峠道
きもとけいし
春の山々を貫く峠道。
春の太陽が森緑をまばゆく照らしている。
太陽は春の季節を謳歌するかの如く空の中点に位置していた。
まだ冬の雪の残滓の残る峠道を一台のオートバイが疾駆している。
排気量400ュの普通二輪の免許で乗れるヨーロピアンタイプのオートバイである。
そのオートバイを操るライダーの義雄は、この狭せこましい日本の道路事情に大型のオートバイは不要だと考えている。
混雑している町中では400も要らないくらいだとも考えている。
義雄のライディング技術を持ってすれば峠道では無敵であるのだ。
義雄は今日、この峠道で四台のオートバイをカーブでひらりひらりと追い抜いたのだ。
そのうち二台はオーバーナナハンと言われる大型のオートバイである。 オーバーナナハンは化け物的な出力を持っており、その潜在能力を引き出して乗るのにはライダーにかなりの技術とかなりの度胸を求められる。 ドイツのアウトバーンにでも走らせれば結構楽しいと想うのだが、この日本の道路では宝の持ち腐れである。
しかしオーバーナナハンは、やっぱり凄いし魅力あるし、ライダーのスティタスシンボルであるのだ。
はったりも効くしなあ、
義雄も大型ニ輪の免許を持ってはいるのだが、一度1000ュのオートバイを購入した事がある。
性能など満足以上のものだったが、いかんせん取り回しが必要以上に重たいのだ。
それにこの手のオートバイは買い物やちょい乗りには使えない。
だから高速道路にでも余裕の持てる400ュをチョイスしたのである。 義雄はこのオートバイを選んで正解だったと思っている。
少なくても峠道ではひらりひらりと無敵であるから。
快調にカーブをスローイン、ファーストアウトでひらりひらりと義雄のオートバイは次々とカーブをクリアしていく。
低速カーブ、高速カーブ、ヘアピンカーブ、複合コーナー、上り坂、下り坂、・・・・・。
と、突然、天空から驟雨が叩きつけるように降ってきた。
だか空に雨雲は見当たらない。
太陽は燦々と中点でまばゆく世界を照らしている。
もう、義雄はびしょ濡れである。
たまらず義雄はオートバイから降りて巨大な木の下に避難した。
おかしい、
こんないい天気なのにな、
雨宿りをしていると義雄の周囲に霧が立ちこめてきた。
乳白色の霧である。
なんだ?
義雄はなんか気味が悪くなってきた。
右の横から草を擦る衣づれのの音がする。
はっと視線を移すとそこに白無垢の花嫁衣装を纏った美しい女性の姿があった。
義雄は驚愕した。
なんでこんな山の中に白無垢の花嫁衣装姿の若い女性がいるのだ?
白無垢の女性は義雄の足もとに突っ伏した。
「大丈夫ですか」
義雄はとっさに抱き起こした。
女性は呼吸を乱している。
「どうしたのです?」
義雄は白無垢姿の女性をいぶかしみながらも心配した。
女性は呼吸を整えるとこう言った。
「私、無理やり結婚させられるのが嫌で・・・」
「それでそんな格好をして、・・・で、逃げて来たのですね」
美しい女性であった。
瞳はやや釣り上がりぎみではあるが、なんとも言えない気品が彼女から醸し出されている。
きっと、いいところのお嬢さまなのだ
義雄は女性の美しさにぼーっとしてしまっている。
女性は義雄に秋波を送った。
「お願いです、私をそのオートバイに乗せてくださいっ」
「えっ」
「私をそのオートバイでここから連れ出してくださいっ」
「そんな、何を唐突に、・・・」
義雄はびっくりしてあたふたしてしまった。
「お願いっ早くっ」
白無垢の女性には鬼気迫るものがある。
義雄はうろたえてしまっている。
「早くっ」
「はいっ」
義雄は愛車のセルスターターのスイッチを押した。
並列四気筒のエンジンが低く唸る。
「ヘルメットが一つしかないけれど・・・」
「私はノーヘルで構いません」
女性はピリオンシートに腰かける。
白無垢姿の花嫁をピリオンシートに乗せて走るなんて
なんだか映画みたいだなあ、
義雄は呑気にそんなことを考えた。
「行きますよ」
義雄がオートバイを発車させようとしたとき、突然、背後の女性の気配が消えた。
「!」
振り返ると女性の姿は無い。
こーん、
こーん、
こーん、
こーん、
乳白色の霧の中、狐の鳴き声が響き渡っている。
どうも多数の狐が遠吠えしているようだ。
こーん、
こーん、
こーん、
こーん、
こん、
こん、こん、こん、
「これは、・・・」
義雄は瞬時に閃いた。
これは狐の嫁入りではないのか
義雄の背筋に冷たいものが流れた。
あれは狐だったのだ
「ひええええ」
義雄はオートバイを慌てて発車させた。
いつの間にか霧は晴れ、雨はやんでいた。
きつね、きつね、
きつね、きつね、
きーつーねー、
「うわわわわわわ」
どうやって家に帰ったのか解らない
気がついたら義雄は自分の家のベッドの上に居た。
それから義雄は高熱をはっして三日三晩寝込んだ。
義雄はその異変があってからと言うもの、二度とくだんの峠道は走らなかったし、お天気雨の時はきまって背中に冷たい汗が流れてくるようになった。
おわり
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