xx 癒しの森 xx 8

 

「こいつを、巻き込むな」

「だって、もう言い出しちゃったもーん。ここで止めると、太一が不信に思うよ?」

「………」

 しばらく考えた後、やはり深愛は首を横に振った。

「えー。大丈夫なのに…」

 不服そうにしながらも、深愛の決定には逆らえないようで、春也は肯く。

 消化不良で納得いかないのは太一である。

 二人だけの秘密を見せ付けられて、二人の付き合いは長いのだろうし仕方がない、と思いながらも、少し寂しくなる。

「もうっ、何なんですか?」

 冗談っぽく、答えを強要しない程度に太一は問う。

 太一は笑っていたが、その表情に含まれる寂しげな様子を、春也も深愛も読み取っていた。

「あー…」

 春也は、ちょっと困ったような顔で、深愛を見遣る。

 深愛はそこに確信犯的な表情を読み取って、いや〜な顔をした。

「勝手にしろ」

 言って、食べ終えた食器を流しに置くと、別の部屋に篭ってしまった。

「……」

 深愛を怒らせてしまったようだ、と落ち込んだ太一に春也はニッコリと笑いかける。

「気にしないで。太一に怒ってるんじゃないからね?太一を危ないかもしれない事に、引き込もうとした俺に怒ってるの」

「…あ、でも…」

 まだ、深愛のことを気にする太一に春也はいたずらっぽく笑いかけた。

「聞きたくない?」

「う…聞きたいです…」

「よしよし。素直でよろしいv」

 春也は太一が食事を終えるのを見て、立ち上がった。

「今日は、片付け、俺の当番なの。手伝ってくれる?」

 太一は“もちろん”と肯き、春也と並んで台所に立つ。

「えっと…何から話そうかな…そうだ。最初に断っておくけど、今から話すことは他言無用だよ?太一だから、言うんだからね?」

 真剣な表情で見つめられて、不謹慎にもその整った顔に見惚れながら、太一は息を呑んで肯いた。

 すると春也の顔が、ふっと和む。

「ごめんね?太一のこと信じてないワケじゃないんだけど、すごく重要な問題だから慎重になっててさ、念押しさせてもらったの」

 太一は“分かります”と、コクコク首を立てに振る。

「うーん、かわいくて抱きしめたくなっちゃうよねー」

 太一を見ながら目を眇めた春也は、続いて恨めしそうに、自分の皿を洗うために泡だらけになった手を見た。

「な…なんですか!!それは!!」

 あまり、かわいいなどと言われなれていない太一は、ワタワタ慌てている。

「あれ?太一、自覚ないの?もうっ、天然でカワイイんだねv」

 春也は、太一が褒められ慣れていないのを知って、意外そうに言った。

 春也と一緒にいると不思議だ、と太一は思う。

 彼の底抜けの優しさに触れると、自分まで他人に優しくしたくなってしまうのだ。

 春也といると、いいヤツに生まれ変わることが出来そうで、自分を好きになれそうで…。

 自分を好きな人は、幸せだと太一は思う。

 太一は、自分が嫌いだった。

 あの人たちの子供である自分がキライ。

 素直に日野先生と戸倉を祝福してやれない自分がキライ。

 人を信じられなくて、ビクビクしている自分がキライ。

 でも春也といると、少しずつなりたい自分に近づけるような気がした。

「春也さん…スキ…」

 思わず、言葉をもらしてしまってから太一はハッとした。

 深い意味で言ったわけではないのに…こんな言葉で気まずくなっちゃったらどうしよう!!

 しかし、その太一の心配は杞憂に終わった。

「嬉しいよv俺も太一のこと、大好きだからね」

 春也は太一の心情を正確に受け取ってくれていた。

「ありがとうございます!」

 太一の顔が綻ぶ。

 春也さん…大スキ。大スキ。

「ふふv 両思いを確認したところで、話を戻そうか」

 少し離れたところから、ピアノの音が流れてくる。

 太一が聞いたことのない曲だったが、甘く深い感じを受ける…。

 少し、その音色に意識を奪われながら、太一は肯いた。

「…はい」

 透明なピアノの音色に、春也の声が重なる。

「高野ゼミナールなんだけど、あそこ、俺のオヤジさんが経営してる塾なの」

「オヤジさんって、お父さんですか?」

「うん、そう。父親の塾なんだ。で、先日父親のところに告発というか密告の手紙が送られてきたの」

「…何て書いてあったんですか?」

「塾内で、クスリが出回ってるんだって。どうも、うちの塾が出所で、いろんな所にクスリがバラ撒かれてるらしいんだ。もっとも、別に塾内とか巷で噂になってるわけでもないし、本当かどうか分からないんだけどね。でも、そんな噂流れてから調べたんじゃマズイでしょ?塾の生徒、すっごい減っちゃう。だから内々に調べる必要があるの」

「……どうするんですか?俺がそれとなく回りに聞いたらいいんでしょうか?」

「いや、そんなに能動的に動かなくていいよ?って言うか、動いちゃダメだからね?もし、本当だった場合アブナイし。ただ、ちょっと広めにアンテナ張っといてもらえると助かる。実は俺と愛、次の四月から講師のバイトやることになってるんだ。先生たちに探りを入れると共に、生徒と垣根のない講師になって、いろいろ情報あつめるつもりだから、太一、出来たら生徒との橋渡し役になってv」

 実は、太一は高野ゼミナールの生徒だったが、ほとんど授業に出たことはなかった。

 親に無理矢理行かされた塾で、太一は学校以外で勉強する気は毛頭なかったし、塾に行っているフリをして癒しの森に行ったりしていた。

 そして、模擬試験だけを受けた。

 太一の親も、それに薄々気付いていて気付かないふりをしているのか、本当に気付いていないのか、何も言わない。

 模擬試験で、いい成績を取り続けている限り、両親からは何も言われない、と確信していた太一は受験まで、塾に通う気はなかった。

 しかし、勉強以外の目的ができたなら別である。

 春也と深愛が塾の講師をやっていて、その授業を自分が受けている…。

 真面目な顔して聞いて…でも、家ではHなコトをして…。

 そんなことを、想像して太一は胸が躍った。

 こんな高揚感、もう何年も感じたことがなかった。

 高野ゼミナールの将来がかかってるのだし、不謹慎な思いだとは分かっているが、太一はワクワクするのを止めることが出来なかった。

 

 

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2000.06.05 脱稿



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