飯沼万里子
mariko iinuma

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第1回〜第8回

第9回〜

第15回  2018年6月11日

『羊と鋼の森』

 『羊と鋼の森』という本を読んだ。町の小さな本屋さんに入って、何か面白い本はないだろうかと文庫本の棚を見ていて平積みになっている本の中にこの本を見つけた。裏表紙に10行ほど、ピアノの調律師として働き始めた若者の成長する姿を描いたものという紹介の文があって、調律師という職業に興味を持ってこの本を買ったのだった。

 羊と鋼というのはピアノを指す。羊の毛を固めて作ったフェルトのハンマーが鋼の弦をたたくとピアノの音になるのだ。森はピアノの音の世界、調律師が深く分け入っていかねばならない音の世界である。

 読み終わったとき心地よい読後感を持った。何も大きなことが起こるわけではないが、気持ちの良い時間を過ごすことができた。主人公の青年、外村は2年間調律師を養成する学校で学び、故郷の北海道に戻って江藤楽器というところに調律師として就職する。戸村が調律師を目指したのは、高校生の時体育館に置かれていたグランドピアノを調律するために訪れた板鳥という調律師の仕事を見て心を奪われたという経験をしたからであったが、江藤楽器はその板鳥のいるところであった。板鳥は有名な海外の演奏家にも指名を受けて仕事をするような優れた調律師である。彼のほかに柳という調律師がいて、彼が外村を指導してくれるのだが、温厚で、確実な技術を持ち、辛抱強く外村に教えてくれる。もう一人秋野という調律師がいて、なかなかの皮肉屋であるが、最後には外村に暖かい言葉を送ってくれる。悪い人は一人も出てこない。

 調律師たちはごく普通の個人の家にあるピアノを調律するために出向いていく。そういうお客さんたちの中に江藤楽器と深い縁のある一家がある。高校生の双子の姉妹、和音(かずね)と由仁(ゆに)は二人ともピアノの演奏に優れた才能を示す。和音は静かで落ち着いた音色で演奏し、由仁は情熱的に弾く。外村は彼女たちの家のピアノを調律するようになる。しかし突然由仁はピアノが弾けなくなってしまう。彼女の方がより多く期待されていたのだ。和音は由仁が弾けなくなったことにショックを受けて、ピアノを弾くことを拒否する。だが和音は再びピアノに向かい、プロの演奏家を目指して力強くピアノに取り組むようになる。そして由仁は和音のピアノのために調律師になることを目指すのである。

 最後の場面は柳の結婚式の披露宴で、和音がピアノを弾く。そのピアノの調律をしたのは外村である。江藤楽器の人々が一つのテーブルに座り、ピアノの演奏に耳を傾ける。そして外村に暖かい言葉をかけ、アドヴァイスを送る。外村はさらに成長していくであろう。

 『羊と鋼の森』が映画になった。見に行かなければと思い、同時に期待はしないと決めた。                 

 本としての『羊と鋼の森』に十分に満足していたからである。文字で綴るという作業で、読み手にピアノの音を感じさせてくれるという点が特に素晴らしいところだと思っていたのである。だが映画もとてもいいものであった。やはり大きなことは何一つ起こらない。原作通りに作られている。しかし調律師がピアノを調律するのにどのような作業をするのかを現実に見せてくれるのである。鍵盤をそっくり外して、ハンマーに針を刺して音の調節をしていくところを見られたのはうれしかった。外村も板鳥も柳も、そして和音も由仁も俳優たちが演じるわけだが、違和感はなかった。何よりピアノの音が美しいメロディーを伴って流れてくるのである。それは心地よい体験であった。映画の冒頭は外村の高校の体育館のピアノを板鳥が調律師として点検するところから始まるのだが、最初全く何の音もない。二人の簡単な会話だけである。板鳥がはじめて鍵盤に触れてピアノの一音をはじき出すとき、その一音はとても大きく深いものに思われた。映画はそこから始まった。

 外村はピアノの音を聞くとき常に森を感じる。そのことは本の中でもたびたび触れられている。映画では本当に森の中へと彼が入っていき、木々のそよぎに耳を傾けるという場面になる。舞台が北海道であり、外村は森の中の家で育ったことが目に見える形で示されるのである。北海道の森は素晴らしかった。

