ここは神の国


ここは神の国ー。
純白の花花の咲き乱れる花の丘に一人の女神が花に囲まれて座っていました。
女神の金色の豊かな髪の毛が風の囁きにさやさやとなびいています。
全体にほっそりとしたその体は空気に優しく包まれていることを喜びとするかのごとく白く肌が透き通っています。
純白の花花に囁きかけるその声はまるで銀鈴のようです。
ただ一つこの女神の不憫なところは、その美しい紺碧の瞳を通しても何も世界の様子が見えないことでした。
目が不自由な事でその女神には友達がいません。
女神の友達はこの花の丘の純白の花花だけです。
女神はいつものように純白の花花と語っていました。
その時、花花がいつものように饒舌だったのに突然だまってしまいました。
女神はそれを不思議に思っていると近ずいてくる誰かの気配を感じました。
花花が沈黙したのはその気配のせいでした。
「だれ」
女神は気配に問いました。
気配は黙っています。
女神は気配の視線を感じました。
「誰なのです」
威厳をもって女神は気配に再び問いました。
「あなたの目は見えないのですか」
女神の耳に気配の凜とした声が響きました。
「そうです。わたしは目が見えません」
気配の声に同情の感が感じられました。
「その美しい紺碧の瞳が、・・・、さぞかし不便でしょう」
「不便だとは思いません。産まれたときから見えないのですから。それにわたしには耳と口と鼻と手と足があります。それと・・・」
女神は感極まって気配に言いました。
「あなたは失礼な人です。詮索しないでください」
やや沈黙があって、気配が改まった口調で言いました。
「いや、申しわけない。あなたみたいな美しい女神が・・・と、つい余計なことを。あやまります。許してください」
そして気配は女神から去って行きました。
明くる日、女神はいつものように純白の花花と語り合っていました。
すると昨日と同じように花たちが急に黙ってしまいました。
女神は昨日の気配を感じました。
「きのうのあなた、あなたですね」
女神は嫌悪感を込めて言いました。
「いや、失礼。あなたに会いたくて来ました」
女神の鼻腔にこれまで嗅いだ事のない香りがしました。
「この花をあなたにと・・・」
「いい香り」
その香りはとてもすばらしく女神が一度も嗅いだ事のないものでした。 「この花は・・・」
「この花は天界の果てでしか咲かないとても美しい花です」
女神は天界に果てがあるなどと知りませんでした。
「天界の果てとはどんな所ですか」
「それは・・・」
それから二人は長い間語り会いました。
友達のいない女神にとって気配との語り合いはとても楽しいものでした。 次の日も次の日も気配は女神に会いに来ました。
女神は気配と話をするのがとても楽しくてしかたがないという感じです。 女神は孤独ではなくなりました。
ある日、女神は気配に問いました。
「あなたはどこの神ですか」
気配は少し困ったように答えました。
「天界の果ての神です」
「天界の果ての・・・」
「そうです」
女神は頬を紅く染めて言いました。
「わたしを、そこにわたしを連れていってください」
気配は無言です。
「わたしはあなたと一緒にいつまでもいたいのです」
天界の果ての神は女神の言葉に答えるかわりにその華奢な身体を優しく抱きしめました」
純白の花花が二人を賛美するかのように囁き会いました。
その時、天界の果ての神が呻いて倒れました。
天界の果ての神の肩に矢が刺さっています。
「どうしたのです、あなた」
女神は突然の異変にびっくりしました。
天界の果ての神の方へ近寄ろうとする女神の体を何者かが遮りました。 「あなたがたは何者です、この人に何をしたのです」
「女神様、もう大丈夫です。安心なさい。我々は天界の軍隊です。もう心配いりません」
女神は天界の果ての神から無理やり引き離されました。
「どうしてわたしたちを引き離すの」
女神は叫びました。
「お願い、あの人のところへ」
「いいですか、よくお聞きなさい」
軍の神が言いました。
「彼は悪魔なのです」
「悪魔・・・」
女神は否定しました。
「うそ」
「うそではない」
「あなたには見えませんが、彼の醜い角と黒い翼を」
「本当なの」
天界の果ての神は答えました。
「わたしは悪魔だ」
女神は悲鳴を上げました。
「しかし信じてほしい。あなたへのわたしの気持ちは悪魔のそれでは決してない。本当に純粋で真剣なものだった」
そう言うと悪魔は肩に刺さった矢を引き抜き黒い翼を羽ばたかせてその場を去りました。
女神の見えない紺碧の瞳から涙が溢れました。
それでも、それでもわたしのあなたに対する気持ちは前と変わりません、決して変わりません。
女神は心の中で呟きました。
それから女神は以前と変わりのない、純白の花花と語り合う日々を過ごしています。
心にあの気配の声を留めながら・・・。

    おわり


                    元へ戻る