さちあ
sachia hase

関西の人・まち(13)

サントリー山崎蒸溜所

 通勤電車から夕闇に浮かび上がる赤レンガ色の建物のSUNTORY DISTILLERYの文字が見える。2月の寒い日、思い立ってサントリー山崎蒸溜所を訪ねた。
 JR大阪駅から普通列車で25分。ベッドタウンの高槻を過ぎた辺りから、左手に竹林がちらほらと見えはじめ、次第に天王山の山並みが迫ってくる。ケヤキや楠にまじって、まだ花をつけていない桜の幹が、冬の彩を感じさせる。
 JR山崎駅を降りて古道の西国街道を西へ10分足らず歩く。よく手入れされた庭に囲まれて、工場とウイスキー館がある。受付や案内の方たちはみな丁寧で 配慮が行き届いていて、企業サントリーの底力をみる思いがする。ここでは、ウイスキーの製造工程を見学できる。たくさんの見学者に混じって、案内係の方に 工程を案内してもらった。
 この蒸溜所は、80年前サントリーの創業者鳥井信治郎(1879-1962)によって建てられた。当時舶来ものが多かったウイスキーの、日本初の蒸溜所 である。この土地が選ばれたのは、天王山のふもとを流れる地下水による。硬度90度の軟水、ミネラルの多い水が、カリスマブレンダー鳥井の舌にかなったと いう。
 まずは仕込みからはじまる。ウイスキー原酒は麦を原料とするモルトウイスキーと、とうもろこしを原料とするグレーンウイスキーがあるが、ここでつくられ ているのはモルトウイスキーである。原料となる二条大麦を、この土地の水と合わせて麦汁にする。仕込み槽は8mくらいの大きさの丸いものが二つある。
 次にその麦汁を発酵槽で発酵させる。発酵槽は木製とステンレスの2種類あり、酵母を加え、もろみをつくる。木の桶の乳酸菌や他の要素が付加され、ウイスキーの香りがあたりにたちこめる。アルコールになるのは、このときである。
 そして蒸溜の過程である。金色のラッパを逆さまにしたような形の直径5mくらいのポットスチルとよばれる蒸溜器が通路の両側にならんでいる。初溜といっ て、左の釜で蒸溜したものを冷やすと、アルコール度20パーセントのものができ、それを右の釜で再溜するとアルコール度数は一気に70パーセントとなる。 発酵槽の違いや、蒸溜の際のポットスチルの形で異なる味わいが生まれる。たとえば、ストレートヘッド型のポットスチルで蒸溜したものはしっかりとして重厚 な味わいといった特長があり、山崎モルトのひとつの特徴となっているという。
 蒸溜されたばかりの、若いモルトウイスキーを樽にいれてねかせる。ナラなどの木材でできた樽の種類は幾種類かあり、透明な原酒に樽の成分が溶出し、琥珀 色のモルト原酒になる。案内された貯蔵庫は、照明の落とされた中に1960年などの年代の記された樽が幾列にも並ぶ。若い樽は7年、古い樽は20年くらい のそれぞれの寝かせるにふさわしいピークがあるという。
 最終的に商品となるウイスキーの味を決めるのはブレンダー。どの樽かをいくつかピックアップしてブレンドする。ブレンダーは一日に200から300の原 酒をテイスティングするという。ウイスキーは、自然のもつ働きと、ブレンドなどの人間の手が合わさって、いくつもの可能性のなかからつくられるのだと感じ られる。一つの蒸溜所でできたモルト原酒からつくられるシングルモルトウイスキーは、地酒のようなものだ、と案内係の方は言う。
 工程見学のあと、ゲストルームで、ここでつくられた「山崎」と山梨県の蒸溜所でつくられた「白州」を試飲した。「山崎」は重厚な味、「白州」は木の香り がし、飲みやすい味のウイスキーである。私は「白州」のほうに惹かれたが、ウイスキー通の人ならば「山崎」を好むのではなかろうかと思われた。向かいに 座った2人連れの年配の男性は、「昔のハイボールと味が違うような気がする」「昔はウイスキーも、良いものがなかったしソーダなんてないからラムネで割っ とったんや」と上機嫌。
 またウイスキー館には、原酒の入ったボトルがならべられていて壮観だ。透明のもの、薄い黄色、飴色、琥珀色、もっと黒に近い琥珀色と、全部で7000本 ある。少し酔いの回った頭で、柳原良平がデザインしたトリスのおじさんのポスターを眺めて、ウイスキーの歴史を思い浮かべた。


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