 外村が板鳥にどのような音を目指しているのかを問うと、板鳥は原民喜の言葉を引く。「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」、これが彼の理想とする音だという。『羊と鋼の森』もそのような作品だという気がする。映画の方はどうだろうか。そうであったような気もするけれど、こちらははっきりとは言い切れない。

第14回  2018年3月7日

「The Promise/君への誓い」

 「The Promise/君への誓い」という映画を見た。ハリウッド映画で大作あるが、扱っている内容は深刻なものである。第一次世界大戦の時にトルコによって行われたアルメニア人の虐殺が扱われている。150万人ものアルメニア人が死んだといわれている。ただこのことを歴史としてすべての人々が知ってはいないということが問題である。私もこの映画を見るまでは知らなかった。新聞にこの映画の紹介が載った時見ようと決めたのは、たまたまアルメニアに行ったことがあったからである。ツアーで行ったので、たった2日弱しか滞在しなかった。しかしこの小さな国の歴史の一端を知りたいと思った。

 アルメニアは黒海とカスピ海の間にある本当に小さい国である。西にはトルコ、南にはイランがあり、東にはアゼルバイジャン、北にはジョージアがある。しかもさらにその北にはロシアが控えているのだ。旧約聖書に出てくるほどの古い国であるが、長い間オスマントルコに支配されていた。その後はソ連邦に併合された。独立したのはソ連が解体してからである。首都エレバンは多くの都市と同じように高層建築が立ち並ぶが、コーカサス山脈のふもとにあり、少し首都を離れると古い教会や修道院が多数ある。

 第一次世界大戦の時のトルコによるアルメニア人虐殺という事実を知るものは少ない。それはトルコがこのことを認めていないからである。今までにもこのことを題材に映画を作る動きはあったが、そのたびにトルコが妨害してきたのである。従って今回映画が完成して多くの人々の目に触れた意義は大きい。

 第一次世界大戦でトルコはドイツと同盟を結び、ドイツ側で戦闘に参加する。アルメニアはその当時はトルコに完全に支配されていたが、アルメニア人とトルコ人は共存し、アルメニア人の中にはトルコ社会で成功を収めている者もいたのである。しかし参戦し、戦意発揚の高まりの中で、アルメニア人への差別が始まり、それは急速に悪化していく。アルメニア人たちは強制的に収容されて労働を課せられ、それに抵抗したり逃亡したりするアルメニア人への虐殺が始まり、アルメニア人というだけで殺戮されていったのである。

 この映画ではアルメニアの小さな山村に住む若者、ミカエルが医者になることを目指してトルコの首都イスタンブール、当時はコンスタンチノープルへとやってくるとことから始まる。険しく細い山道をロバに揺られて下っていくシーンはアルメニアという国をよく表している。コンスタンチノープルは当時ヨーロッパのどんな都市にも引けを取らない実に華やかな国際都市であった。そこで文化的な刺激を受け、多くの人々と知り合う中で、ミカエルはアメリカ人ジャーナリストのクリスとそのパートナーであるアナと知り合う。アナはパリで長い間過ごしており、その洗練された物腰と振舞いはミカエルを魅了する。二人は恋に陥るが、クリスはそのことを知りつつも、ミカエルへの援助を惜しまない。

 第一次世界大戦に参戦したとたん、トルコによるアルメニア人への虐待は始まる。なんとかうまく身を隠していたミカエルもついに当局の手に陥り強制労働に従事させられる。石切り場で石材を切り出す仕事であったが、すきを見て逃げ出す。そしてミカエルがあらゆる手段を使って、故郷の村へ戻る苦難の旅が詳しく描かれる。まさに大河を泳いで渡り、岩だらけの山道をよじ登ったりの連続である。やっとたどり着いた村でしばらくは静かに暮らすが、トルコ軍はこの村も見逃さない。全員で村を退去することになる。だがこの逃避行にもトルコ軍の攻撃が襲い、多くの村人が死ぬ。残った者たちはアルメニア人の孤児たちを率いるアメリカ人のプロテスタントの牧師に巡り合う。彼らは国外に脱出し、アメリカに渡ることを目指していた。ミカエルたちも彼らに合流する。クリスやアナも脱出する子供たちを手助けするためにそこへ合流する。彼らをトルコ軍は執拗に追い、両者の間での戦闘が繰り広げられる。なんとか生き延びた者たちはシリアのアレッポを目指す。そこからモーセ山を超えて地中海に出ようというのである。地中海にはフランスの軍艦が彼らを救うために待っている。トルコ軍は背後に迫っている。このモーセ山の攻防が一番の山場であろう。なんとか山を越えることのできた者は、待ち受けているフランスの水兵が漕ぐボートに乗り込み、そして軍艦に乗り移る。ボートに乗ってもトルコ軍の砲撃による大砲の球が飛んでくる。アナの乗ったボートはそのためにひっくり返り、ミカエルが海に飛び込んで助けようとしたにもかかわらず、彼女はここで命を落とす。ミカエルとクリスは軍艦にたどり着く。

