電波的夢野久作
夢野久作といえば、「ドグラマグラ」なのである。
それは、あたかもパブロフの犬のように、万人が「久作?――ああ、ドグラマグラの……」と安心して唱えることのできる合言葉である。
そうして、わたしもそうだったのだ。全部読んでさえいないドグラマグラで、なんとなく安心していた。ドグラマグラが安心できるようなヤワな作品であるわけじゃないけれど、そうであるほど、ある意味でひとを安心させてしまうのだろう。
むかし、角川文庫で「新青年」のアンソロジーを何冊か出していたらしい。そのうちのひとつを何年かまえ、古本屋で100円くらいで買ってあったのだった。それも、もちろん、たいして読んでいなかった。
それを、ある日、ポケットにつっこんで、ふとしたきっかけで、久作の「鉄鎚」という短編を読んで、なんとなく、びびび…とキたのだった。それからは、ちょっとした短編を読んでも、びびび…がクるのだった。久作はあなどれない。
「鉄鎚」は、短い物語のなかにわりにフクザツな要素が入っている。だから、どう説明したものか。
とりあえず、主人公の少年がいる。悪魔的で夢想的な少年。
かれの父親は実の弟(少年にとっては叔父)に財産と妻をうばわれ、ついに自死する。「鉄鎚」というのは、その父親がいつも少年に、叔父に会ったらその脳天に鉄鎚を食らわせるだぞ、といいきかせていたことに由来する。といって、少年は叔父をうらんでいるわけではない。このあたり心理は、実際に小説を読んでもらわないと、説明しがたい。
身寄りのなくなった主人公は叔父にひきとられ、叔父の会社の電話番をすることになる。そのときの描写を長めに引用する。
「
私の得意は簿記よりも電話であった。
叔父に電話をかけてくるお客の声を、モシモシのモの字一字で聞き分けたり、受話器の外しぐあいで男か女かを察したり、両方から一時に混線してきた用向きを別々に聞き分けてのみ込んだりするくらいのことはお茶の子サイサイであった。世間の人間はみんな嘘を吐くけれども、電話だけは決して嘘を伝えない。自分の持っている電気の作用をどこまでも、正直に霊妙にあらわしていくもの……というような、一種の生意気な哲学めいた懐かしみさえおぼえた。ことに電話は、あらゆる明敏な感覚を名探偵のように、時々思いもかけぬ報道をしてくれるのでおもしろくてしょうがなかった。それはだれに話してもほんとうにしてくれまいと思われる電話の魔力であった。
受話器を耳に当てる瞬間に私の聴覚は、何里、もしくは何百里の針金を伝って、直接に先方の電話機のある所まで延びていくのであった。その途中からいろんな雑音が入ってくると、このジイジイという音はこちらのF交換局の市外線の故障だ……あのガーガーという響きは大阪の共電式の電話機と、中継台との間に起こっているのだ……というようなことが、経験を積むにつれて、手に取るようにわかってきた。その都度にそこの交換局の監督や、主事を呼び出して注意をしたり、手厳しくやっつけたりするのが愉快で愉快でたまらなかった。またそれにつれて、各地の交換手の癖や訛りなぞはもちろん、その局の交換手に対する訓練方式の欠点までものみ込むと同時に、電線に感ずる各地の天候、アースの出ぐあい、空中電気の有無まで通話の最中に感じられるようになった。電話口に向かった時の頬や、唇や、鼻の頭、睫なぞの、電流に対する微妙な感じによって雨や風を半日ぐらい前に予知することも珍しくなかった。
そのうちでもおもしろかったのは相場の上がり下がりの予感が電話でくることであった。
大阪の株式や米の相場なぞは、毎日青木という店から予約電話を通じて、前後数回に分けて知らせてくるので、その自分にそんな贅沢なまねをしているのは一軒隣の「山長」という大商店と叔父のところだけであった。叔父はそれがまた、大得意で、来るお客ごとに吹聴しては店の信用を裏書きする材料にしていたが、なにしろ距離が遠いのと雑音が激しいのとで、なみたいていの耳では相手が読む数字を聴き取れないのを、私の鼓膜は雑作なしにハッキリと受け入れた。のみならず私の聴神経はもっと遠い所から来るほかの音響までも、同時に聴こうとしているのであった。
大阪の青木という店は取引所のすぐ近くにあるらしく、表の窓や扉が密閉されていないかぎり、店の中の物音と往来の騒音とが、相場の読み声といっしょに送話器から入ってきた。各地の天候が好晴で電話がスッキリとした非には、立ち会いの物音や呼び声らしいドヨメキまでも聞こえることがあった。もちろんそれは複雑を極めた雑音の奥の奥から伝わる波動で、音響とは感じられない程度の感じであったが、そんな物音と、青木の店員が一息に吹き込む場況とを重ねあわせて聞きながら、上がり下がりの数字を書き止めていくと、その瞬間瞬間に、そんな米や株の景気に関するいろいろな予感が理屈なしにピンピンと私の頭に感じてきた。この株は上がるな……と思うと持っている鉛筆に力がこもった。下がるな……と感ずると字の力が抜けるくらいにまで敏感になってきた。その予感を後から配達してくる夕刊の相場面と照らし合わせてみると一々的中しているので、おもしろくてしょうがなかった。的中していないのはF市の新聞社の誤植であることをあくる日の正午にくる大阪の新聞で発見したことも珍しくない。
」
すごい描写だ。
わたしの頭はくらくらしたのだった。
一体この小説が、いつ書かれたのか、おわかりだろうか――ほとんどのひとの予想ははずれるだろう、これは、昭和4年(!)の作品なのである。
