xx 1月28日 xx
お兄ちゃん、機嫌いい…? 前で朝食がわりにコーヒーを飲むお兄ちゃんを見ながら、ふと思った。 お兄ちゃんはいつも、機嫌が悪そうに見える。 たまに、他に見せる笑顔もどこかイジワルであったり自嘲的であったりする。 本当に心からの笑顔を見せるのは…真由香のためか…弘樹兄ちゃんのため…。 別に今は笑っているわけではないけれど…表情が心なしか穏やかなのは…真由香がらみ じゃないとすれば…。 「お兄ちゃん、弘樹兄ちゃんと何かあったの?」 真由香が言うと、珍しくお兄ちゃんはうろたえた様子を見せた。 コーヒーを気管に入れ、ゴホゴホと咳込んでいる…。 これは…ビンゴねv 「どうして、そう思う?」 ようやく咳をおさめたお兄ちゃんはチラッと真由香に視線を寄越した。 「機嫌よさそうなんだもん」 「…どこが?」 もちろん、お兄ちゃんが鼻歌歌ったりしたわけじゃない…。 そんなコトしたら、可笑しくて真由香、笛吹いて踊っちゃうよ♪ 本当に、長年一緒にいるからこそ分かる、微妙な変化。多分、真由香じゃないと、気付けない…。 「どこって…体中から、嬉しいってオーラが出てるよ!」 いい加減な答えを返した真由香に、お兄ちゃんはなんと、ギョっとして自分の体を見やった。 「キャハハ。っていうのは大げさだけど、真由香には分かるんだもん。…で、どうなの?」 どうも、お兄ちゃん、今日はいつもの自分のペースが保てないらしい。 諦めたように、ため息をついた。 「昼過ぎに…片山が…来る。だからって、別にそれでオレが機嫌がいいワケでは…」 やっぱりねv 前に、弘樹兄ちゃんがウチに来たのは半年前くらいだもんね。 久しぶりに会えて、嬉しいワケだ。 「わかった。わかった。弘樹兄ちゃんが来て嬉しいのは真由香よ」 もう、お兄ちゃんたら、照れ屋なんだから…。 仕方ないなぁ。 「お兄ちゃんのことだから、何も準備してないんでしょ?久しぶりにお兄ちゃんの豪華手料理が食べたいな〜。ね、今から買い出しに行こうよ!」 「こんな寒い日に…」 ぶつぶつ文句を言うお兄ちゃんを、真由香は無理矢理家から連れ出した。 …まったく素直じゃないんだから…。
買い物から帰ってきてすぐに、電話がなった。 「はい影守…ああ、おまえか。え?……そうか。わかった。いや、いい。じゃぁな」 お兄ちゃんの声はだんだんと硬くなっていった。 電話の相手には分からない程度だろうけど。 電話を切った、お兄ちゃんの顔を覗き込む。 「…お兄ちゃん?」 無表情にお兄ちゃんは言葉を紡いだ。 「片山だった。あいつの叔父が倒れて病院に担ぎ込まれたらしい。だから、こっちはキャンセルだと」 お兄ちゃんはソファに身を投げ出し、朝読みかけだった新聞を読み始めた。 無表情だけど…だからこそ、恐いよぅ…。 …ブリザードだ…お兄ちゃんのまわりをブリザードが吹き荒れている…。 こういう、お兄ちゃんに話しかけてもこっちがグサグサやられるだけなのは分かっていた。 だから、しばらく放っておくことにする。 しかし、夕方になるとさすがにお腹が空いてきた。 リビングに戻り、まだソファにいるお兄ちゃんを見つける。 お笑い番組を見るともなしに見ている。 全然笑ってない…。 こんなの、精神衛生上良くないよぉ。 「お兄ちゃん!」 勢い良く真由香が後ろから飛びつくとお兄ちゃんは前につんのめった。 「…おい…」 抗議の声をあげたお兄ちゃんの言葉をさえぎる。 「残念だったね」 主語は付けなかったけど、お兄ちゃんは何のことを言っているかはわかるだろう。 沈黙するお兄ちゃんの背中に頬をこすりつけた。 あったかい…大スキよ、お兄ちゃん。 「…そうだな…」 思わぬ素直なお兄ちゃんの返答。 真由香はギュッとお兄ちゃんに抱きついた。 傷心のお兄ちゃんには悪いけど、何だか幸せな時間。 十分堪能して、真由香は口を開いた。 「…お兄ちゃん、お腹減った。ふてくされてないで、夕飯つくってよぉ」 立ち上がって、台所へ向かう。 「誰がふてくされてるんだ」 後ろから追ってきた声を無視する。 「こーんなに、材料あるんだから!」 「へーへー」 何だかんだ言いながらも、お兄ちゃんは華麗なメスならぬ包丁さばきで、次々と料理を仕上げてゆく。 そして、しばらく後、影守家の食卓には二人では食べきれないほどの料理が載っていた。 「お兄ちゃん…作りすぎ…」 「お前が、あれもこれも、と言うからだろうが…」 二人して途方にくれた時だった。 インターホンがなり、お兄ちゃんは回線をオープンにした。 「はい」 「あのっ、片山です」 息を切らした弘樹兄ちゃんの声がインターコムから聞こえる。 お兄ちゃんは、軽く目を見開いた。 「おまえ…来ないって」 「すいませんっ、思ったより早く帰れたんで、影守さんに会いたくて…って、一度キャンセルしてて申し訳ないんですけど…あ、都合悪いです?それなら、帰り…」 「おい。