 最後のシーンではすっかり年を取ったミカエルが養女にしたアルメニア人の少女の結婚式でスピーチをする。トルコの迫害から逃れて今は成人したアルメニアの孤児たちがそのスピーチに聞き入っている。ミカエルは頑張って働き、ついに医者になりその地で信頼された存在である。アルメニア語で祝福の言葉を述べて終わる。

 字幕でクリスはスペイン戦線での取材の途中で亡くなったことが知らされる。

 最後にアメリカの作家でアルメニア人の子孫であるサローヤンの言葉が字幕で紹介される。それは要約すれば、どんなに迫害されても二人のアルメニア人が残れば、アルメニアは再生するというものである。

 アルメニア人はたとえ祖国をなくしても、どんな土地においても才能を生かして生き続けるであろう。彼らがいかにたくましい人々であるかを教えてくれる映画でもある。

第13回  2017年10月10日 

「パターソン」

 「パターソン」という映画を見た。アメリカ映画であるが、地味な映画である。

 主人公のパターソンはバスの運転手である。彼の一日が一週間分描かれる。彼は朝起きると朝食をとり、出勤し、バスを運転する。帰宅して夕食をとる。夜になると愛犬のブルドッグのマーヴィンを連れて夜の街を散歩する。途中でバーに立ち寄り、ジョッキ一杯のビールを飲む。どの日も彼の行動パターンは変わらない。日々何かの変化はある。バーでピストルを抜いた客を止めたこともある。最もそのピストルはおもちゃだったのだが。

 こんな日常を淡々と送っているのだが、彼が毎日することがもう一つある。それは詩を書くことである。出勤してバスの運転席に座るとノートブックを取り出し、白いページに詩を書いていく。その詩は例えば「僕はマッチを沢山持っている。その中の一つを手に取る。」といった風に始まる。朝食の席で何気なく手に取ったマッチ箱を歌ったものだ。彼の日常生活が題材になっている。彼の妻のローラは詩を出版してはどうかと提案するが取り合わない。ローラはさらにコピーを取っておくように願う。詩はノートブックの中に書かれているだけなのだ。パターソンはそうすると約束する。

 思わぬ現金が手に入ったローラは土曜日の夜に少しは散財しようとパターソンを誘って、二人は外食する。そして映画を見て帰宅すると、パターソンの詩のノートブックが粉々に引きちぎられているのだ。置いていかれたことに拗ねたマーヴィンが憂さ晴らしをしたのだ。コピーはまだ取られてはいなかった。落ち込むパターソンをローラもどう慰めていいのかわからない。パターソンはもう二度と詩は書けないと考える。

 日曜日に彼は散歩に出る。この町には滝が流れるのを眺めることのできるところがあるのだ。ベンチに座って滝を眺めていると、1人の日本人がやってきて、隣に座っていいかと尋ね、座る。彼はウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩集を取り出す。そしてパターソンにあなたは詩人かと尋ねる。いや、自分はバスの運転手だと答える。すると日本人はこの町はウィリアム・カーロス・ウィリアムズが暮らした町ですねという。そうだと答えるパターソン。実はここはニュージャージー州のパターソンなのである。日本人はここがウィリアム・カーロス・ウィリアムズの町だというだけで訪ねてきたのだ。さらにパターソンと話して、お土産ですといってパターソンに一冊のノートブックを渡す。中は白紙である。そして日本人は去っていく。

