xx 愛言葉 xx
影守さんを特別に思い始めたのは、いつだろう? 弘樹は過去に思考を飛ばす。 コトあるごとに協力を仰ぐ弘樹に、冷たい言葉を投げつけながらも、最後には絶対に助けてくれた聖。 タナトスとの戦いの過程で、弘樹は完全に聖を信用するようになっていた。 タナトスとの決着がついて、茂の都合でBGを離れなければならなくなって、弘樹が一番最初に考えたのは、”影守さんと、もう会えない?”ということだった。 多忙な聖は、それでも大変な戦いのために時間を割いてくれた。 その戦いが終わって、聖の手を煩わす必要はもうなくなったが、弘樹は聖との関わりをなくしたくなくて、何かと理由をつけては聖の病院を訪ねていた。 この頃に、弘樹の聖への感情は、もうただの友情ではすまされないほどに、なっていた。 弘樹自身にも自覚はなかったが、他の仲間への感情と一線を隔していたもは明らかである。 弘樹は他の仲間とは偶然遭うにまかせて、自分から会いに行こうとは、しなかったのだから。 聖の病院まで足を運んで、聖がいなかったこともあった。 無駄足であったが、近かったのでたいしたことではなかった。 しかし、BGから出てしまえば? 今までのように、行き当たりばったりで訪ねるわけにはいかない。 かといって、電話で頼んで自分と会う約束を聖はしてくれるだろうか? 弘樹は不安だった。 BGを出る日、空港まで見送りに来てくれた聖を見て、弘樹は少し希望を持った。 でも、気軽には連絡できなくて…聖に会えなくて禁断症状が出たした頃、弘樹は思いきって電話を手にした。 二ヶ月ぶりの聖の声に、弘樹は説明の出来ない安堵を覚え、涙が出そうになった。 こんなに…この人の声を聞くだけで、心が満たされるなんて…。 弘樹は自分にとって聖が特別な存在であることを、再認識させられた。 結局その時は、それだけで嬉しくて”会ってもらえませんか?”とは言えなかった。 影守さんは後で、何のために電話してきたんだ?と思っているかもしれない、と考えると、弘樹は無性に恥ずかしかった。
そして、一月半ば。 月末の聖の誕生日のために、弘樹はプレゼントを買った。 純粋に、あげたいという気持ちもあったが、”会って下さい”と言って”何のために?”と返されるのが、恐かったのだ。 会ってもらう理由を作って、弘樹は再び聖に電話をかけた。 もしかして、当日はもう予定が入っているかもしれない…と思ったが弘樹は思いきって”今月の28日、空いてませんか?”と訪ねた。 ”空いてる”と短く応えられ、弘樹の緊張は高まる。 ”その日、会ってもらえます?” やっとのことで口にした弘樹に、聖は軽く”いいぞ”と返してきた。 ”え、ホントに?” 思わず言ってしまうと、聖の苦笑が電話を通して、弘樹に伝わる。 ”お前、俺を何だと思ってるんだ?ウチ、来るか?そうすれば、真由香も喜ぶだろうし” 思いがけない申し出に、弘樹は相手に見えないのにコクコク首を縦に振っていた。 茂の突然の食中毒騒ぎのせいで、その日はあやうく会えないところだったが、何とか弘樹は聖の家に行くことができ、聖の手料理までご馳走になった。 本当に幸せを感じた日だった。(詳しくは「1月28日」参照) その後、弘樹は何度か聖を電話で誘った。 聖は用事のある日は、容赦なく断ってきたし、空いている日は付き合ってくれた。 別に、何をするでもない…ただ会って、食事をしながらたわいのない話に付き合ってくれた。 3月28日の自分の誕生日の夜、弘樹は聖と一緒に食事をする約束を取りつけた。 誕生日を、一番大切な人と一緒に過ごしたかったのだ。 その日弘樹は朝からひどく気分が良かったが、それもクラスメートから相談の電話がかかってくるまでだった。 自分の彼女がひどくつれない、と言うのだ。 彼女の家に行けば会ってくれるし、デートしようと言えば出てきてくれるのだが、自分からは”会いたい”とは言ってくれないし、会っても話しているのはひたすら自分のほうなのだ、と彼は沈んだ声で言った。 ”彼女は俺を好きなんだろうか?それとも嫌々付き合ってくれてるだけだと思うか?” 弘樹は、うーん、と悩んだ末”もう少し様子を見てみたら?お前は好きなんだろう?”と答えた。 その友人は、ただ誰かに聞いて欲しかったのだろう。 自分でもそうしようと思っていたらしく、あっさり同意すると”ありがとう。ちょっと楽になった”と感謝して電話を切った。 気分が重くなったのは弘樹の方である。 最初聞き始めたときに、どこかで聞いたことのあるような状況だと思った。 聞いているうちに友人とその彼女が、自分と聖の姿に重なってくる。 聖は自分をどう思ってくれているのだろう? 今までに考えたことのない…いや、考えないようにしてきた疑問にぶち当たる。 嫌々付き合ってくれている可能性は多分にあるのだ。 弘樹は暗い気分になりながら、家を出た。