勝手な解釈をするな。ちょうど、食事を作りすぎて困っていた所だ。お前のカードでマンションの入口を通れるようにしてある。あがって来い」 ふふふ。 後ろで笑う真由香を、お兄ちゃんはイヤそうなカオして振り返った。 「よかったねぇ。お兄ちゃんv」 どうしてもニヤニヤ笑いになってしまう真由香に、お兄ちゃんってば冷たい一瞥をお見舞いしてくれた。 「何、今更すかしてるのー!!もう、お兄ちゃんってば!!」 叫ぶ真由香を放って、お兄ちゃんは玄関へ向かう。 真由香も玄関に向かうと、ちょうどお兄ちゃんがドアを開けたところだった。 「影守さん!」 ドアが開いた途端、外にあった弘樹兄ちゃんの顔がパッ明るくなる。 「入れ」 短くそれだけ言って、お兄ちゃんはさっさと中に引っ込んだ。 「ごめんね。弘樹兄ちゃん。もう、お兄ちゃんってば、照れちゃって…」 思わず言った真由香に奥から声が飛んでくる。 「真由香!余計なことを言ってないで早く来い」 クスッと二人で顔を見合わせて笑って、一緒に奥へ向かう。 一人増えたおかげで、お兄ちゃんの力作はキレイに三人のお腹の中に納まった。 食事中の弘樹兄ちゃんの話によると、弘樹兄ちゃんの叔父さんは、食中毒を起こしていたらしい。 「もう、人騒がせですよね。絶対、何か道で拾って食べたんですよ。あれは」 と、弘樹兄ちゃんは笑った。 でも、ちゃんと家に戻ってきてる叔父さんを看病するみたいで、まだ終電には早い時間に弘樹兄ちゃんは”そろそろ”と立ちあがった。 「なんか、食事、貰いに来ただけ、みたいになっちゃってすいません」 名残惜しそうに腰を上げる弘樹兄ちゃんに、お兄ちゃんはフッと笑った。 「そうだな…が、まあいい。駅までは送ってやろう」 「お兄ちゃん、弘樹兄ちゃんと会えただけで、嬉しいんだもんね〜♪」 真由香の言葉に、弘樹兄ちゃんは頬を赤らめた。 「真由香、つまらんことを言うな。おい、片山。お前も本気にするんじゃない!」 「す…すいません。あ!大切なことを忘れてました」 弘樹兄ちゃんは、コートを着ながら、そのポケットに手を入れた。 そして、四角い箱を取りだすと、お兄ちゃんに差し出す。 「何だ?」 「誕生日プレゼントです。影守さん、おめでとうございます」 「……ああ」 呆然と、お兄ちゃんはプレゼントを手にした。 あは。真由香はスッカリ忘れてました…。 「オレ、誕生日なんて言ったか?」 「言いましたよ、影守さん」 「そうだったか。…もらっておこう」 「お兄ちゃん!ありがとう、は?」 「………」 「い、いいよ。真由香ちゃん。僕が影守さんに貰って欲しかったんだから」 「ごめんねー、弘樹兄ちゃん。こんなお兄ちゃんで」 「おい、終電なくなるぞ。早く帰れ」 冷たく言って、お兄ちゃんはロングコートの裾をひるがえし、先に外へ出ていく。 「お兄ちゃん!もうっ、帰って欲しくないくせにー」 真由香は弘樹兄ちゃんと、お兄ちゃんの後を追った。 お兄ちゃんを真ん中に、3人で人気のない道を歩く。 「影守さん…今日は、ありがとうございます」 「……?」 「食事だけじゃなくて、…影守さんの少し特別な時間を、一緒に過ごしてもらえて…。僕は、”今日”会う約束を貰えて、すごく嬉しかったんです。だから、叔父さんを放ってでも、どうしても”今日”影守さんに会いに来たかった!」 「………」 愛の告白みたい…。 こんなこと言われたら、真由香だったら、弘樹兄ちゃんにメロメロだわv そう思ったのは、真由香だけではなかったらしい。 「片山…お前なぁ…」 言いながら、お兄ちゃんは額を押さえている。 寒さのせいか、それ以外の原因のせいか、わずかに頬が紅潮しているように見えた。 「えっ?へっ…変なこと、言いました?でも、上手く言えなかったかもしれないですけど、本当にそう思ってるんです!」 「わかった…わかったから、もういい」 不満そうな弘樹兄ちゃんの肩を、お兄ちゃんはなだめるようにポンポンと叩いた。 しばらく無言で、ただ歩く。 降り始めた雪を眺めながら、お兄ちゃんは目を細めた。 めったに見られない、穏やかなお兄ちゃんの表情。 「影守さん」 呼びかけには答えないけれど、弘樹兄ちゃんも真由香も、お兄ちゃんがちゃんと聞いてるって知ってる。 「今、何…考えてますか?」 お兄ちゃんは、ちょっと笑って足元に視線を落とした。 「…こんなのも、悪くない…ってな」 お兄ちゃん…。 「弘樹お兄ちゃん、真由香が通訳してあげるね!”すっごく、今幸せだ”って!」 「バーカ」 お兄ちゃんは真由香の頭を軽く小突いたけど、否定はしなかった。 真由香も、大好きなお兄ちゃんが隣にいて、その隣にお兄ちゃんの大事な人がいて、すっごくすっごく幸せだと、思った。 xx END xx 2000.1.23 脱稿 作者あとがき…ならぬ言い訳 どうしても、どうしても、影守さんの誕生日の1月28日に間に合わせたかった!! |