 翌月曜日パターソンはバスの運転席で日本人にもらったノートブックを広げ、詩を書き始める。彼の日常は戻ってきたのだ。

 この映画は平凡な男の平凡な日々を描いたものと思われるが、そうだろうか。20世紀の詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの名前を知っている人はどれだけいるだろう。アメリカの子供たちは学校で彼の詩を習うのだろうか。彼の詩は何気ない日常を口語の英語で切り取ったもので、「私は冷蔵庫のプラムを食べてしまいした」という一行で始まる詩はよく知られてはいるが、この詩人を話題にするのはやはり知的な人たちだと思う。また朝食の席でローラが新聞で読んだことを話題にする。ペトラークを知っているかとパターソンに聞くのだ。ペトラークとはペトラルカの英語圏の人々の言い方である。勿論パターソンは知っている。14世紀のイタリアの詩人でソネットという形式を完成した人だと答える。ソネットという言葉を日常会話で使う人はいないだろう。ソネットとは十四行詩のことでヨーロッパにおける最も短い詩形である。そしてローラはペトラルカが彼の詩を捧げた女性の名前がラウラであることに感銘を受ける。ローラはラウラの英語での読み方なのだ。平凡な生活が描かれる中にまるで平凡な事であるかのように知的なことが語られる。もう一つあげれば、パターソンが歩いていると少女が何かを書いているところに行きあたる。少女は詩を書いている。「水が高いところから落ちてくる」という一行から始まる雨の詩を書いているのだ。年の離れた二人が詩を書くということで会話が成り立つ。少女はエミリ・ディキンソンを知っているかと聞く。知っているとパターソンは答える。さてエミリ・ディキンソンはどうか。19世紀の女流詩人であるエミリ・ディキンソンは生前全くといっていいほど知られていなかったが、死後に詩集が出版された。現在のアメリカ人ならば知らない人はいないだろう。しかし詩人の名前を通して会話が成り立つというのはそうあることではないだろう。やはり知的な映画であると思わざるを得ない。

 しかしクスっと笑う場面は多々ある。マーヴィンの名演技、いつも同じ愚痴をこぼすパターソンの同僚、バーにたむろする人々も少しおかしい。ローラはカントリーミュージシャンになることを夢見ており、カップケーキを山のように焼いたりするが、白と黒にこだわりがあり、家の中を白と黒に塗り分けたり、自分の服も黒く塗ったりするのだ。

