涼しい瞳の青年

                  きもとけいし

由佳はその日、いつもと違う道を歩いて帰途についていた。
由佳はフリーターでコンビニでバイトをしている。
最近そのバイトにも嫌気がさしている。
中年の店長が由佳に必要以上に接近してくるのである。
由佳は二十四歳だが二つ上の彼氏とは遠くの昔に別れた
それを知ってか知らぬか店長がなにかと誘ってくる。
太陽が西に傾く街頭の道、歩きながら由佳は決めた。
バイトをやめることを。
またバイトを捜さなくっちゃ。
由佳は考え事をしながら歩いていて注意力が散漫になっていたのだろう。 はっと気ずくと目の前に乗用車が警笛を鳴らしながら猛スピードで迫ってくる。
挽かれる
由佳は声にならない叫び声をあげた。
転瞬、左腕を物凄い速さで引っ張られた。
乗用車は猛スピードで由佳の傍らを走り抜ける。
ほんの一瞬の出来事だ。
我に返った由佳は傍らに立っている青年に気がついた。
青年は涼しい瞳をしている。
その瞳が由佳を心配そうに見つめていた。
「あの、・・・ありがとう。助けてくれて」
青年は無言で微笑んだ。
「気をつけてね」
そう言って青年は立ち去ろうとした。
その時、黒い服に身を包んだ三人の男が接近してくる。
青年は身を翻しその場から走り去った。
黒服の三人のうち二人が青年のあとを追う。
残った黒服の一人が由佳に接近してくる。
この黒服がリーダー格なのだろう。
黒服が威圧的に由佳に話しかける。
「あいつとなにをしゃべってた」
由佳はすくみながら答えた。
「車に挽かれそうになったところを助けてくれたのです」
黒服はそれを仮面のような表情をして聞いた。
「あいつのことは忘れろ」
そう言って黒服は立ち去った。
なに、これはいったいどういうこと?
由佳はこの出来事をどう判断したらいいのかわからなかった。
でもとりあえず帰途につく。
青年の顔は覚えている。
涼しい瞳をしていた。
由佳は青年の顔を心の中で見ていると、なんだか優しい気持ちになっていくのを感じていた。
また会えたらなあ・・・
由佳はどうも青年に一目ぼれしてしまったらしい。
あの青年と黒服の関係はいったいなんだろう
由佳は心配になった。
彼らの走り去った方向に由佳は歩を進める。
注意しながら歩いた。
半時間歩いただろうか。
由佳を何故だか妙に引き付ける路地に入った。
薄暗い。
空気が暁暗のたたずまいをしていた。
横たわっている人影を見つけた。
由佳の頭にあの青年だと閃く。
近ずいた。
まさしくくだんの青年である。
なんかその人影に違和感がした。
なぜだろう、由佳は目をみはった。
青年の左腕が無いのだ。
由佳は血の気が頭から退いていくのを感じた。
驚くべきごとに青年は右手で自分の左腕を持っている。
由佳は頭がパニックになりそうだった。
しかしあることに気がついた。
地べたに血は流れていないし、空気中にも血の匂いは漂っていない。
左腕の切断面をよく見てみると、そこには肉の細胞のかけらもなかった。 そこは機械の切断面であった。
これは・・・、
由佳は自分の閃いた考えに驚愕し、そして恐る恐る青年に問いかけた。 「あなた、ロボットなの?」
青年は涼しい目をして見返している。
そして口を開いた。
「そう、僕はロボットだ」
「信じられない」
「君たちが思っている以上に闇の科学は進歩しているのさ」
「こんなにも人間そっくりのロボットを造るほど時代が進歩しているなんて」
・「一般市民に知らされていないだけさ。君が考えている以上に科学は進歩している」
「・・・・・・・」
「僕はそのような施設から抜け出して来たんだ。黒い服の三人は僕を連れ戻すように仕向けられた連中だ。荒っぽいやつらだよ」
「歩ける?」
「歩けるが歩いてどうする?」
「わたしの家へ行きましょう。暗くなってからね」
「助けてくれるのか、この人間もどきのぼくを」
「そうよ」
由佳は微笑んだ。
青年は涼しい瞳で由佳を見つめた。
由佳はどきりとして顔が赤くなるのを感じた。
由佳のアパートに二人がついたのは午後九時だった。
「ここよ、散らかっているけれどごめんね」
「なぜ謝る?」
「そうか、おかしいよね」
二人は微笑みあった。
ドアを開けて電気を点けようとした時、部屋に人影が座っているのを気がついた。
「誰よ、勝手に人の部屋に上がり込んで」
「それはすまない」
影が威圧的に答えた。
あの黒服のリーダー格だ。
「彼を渡してもらおう」
由佳は激怒した。
「あなたたちはっ、」
黒服になだれかかろうとした由佳を青年は遮った。
「なぜっ」
青年は首を振る。
「よし、いい子だ」
黒服はにやりと微笑んで二人に近ずく。
「ありがとう、・・・」
青年は悲しげに由佳に礼を言った。
由佳は涙が出てきた。
「行くぜ」
「うん」
黒服と青年は由佳のところから去っていく。
それを由佳は憤りを感じながら、去っていく二人の姿を見ていた。
その晩、由佳は缶ビールを五本あけて眠った。
夢の中に青年が悲しそうな瞳をして由佳を見ていた。
明くる朝、由佳は早朝早く目が覚めた。
あれ?昨日はいつ家に帰ったんだろう?
バイトが終わって歩きながら帰って、・・・・
それから先が思い出せない。
まあ、いいか、すこしなにか心に引っかかりがあるけれども・・・
由佳は朝食の用意にかかった。
一瞬心の中に涼しい瞳をした男の笑顔が過ぎ去る。
はて。
なんだろう?
まあ、いいや
バイト先の店長は厭だなあ、バイトを捜さなくちゃ
すがすがしい朝の空気の中、由佳は朝食の用意に集中した。


おわり


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