わたしは、この文章を、インターネットのホームページに置いている、だから、この文章を読んだひとは、ネットワークというものがもつ奇妙な感覚については、大なり小なり気づいているだろう。自分の神経があらゆる場所に延長されている感覚、親密な外部。そうして、たとえば、あなたは、TCP/IPのトラフィックが遅れているとき、途中の気配を感じることがないだろうか。
一体、電話というものが、日本においてどの時点で一般にまで普及したのかわからないけれど、年長のひとの話などをきいている感覚でいえば、昭和20年くらいでさえ、一般家庭には無縁の存在だったのではないだろうか。しかも、電話を使いはじめたとして、こういうネットワークというもののヒリヒリとしたリアリティを感じ取れたひとは、どれくらいいるのだろう。それを、昭和4年の段階で、こうも易々としかも切実な描写をし得た夢野久作というひとは、いったい、どういうひとなのだろう。
そういえば、アメリカで、コンピュータネットワークのハッカーが登場する前段階として、電話フリークと呼ばれる連中がいたのだった。これが、1970年代(昭和45年以降!)のことである。ここで、ある本から、アメリカの電話フリークについて引用をしてみよう。
「
今ほどパソコンが普及していなかった一九七〇年代には、電話システムそのものをハックする連中がいれ「電話フリーク(電話狂)」と名乗っていた。ハッカー倫理や腕にかけては今日のハッカーの大先輩だが、電話フリークは、いわば「音楽家くずれ」で、フルートや笛はもちろん音の出るものすべてを武器にして世界中の電話網に入りこんでいた。
(略)ジョーの電話フリーク歴は八歳からはじまっていた。小さいころから電話にひきつけられていたうえに、たまたま絶対音感の持ち主だったのだ。ある日、ふとしたことから、自分が世界に広がる電話網を思い通りにあやつれることに気がついた。
その日ジョーは、テープで情報を流すテレホン・サービスに電話をかけていた。タダでかけられるところはこれしか知らなかったし、もともとお気に入りの暇つぶしだったのだ。口笛を吹きながら聞いていると、突然テープが止まってしまった。普通なら、また電話局が変なことをやったなと思って納得するところだが、ジョーは違っていた。あちこち電話をかけてみて、ある音程で口笛を吹くとテープが止まるのを突きとめたのである。
ジョーは電話局に電話して、口笛を吹くとテープレコーダーが止まるのはどうしてかとたずねた。局の説明はよくわからないところもあったが(なにしろ、まだ八歳なのだ)、どうも面白そうなことのつまった新しい世界に飛びこんだらしい。目の不自由な子どもにとって、電話に手をのばすだけで探検できる世界が見つかったのはすばらしいことだった。
ジョーが口笛を吹いて飛びこんだ世界は、国際電話の交換ネットワークだった。そんなことができた原因は、一九五〇年代に米国電話電信会社(ATT)がある決定をくだしたことにある。何十億ドルもかかり、一度決めたら変えようのない重大な決定――それは、特定の音を使って長距離電話の交換をするということだった。この方式は多重周波数システムと呼ばれるのもので、交換回路の番号をプッシュホンの音質に似た音を伝える。開いた回線を探したり、長距離電話をつないだりといった交換手の仕事のほとんどを、特定の周波数を使ってやってのけるのである。
この決定をくだしたATTのお偉方は、絶対音感を持った目の不自由な八歳の少年医システムが破られるなどとは夢にも思わなかっただろう。しかし、ジョーは、タイミングよくある音程で口笛を吹いてシステムの中を自由にうごきまわれるようになってしまったのである。(略)
」
というわけで、電波的、ということの説明は、とりあえず、これでおしまい。
もうひとつ気づいたのは、夢野久作―坂口安吾という連関である。これは、わたしが安吾が好きだからでもあるのだけれど。
夢野久作の作品を集中していくらか読んで、あらためてカタカナが多いことに気づいた。このカタカナが安吾的なのである。というか、むしろ逆で、久作のほうが、はやいのだろうけれど。正宗白鳥だったか、安吾がなぜああ漢字をカタカナにするのかわからないというようなことを言っていたのだけど、安吾を知っている現代の人間は、安吾のカタカナは非常によくわかるだろう。そうして、久作も、そういうカタカナの使い方をしているのだった。
そうして、カタカナで気づいた連関なのだけれども、ほかのことでも、そういえば、つながりがありそうなのだった。わたしは、「鉄槌」の後半部分を読みながら、安吾の「ジロリの女」を思い出していたのだった。これは、またあとで、書こう。
久作も安吾は、大物政治家の息子であることも共通してるし、出生地の博多と新潟というのも、それぞれ別の意味で大陸に連関をもった特異な場所である、そうして、その文学があまり正統とはみなされないものの、日本の枠に収まらない、特殊でありながら、非常に普遍的なものであるのも、ある意味似ているかもしれない。そういえば、安吾も、「推理小説」(というか「探偵小説」かな?)を、かれのなかで非常に大事にしていた。
この文章は、メモである。というか、Webに載せてるものは、全部メモです。メモはメモだけど、これを、だんだん、お互いにリンクさせて、一種の回路みたいなものをつくってやろうと思っている。というわけで、また何か書きます。