 一言でいい映画だとも、面白い映画だとも言い切れない。不思議な映画だというしかない。しかし見て良かったと心から思ったのは確かである。

第12回  2017年7月29日              

                       伊東マンショの肖像画

 「遥かなるルネサンス」という展覧会が神戸文化博物館で行われた。この展覧会の眼目は天正遣欧少年使節として知られる九州のキリシタン大名によってヨーロッパに送られた4人の少年たちに焦点を当てた展示であったということである。彼ら、伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンは1582年に日本を出発し、1590年に日本に戻っている。14、5歳で出発した彼らはもう立派に成人していた。そして日本の状況も大きく変わっていたのである。出発した時には日本でのキリスト教の布教も盛んであり、彼らはセミナリオの生徒であった。しかし彼らが帰国した時にはキリスト教は禁止され、弾圧も起こっていた。4人の中で一番詳しいことがわかっているのは中浦ジュリアンであろう。彼は迫害にあっても棄教することなく65才で逆さ吊りの刑で殉教している。それ以外の3人については明確なことはわかっていないが、棄教したものもいる。
 今回の展示は彼らのヨーロッパに置ける行動、特にイタリアの諸都市を旅した順序に従って、各都市の特徴を伝えることに重点が置かれている。彼らはリスボンに上陸して、スペインの都市を経過してからイタリアに入り、43のイタリアの都市を順に巡っているのである。しかし紹介されているのはフィレンツェ、ローマ、ヴェネツィア、マントヴァなど11の都市に過ぎない。それでもそれらの諸都市の当時を偲ばせるものの展示は興味深い。
 遥か遠い東洋からやってきた少年たちはセンセイションを巻き起こしたようである。このことについて1685年だけで49冊もの小冊子が出版されていることからも察せられる。彼らを描いた絵もあって、神戸には来ていなかったが東京では展示された、水彩画の4人の肖像画がある。1枚の紙に4人が描かれており、一人一人は小さく、稚拙ともいえる。4人全員が西洋風の赤い服を身にまとい白いひだ襟を着けている。額が広く、髪は短い。顔は茶色に塗られている。それぞれ違った顔立ちをしているが、彼らの額の広さが目立つのは日本にいたならば髷を結っていたせいだろうか。この絵では特徴的な髪形はしていない。
 さらにもう一つ非常に目を引く作品がある。伊東マンショの油彩の肖像画である。この肖像画は2014年に伊東マンショのものであるとわかり、「伊東マンショの肖像画発見」はニュースにもなったものである。彼は4人の少年たちの代表者という存在であった。大友宗麟の縁者であり、4人の中で最も身分が高かった。そういう人物の肖像画と思ってみると違和感を覚えるように思う。黒っぽい画面に彼の顔と白いひだ襟がめだっている。西洋風の暗い赤の衣装を着けて黒っぽい帽子をかぶっている。浅黒い肌、そして帽子をかぶっていても広い額。厚みのある唇も違和感を覚える。解説者は「厳かな自尊心に満ちた、不遜なところのない表情」と書いている。そうかもしれない。非常に静かな表情でこちらをじっと見つめている。瞼は幾分厚く、見開いた眼はかすかに斜視にも思える。少し斜めに構えているせいかもしれない。ただ日本人には思えないのである。
 この時代の日本人を描いた日本の絵を思い出してみよう。例えば織田信長の肖像画である。白い肌に端正な目鼻立ち、額は広く髷を結っている。あの絵によって我々は戦国時代の日本人像を植え付けられているのではないだろうか。伊東マンショの肖像画はそれとはかけ離れているのである。
 この肖像画はドメニコ・ティントレットによって描かれている。彼はヴェネツィア派を代表するルネサンスの画家であるヤーコポ・ティントレットの息子である。息子のドメニコの方が肖像画を得意としたので、この作品はドメニコによるとされたのである。
 ヴェネツィアでも4人は大歓迎を受けている。彼らの肖像画がドゥカーレ宮殿において披露される目的でティントレットの工房に注文されたのであった。解説によるともともとは大きな画布に4人全員が描かれていたのだという。それが売買の目的で別々の肖像画として切断されたというのである。それは時代もずいぶん下がったときのことなのだろう。結局伊東マンショのものだけが残ったということかもしれない。そして誰の肖像画であるかもわからなくなり、やっと伊東マンショのものと突き止められたのである。
 これも解説にあることだが、彼らはインドの王たちと呼ばれもしている。当時のヨーロッパの人々にとってインドはまだ彼らの視野の範囲内にあったが、それよりもっと遠い東の国々はすべてインドの続きだったのであろう。その認識が伊東マンショの肌をかくも浅黒いものに描かせたのだろうか。それとも織田信長の肌が白いことの方が現代から考えると不自然なのだろうか。
 この肖像画について疑問は次々にわき、そのうちの一つも解決は見ないままである。

第11回   2017年5月17日 

鎌倉河岸捕物控

 「鎌倉河岸捕物控」シリーズの最新作が出たということを聞いたので、早速取り寄せた。何とこれが三十巻目である。『嫁入り』というタイトルで、帯には「660万部突破「鎌倉河岸捕物控」30巻記念作品」とある。このシリーズが人気の作品であることがわかる。
 このシリーズをどういう理由で手に取ったのかは覚えていない。しかし一度読み始めるとたちまち虜になって次々と買い求めて、その当時出ていた最後の巻、22巻にたどり着いた。もう10年も前のことだと思う。

 早速『嫁入り』を読む。いくつかの事件が起こりそれらが解決されるが、一番大きなことは酒問屋豊島屋の跡取りの十右衛門が京から花嫁を迎えるということであり、京から17、8人もの一行が仮祝言のために江戸へやってくることが品川から描かれる。仮祝言は無事にすみ、本祝言のためにその人々に加えて今度は江戸から多くの人々が京へと旅立つ予定であることが予告されて終わる。「30巻記念作品」らしいおめでたい作品となっている。表紙の絵柄は船である。政次と赤ん坊の夏吉を抱いたしほが前に乗り、後ろには亮吉、船頭の彦四郎が船を漕いでいる。23巻から30巻までの間に様々なことは起こったのであろうけれど、時間はそう流れていないなと思った。

