皆様、まあ、聴いておくんなさい、きゃははははー、私と彼は逢瀬の約束をいたしました、時刻は逢魔が時、待ち合わせ場所は「マ、メゾン」と言う喫茶店と聞き取りました。、彼は一つ目小僧さんは「豆象」と言う喫茶店で待ち合わせようと言ったのでした、破局の原因は私が店の名前を聞き取り間違えた事でありました、きゃはきゃはやは、私は「マ、メゾン」で深夜零時まで待ちました、そしてふと、妖怪の感が閃いたのです、しかし閃くのが遅かった、「もしかしたら豆象」なのかも、私は急いで霊界タクシーに乗り込み、「豆象」に急行いたしました、そして「豆象」に到着しました、ドアを開けて店内に入り客を見渡すと、一つ目小僧さんらしき姿はありません、しかし、ひとつ気になる影が、私と同列の妖怪、ろくろ首の影がありました、なんとその、ろくろ首が私に近づいて来ます、なにやら怒っています、顔は一つ目小僧さんそのものです、私は大変驚いたのです、なぜ、そんなに首が伸びてしまって、でも私と同じで嬉しいくて、でも彼は怒っていました、「君を待っていて、六時間も首をナガークして待っていたら、本当に首がナガークなってしまったではないか、どないしてくれるのだっ」私はあなたが私と同じ姿になって嬉しいと告げると彼はぷんぷん怒って、それとこれとは別問題だっと怒鳴りました、そして一言、「君とは終わりだ」と叫んで去っていきました、これが事の顛末です、私は振られちゃったのよー、きよほほほーきゃあーはは、あとで聴いた話ですが、それから一つ目小僧さんは伸びた首の治療のため霊界病院に入院したそうです、きゃははははー」
ケイシはこの放送を聴きながら想った。
これはどうも妖怪の世界の話なのだろうけれども、色恋沙汰がもとで妖怪も人間も心を痛めるのだなと、それと男性と女性が似たような性格でも恋は余りうまく行かないらしい。
相手に自分の無いものを求めて人は恋に落ちることもあるのだが、その相手に求めているものが自分に備わると、その恋はもう恋ではなくなり、やがて破局を迎えるものなのかも。
ケイシはこの深夜の妖怪放送を聴いていて、恋愛には憧れているけれども、恋愛とは困難でむつかしくて哀しいものなのだと悟った。
「では次の曲へ行きましょう、河童三兄弟で河童のルンバ゜
軽快な音楽が流れてくる。
ケイシはこのあいだに小用に寝床からたった。
用を終えて寝床に入ると、なにか変なのに気がついた。
今、深夜放送のラジオが流れているけれど、それは先ほどまで聴いていた妖怪放送では無いのである。
男性のDJがしゃべっている。
ただの民間の深夜放送であった。
ケイシは選局ダイヤルをいじった。
ない。
見つからなかった。
ついに妖怪放送は見つからなかった。
ケイシはCDラジカセのスイッチを切った。
窓のカーテンの隙間から覗く空が白じんでいる。
ああ、今夜も徹夜をしたか、・・・
ケイシは窓を開けて早朝の空気を吸った。
早朝の空気はうまい。
車の排気ガスに犯されていないからである。
この朝の空気と深夜の妖怪放送、このふたつとケイシ自身が精神障害者と言う事実がどういう形かわからないけれども、たぶんつながっているのだ、リンクしているとケイシは感じる。
いつかはこの不可思議な物事の謎が溶けるであろうと、ケイシは想う。 妖怪放送と
朝の新鮮な空気と
心の病のことと
物音がしないようにケイシは台所へ、インスタントコーヒーを飲みに行った。
外では新鮮な早朝の空気の中、雀のさえずりが聞こえている。
おわり
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