聖はいつにない弘樹の様子に内心困惑していた。 そもそも会った時から、少し様子が変だった。 いつも陰りの欠片もない笑顔を見せる弘樹が、ちょっと無理をしている感じで笑ったからだ。 だから、食事の後、聖は弘樹をバーに誘った。 少しでも酒の力で楽にさせてやれたら、と思ったのだ。 二人とも未成年だったが、レストランでの食事のためフォーマルな格好をしていたので、問題はなかった。 二人はカウンターの隅の席に並んで腰掛ける。 お酒をチビチビ飲みながら、弘樹はしばらく黙っていた。 隣の弘樹をそれとなくうかがいつつ、聖はグラスを傾ける。 「影守さん…」 呼ばれて、聖は目で応える。 「僕、影守さんに迷惑かけてます?」 「…どういうことだ?」 聖は弘樹の真意を図りかね、聞き返した。。 「影守さん、忙しいのに僕のつまらない話につき合わせて、僕のこと鬱陶しいと思ってるでしょう?」 絡み出した弘樹に、聖は少々驚く。 「何を言ってるんだ、お前は」 「僕は、影守さんと会いたくて、好きで…どうしても会って欲しくて、電話してしまうんです。でも、影守さんは嫌々会ってくれてるんでしょ?本当のことを言って下さい!言ってくれないと、僕、分からないから…鈍いから。遠まわしに、嫌だって示されても、僕、気付けないですよ?だから、今はっきりと嫌なら嫌って!」 今、弘樹の中にはマイナス思考が巣食っていた。 昼からいろいろと考え続け、その思考がアルコールのために解放されてしまったのだ。 聖は必死の形相で詰め寄る弘樹の頬を軽くと叩いた。 「落ち着け、片山」 「そうやって、影守さんは!やさしいから、本当のことを言うのを避けようとしてくれてるんだ」 感情が高ぶって、弘樹は静かに涙を流し始めた。 俺がやさしい、だって? 聖は弘樹の肩に手を回してなだめながら、苦笑を浮かべた。 聖は、嫌いな人間には迷いもなくその事実を告げられる、自分の冷酷さを認識していた。 その自分を弘樹はやさしいと言う。 その上、嫌なら嫌と言え、とまで言ってきたのだ。 「お前、ほんっと、バカ…」 聖の言葉に弘樹の肩がビクッと震える。 この俺が、嫌なものを嫌と言わないとでも思っているのだろうか? 買いかぶりすぎだ、と聖は苦笑を禁じ得ない。 しかし、どうしたものかな…と思う。 聖は自分を慕ってくれる弘樹がかわいかった。 会いたいと言われれば、よっぽどの用事がない限り時間を作ってやりたいと思ったし、会って話をしていると心が和んだ。 けれど、聖はその気持ちを伝える口を持ち合わせていなかった。 そんな恥ずかしいこと、言えるか!というワケである。 弘樹が思い悩んで泣いているのを見るのは忍びない。 何とか誤解をといてやりたい…が。 いかんせんこの口は…と、いつものポーカーフェイスのまま、聖は心の中で葛藤していた。 やがて、弘樹は落ち着いてきたのか、手の甲で涙を拭った。 「…すいません。勝手なこと、言ってしまって…」 泣きはらした目で、健気なことを言われ、聖は決心した。 「出るぞ」 弘樹の反応を待たず、聖は勘定を済ませると大股で店を出てゆく。 弘樹は慌てて、その後を追った。 怒らせてしまったのだろうか? 弘樹は不安に駆られながら一生懸命聖を追いかけた。 やっと、聖に追いついた弘樹は、突然聖に腕をつかまれ、路地裏に引き込まれた。 そして、抱きしめられる。 最初、弘樹は何が起こったのか分からなかった。 ただ、見開いた目に聖のカラーシャツが映った。 暖かい、聖の体温を感じ、弘樹は自分が抱きしめられているのを知った。 「か…げ守さん…」 奮える弘樹の呼びかけに応えて、聖は口を開く。 「…不安にさせて、悪かったな。俺は…お前を…お前が…大事だ…」 聖にはこれが限界だった。 最初”愛している”と言おうとしたが、恥ずかしくて無理だったので言い直したのだ。 それでも、聖は恥ずかしくて顔から火が出そうだ。 どうか、伝わってくれ、と弘樹を抱きしめる腕に力を込める。 うまく伝わったらしく、弘樹はおずおずと聖の背中に腕を回してきた。 弘樹は、嬉しくて額を聖の肩口にすりつける。 カワイイ…ヤツ…。 聖は改めて思った。 弘樹を手に入れるための合言葉…それは…愛を込めた言葉―。 聖は手に入れたものを抱きしめながら、ふと思い出した。 そういえば、こいつに誕生日プレゼントを買ったんだった…。 ポケットの中のものを渡したときの弘樹の反応を想像して、聖の胸には何か暖かいものがじんわりと広がるのだった。
xx END xx 2000.03.01 脱稿 作者あとがき…ならぬ言い訳 わーい。思ったより早く仕上がりましたv |