 この作品は佐伯泰英の人気シリーズである。彼はほかにもいくつかシリーズを持っているが、私はこれしか読んでいない。この作品は30巻の表紙に登場している3人の幼馴染みの政次、彦四郎、亮吉、そしてその3人がよく集う豊島屋の看板娘のしほがそれぞれに成長していく物語で、1巻『橘花の仇』では実は武家の娘であるしほの出自が明かされ、殺された父親の敵を討つのを3人が助ける。しかしこれを最終的に解決するのは、江戸開闢以来の御用聞きの宗五郎である。宗五郎は小判の鋳造を代々の仕事としている金座後藤家のすぐ裏に住んでいるので金座裏と呼ばれている。九代目宗五郎は北町奉行所と太いパイプを持ち、大勢の手下を抱えて江戸の町を守っている。小柄で機敏に動く亮吉はその宗五郎の手下となっている。この界隈を鎌倉河岸といい、お堀に接する龍閑橋のそばの船宿の船頭になっているのが彦四郎である。体の大きい彦四郎にはぴったりの仕事である。そして体力も知力もあり行動力もある政次は、古くからの日本橋の呉服屋松坂屋の手代である。2巻の『政治、奔る』では政次が松坂屋のご隠居松六に一人付き従って外出したが、突然松六が襲われる。政次はなんとか松六の命は守ったものの、後頭部を殴られた松六は意識を回復しない。何か隠されたものがあると考えた政次は一人でこの謎を解く。それを見守っていたのは宗五郎である。跡継ぎのいない宗五郎は十代目として政治をもらい受けたいと松坂屋に出向く。この巻の最後の場面は松坂屋から暇を出された政次を宗五郎が拾うと形で、政次の金座裏への転出となっている。3巻の『御金座破り』では政次は兄貴分に助けられながら、岡っ引の仕事を必死でこなしている。今まで幼馴染みとして屈託なく付き合っていた亮吉は政次が十代目を継ぐために松坂屋から金座裏に来たのだと先輩たちに告げられて、ショックを受け、家出してしまいなかなか戻れない。その結果手柄を立てるのだが、このように順々に幼馴染みの3人としほとに等分に目が注がれている。4巻は『暴れ彦四郎』であって、彦四郎が主役となっている。その後巻が進んでいくうちに様々な事件が起こり、それらが解決され、ついに十代目として政次はお披露目される。しほを花嫁に迎えるが事件解決に奔走する政次は婚礼の式に間に合わない。12巻の『独り祝言』では自分の将来を自覚するしほが描かれる。そして22巻『よっ、十一代目』では二人の間に十一代目を継ぐべき夏吉が誕生するのを読者は知るのである。30巻の『嫁入り』でも夏吉はまだしほに抱かれて喜ぶ赤ん坊なのだから、時間は実にゆっくり流れているようだ。23巻からの7冊も取り寄せたので、読んで早く追いつかなければならない。

 この作品の特徴は謎解きもさることながら、3人の幼馴染みやしほの成長、宗五郎、松六、同じくその歴史の古さでは松坂屋に劣らない豊島屋の主人清蔵といった古町町人の在り方、そして何より船での往来が盛んだった江戸という町の生業が面白い。お堀があり、川があり、そして無数の掘割があるのが江戸の町である。江戸が東京に変わるためにはその船での移動が車での移動に変わらねばならなかったのだ。多くの掘割は埋め立てられたことだろう。この作品を読むとき感じる懐かしさというのは、二度と戻らない江戸の町を惜しむ気持ちから来るのかもしれない。

