さちあ
sachia hase

関西の人・まち(12)


阿倍野のシクラメン

 阪堺電軌上町線の路面の線路に、雨上がりの午後の光がまぶしい。大阪の南の玄関口阿倍野から出るこの路線は、石畳の上を走る。明治時代、列車はそのころ 多かった馬車のように、馬が牽引していた。今も地元の人たちの足として、一両編成の列車が天王寺から我孫子(あびこ)へと走る。住吉大社駅までは20分 弱。隣家の軒下ぎりぎりを走るかと思えば、土の色を生々しくみせて土手の上を行く。そうしてまた路面に戻る。

 住吉大社は正月十日戎のころが一番混む。境内に一歩はいると、神木といわれる楠が神社全体を覆い、ひんやりした空気にふれる。紫の垂れ幕をした神社の社 の近くや、鴨の泳いでいる水辺の脇、参拝者のための駐車場にも楠はあった。触れてみると幹の表面のかさかさした感じと、地中からの水の流れを想像させる冷 たさがある。樹齢何年だろうか。低く、太く枝を地に触れんばかりに伸ばしている。

 天王寺の一駅手前の「阿倍野駅」の近くには商店街にまじって大阪阿倍野体育館の古い建物。北上して天王寺方面へと向かう途中には、ほかには歴史を感じさ せるような建物はなく、今様だ。どんな由来でつけたのか「やんちゃな子猫」という名の商店やおいしい大学芋を売る店があった。阿倍野にはまた、すれ違う人 の中に、無精ひげを生やした男の人が多い。

 近鉄「あべの橋駅」はシンプルな外観であたりを見下ろしているが、中は雑踏そのものだ。ロビーの中央に位置する柱のところに、花屋の赤いひな壇がある。 正月に向けて、赤やピンクのカラフルな色合いが眼を引く。桃の鉢植えはしかし、よく見ると造花である。本物なのは蘭やシクラメン。「ほらこれよ」私のすぐ 傍にいた、若くはないがそんなに年でもない、黒いカシミヤのコートに身をつつんだ女性が、シクラメンを指差す。「シクラメンほどすがしいものはない」と歌 いだす。突然だったのでびっくりした。彼女は鉢植えを買うでもなく、歌いながら雑踏の中に去っていった。複雑な顔をする若い店員。でもその顔にはこんなこ といくらでもあるという気楽さも伺える。梅田や心斎橋とは違った、人目に対する気楽さがこの土地らしく感じられる。


 帰り路の電車に乗っている間、車窓から見える家々の垣根の山茶花が夕焼けに照らされ、燃えるようだった。


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