第10回   2017年3月14日

彼らが本気で編むときは、

 『彼らが本気で編むときは、』という映画を見た。本当に良い映画だった。

 この映画はトランスジェンダーについての映画である。LGBTという言葉を聞いたことがあると思う。Lはlesbian(レズビアン、女の同性愛者)のL, Gはgay(ゲイ、男の同性愛者)のG, Bはbisexual(バイセクシュアル、男女両性愛者)のB, Tはtransgender(性を転換した人)のTで、この映画は最後のトランスジェンダーを扱っている。このような人々はは性的マイノリティといわれている。彼らは確かに少数者である。しかし現実に存在する。そして普通に生活している。いやその点は少し問題があるかもしれない。少なくともこの映画は普通に生活しているトランスジェンダーの人を描いている。

 主人公はリンコさん(さんをつけたくなる)という女性で、彼女はトランスジェンダーである。彼女の言葉によればすっかり工事は終わっているけれどまだ戸籍は変えていない。彼女は介護施設で働いている介護士で、彼女の同僚たちはごく普通に彼女に接している。そして自分の母親がこの施設にいて、リンコさんに丁寧に介護されているのを見てそのやさしさと彼女の美しさに一目ぼれしたマキオと暮らしている。

 映画は一人の少女が散らかり放題の部屋で一人コンビニのおにぎりとインスタント味噌汁を食べるシーンから始まる。夜遅くこの部屋に戻ってくる母親と二人暮らしであることがわかる。母親は酔っぱらっている。そしてすぐに母親は少女を置いて男とともに部屋を出て行ってしまう。少女はこういう目には前にもあっているらしく、さっさと叔父の勤める本屋に行く。少女の叔父がマキオである。

 少女はトモといい小学5年生である。リンコさんもマキオもごく自然にトモを受け入れる。きちんと片付いた部屋で夕食をとるシーンは印象的である。テーブルにリンコさん手作りの料理が並んでいる。大きめの皿に4種類の料理が盛られている。ご飯のお茶碗にお吸い物のお椀、さらに取り皿もある。この食事がトモにとっておいしくないはずがない。

 リンコさんはあっさりと自分が性転換していることをトモに明かす。やがてすっかりリンコさんになついてしまったトモが彼女に抱かれるシーンがあるが、乳房を触られると、シリコンを入れたのだと話し、「普通のより固いんだって」と明るく言うのである。

 3人が桜並木の下を自転車で走るシーンはとても美しい。マキオはトモを後ろに載せている。トモは「抜いて!抜いて!」とマキオをけしかけ、マキオがずんずん走るとリンコさんは負けじと追い抜く。2台が抜きつ抜かれつ走るところに桜が舞い散る。そして桜の下でお弁当を広げる。そのお弁当はもちろんリンコさんのお手製で、3人が満足そうに食べる。お花見はこうでなくてはという風景だ。

 リンコさんは明るく楽しげだが、つらい思いをしないわけではない。「男のくせに」とかオカマとかいわれたりする。そういうとき、彼女は黙って飲み込んで、悔しさが通り過ぎるまで待つのだという。そして彼女はひたすら編む。悔しさの一つ一つを網目に込めて編むのである。彼女が編んでいる物は何だろうと見る人はみんな思うだろう。棒状のものを編んでいるのだ。指のないミトンみたいなものである。彼女はそれを彼女の煩悩だという。つまりそれは男性自身(リンコさん流にいえばチンコ)で、煩悩の数、108個編んだら、すっかり燃やしてしまってすっきりしたいのだという。やがてトモもマキオも編み物に参加するようになる。3人はひたすら編む。

 この煩悩を海辺で焼くシーンもとても良い。3人の生活は平和なだけではない。リンコさんを脅かすことはやはり起こってくるのである。それがどういうことなのか、また3人の生活がどうなっていくのかは実際にこの映画を見て、ああそうなるのかとわかってほしい。けっして楽しい結末ではないけれど。

 リンコさんは生田斗真が演じている。彼はとてもエレガントだけれど、背が高いから、はっきり言って男性とわかる。それは監督の狙いでもあるのだろう。しかし立ち居振る舞いは完璧に女で、少しの破綻も見せない。優雅な女性である。ただ桜のシーンで本気で自転車をこいで思わず男を出してしまうけれど。マキオは桐谷健太が演じている。リンコさんを何としても守ろうという気持ちをしっかりと見せて演じている。トモを演じる少女がまたすばらしい。本当に良い3人組である。多分家族としても。

 トランスジェンダーのことを社会問題として生真面目に論じている映画ではない。本当に楽しく見ることができる。しかし誰もがリンコさんの、マキオの、そしてトモの幸せを祈ってしまいたくなる映画なのである。

第9回   2017年1月30日

台湾旅行

 台湾へのツアーに参加した。3泊4日の短いものであったが、とても楽しかった。台北、台中、そして台南の方の高雄に泊まって、台南の飛行場から日本に帰ってきた。
 台湾は小さい島である。その島の中央には山脈が走っている。バスで北から南へと移動する途中の景色は、常に山が見えて、日本での旅行の車窓からの風景と変わらない。ただ植物は南方のもので、椰子の林がつらなっていたりする。
 3日目、台中から高雄へ移動する途中、日月潭
(じつげつたん)に寄った。日月潭は本来「日」に当たる円形の湖と「月」に当たる三日月形の湖からなりたっていたのだが、ダムができたので、現在は一つの大きな湖になっている。緑がかった透明な青の色が美しい。この湖を見下ろすような位置に文武廟というお寺が立っていて、ここには「文」を表す孔子の像と「武」を表す関羽の像が並んで祀られている。台湾のお
寺は常にきれいに塗り直されるので、このお寺の代赭色の屋根も朱色の柱も鮮やかである。内部も朱色が使われており、孔子像も関羽像も色鮮やかである。この寺から日月潭の展望台へは階段と道が続き、それらはコンクリートなので白っぽい。大変明るい印象であった。
 文武廟にお参りして、日月潭の展望台に降りてくると、突然賑やかな音楽が聞こえてきた。私たちのすぐそばに二人組のアーティストが立っていて、マイクを使って、音楽を演奏しだしたのである。歌声は女性のもので、電気で増幅されたギターによるメロディは男性が担当していた。女性は縦長の太鼓もたたいていた。それまでとても静かだったので、その音楽はうるさく感じられた。マイクを使っているので一面に音楽が広がったのである。
 しかし彼らの奏でる音楽は大変リズミカルであったので、いつの間にか心地よく感じられるようになった。歌詞の意味は全く分からないが、「エスエスエス」という繰り返しが特徴的な歌が流れてくると、誘い込まれるように彼らの前に立っていた。彼らはCDを売っていた。いくつも並べられていたが、「エスエスエス」というフレーズのある曲が入っているのがほしいというと、これだと指さした。私はそのCDを買った。友人がそばにいて、写真を撮ってあげるというので、私は歌手の女性と並んで写真を撮ってもらった。彼女は浅黒い肌をしていて、紫色のドレスにたくさんの飾りをつけており、頭にも凝った被り物をつけていた。ああこの人たちは高砂族なのだとさとった。
 高砂族についてはガイドの李さんが説明をしてくれていた。彼らは先住民族である。はるか昔にミクロネシアから渡ってきたのだろうといわれている。その後に漢民族がやってきて、台湾を支配するようになる。現在高砂族は島の東の方に住んでいる。彼らは商売には向いていない。得意とするのはスポーツであったり芸能であったりするのだと言う。音楽を奏でていた二人は自分たちの曲をCDにして売っているの
だから、商売気がある方なのかもしれない。良い台湾土産を買ったと思った。
 私が買ったCDのタイトルは『阿〇的歌』というのである。〇のところには日本では見たことのない漢字が使われている。編は女でつくりは摩という字の手の部分が糸という字の下がないものになっている。ガイドの李さんに意味を聞いたらおばあさんの歌という意味だと教えてくれた。明るく楽しげな歌声にはそぐわないタイトルだと思った。
 日本に帰ってきてこのCDを聴いてみると、最初の歌がタイトルのものであった。順に聴いて行ったが、実際とても素朴な歌ばかりである。台湾で聴いた時とは印象が違うのである。伴奏はほとんど太鼓の音だけでのんびりしたものが多い。私が耳にした「エスエスエス」という言葉が出てくるのは「猟祭」という曲である。この曲にはギターも伴奏に加わっている。歌詞は漢字だけであり、さっぱり意味は分からない。このCDは高砂族の民謡なのだろうか。それとも歌手の女性とギターの男性による創作なのであろうか。分からないことずくめではあるけれど、やはりこのCDを買ってよかったと思っている。

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