xx そういう関係 xx
僕、織と浩二は親友同士であると誰もが認めていた。 表面的に僕たちはそういう関係だった。 けれど、僕の心の中では違った。僕は彼と対等な親友の関係になることを望んではいなかった。僕が彼にあこがれを抱いた、つまり出会った最初の時点で僕たちの関係は対等になり得なかったし、彼に抱いて欲しいという望みを僕が持っている時点で僕たちは親友であるとは言えなかった。 僕が内面に抱えるこの気持ちのせいで、僕たちの関係はまわりに見えるほどはっきり安定したものではなく、もっと微妙な不安定なものであったといえる。 浩二は僕の気持ちを、はっきり認識は出来ないにしろ、ぼんやりと捉えていた。 いや、はっきりと捉えていたのに見ないフリをしていたのだろうか? だから僕たちの関係はグラグラと揺れていた。 そして、その不安定な関係は親友ではない、ある違った関係へと向かうことになる。 そう、あの日のことをきっかけに…。 僕はその日、浮かれていた。浩二が大ファンの海外ミュージシャンの昔のコンサートビデオを従妹から貰ったからだ。 僕は早く浩二に見せたくて、走って浩二の家へ向かった。 ドアベルを2度続けて鳴らし、ドアに手をかける。引くと開いたので、そのまま中に入った。 勝手知ったる他人の家で、僕はそのまま彼の部屋へ向かった。 ダダダダと音をたてて階段をのぼりながら叫ぶ。 「浩二ー!あいつらのコンサー…ト」 浩二の部屋のドアを開け、僕は絶句した。 彼は、いた。ベッドの上に。 そして彼の上には女の子。 僕の目は、ある一点で止まる。彼らの接合部で。 好きな人の性器を見たくない者がいるだろうか? だから、その状況で目がどうしてもそちらにいってしまう僕を責めないで欲しい。 しばらく三人の間で時が止まったが、まず動いたのは女の子だった。 悲鳴を上げながら、浩二から身を話し、床に散らばった服に飛びつく。 僕は女の中から抜けて行く彼のモノをじっと見ていた。 血の気がサーッと退いていくのを感じたが、案外僕は冷静だった。 礼を欠いたのは自分だ。浩二が浩二の部屋で何をしようと彼の勝手なのだから。 明らかに邪魔者は自分だった。 「えー…と、ごめん。出直すよ」 言ってきびすを返そうとした僕の横を、女の子が顔を隠し、服を抱えたまま部屋から飛び出して行く。 そして、ドタドタと階段を下る音。 彼女の後を追って出て行くわけにもいかず、僕は呆然と立ちつくした。 ベッドに横たわった浩二と目が合う。 僕は何ていっていいのか分からなくて、そして、真っ直ぐな、けれど何を考えているか映さない浩二の目が恐くて、視線を床に落とした。 「責任取れよ」 !!!! あまりにもいろいろな思考が一気に頭の中を駆け巡り、ヒートしてしまってもう何も考えられない。 「責任って…どうやって…」 ボソボソと言葉をつむぐ僕に、浩二は口の端を歪めて笑った。 「お前はオレの快楽を奪ったんだ。返してもらおうか」 ある可能性に僕は思考を奪われながら、それとは違う質問をする。 「女を呼んで来いってコト?」 ひどく、自分の声が震えているのが分かったが、どうしようもない。 「待てねーよ」 「じゃあ…」 「お前がやれ。オレをいかせろよ」 「出来な…」 自分の予感が当たったことを知った…でも…。 「出来なければ、お前、オレの友達やめろ」 ……! 泣きそうになった。歪んでいるだろう自分の顔を見て、浩二がベッドの上で身を起こす。 そして、腕をうなだれた僕の頭に伸ばした。 「かわいい奴だな。オレをいかせてくれればいいんだよ。そしたら、今まで通り、いや、今まで以上に親しい友達だ。な?親密になろーぜ」 大きな手が僕の髪をくしゃくしゃとかき混ぜて離れる。 その手は次いで僕の手を掴み、そのまま彼の股間に導いた。 ぬるっとした感触。そして、熱い。 当たり前だけれど、それはあの女の愛液で濡れていた。 「ごめんな…汚れちまってるけど…キレイにしてくれよ」 枕元にあったティッシュペーパーを渡され、僕は彼のすでに勃起しているモノをそれで拭った。 そうする僕を浩二はじっと見ている。 次はどうするの?と浩二を見ると、彼は笑った。 「好きにしてくれ。今、それはお前のもんだよ」 僕はどうしていいか分からず、恐る恐るそれに直に触れる。 指をまわして、じっとしていると、それがドクドク脈打っているのが感じられた。 「やらしー奴だな。人の局部をじっと見んなよ」 ニヤニヤ笑いながら浩二が言う。 「そんなっ」 「どうすればいいのか分からないから…って?そんなワケないだろ?どうすりゃいけるのかなんて、男だったら誰でも知ってる。…だろ?」 股間をさらした無防備な格好で浩二は余裕たっぷりだ。 いつも、そうだ。浩二は自分より一段高い所に立っていて、自分を見下している。それでも良かった。浩二の側にいられるのなら、何でも良かった。 …でも…浩二を自分のところまで引きずり下ろしたいよ…。 今の衝動的なこの思いが自分の本心? 僕は浩二のモノに口をよせた。 浩二をいかせれば自分の望みが少し達成できるような気がした。 手で先端を弄りながら根元から舐め上げる。 どちらもあまり強い刺激を与えていないため、もどかしいのか浩二は、わずかに腰を捩った。 浩二の快感を左右しているのが自分であることが嬉しかった。 「…織」 吐息まじりに呼ばれて僕は顔を上げる。 「もう、いかせろ」 こんな時にも、あんたはオレのところまで降りて来ないんだ。 心の中で苦笑しながら僕は言う通りにする。 強く何度か擦り上げると「ん…」と低いうめき声が聞こえた。 そして、次の瞬間シーツに白濁した液体が飛び散る。 一瞬の空白の時間の後、僕は浩二のモノから手を離した。 浩二は力を抜いて後ろに倒れこみ、ベッドに身を沈める。 「お前も出さねぇと苦しくない?」 腕を目にあて、僕の方を見ずに浩二は言った。 言われた通り僕の体は興奮していた。 「やってやろーか?」 その言葉に僕はあわてて首を振る。 そうしてから浩二が見えないことに気付き、口を開く。 「僕は、いいよ。あの…トイレ、借りるね」 言って、僕はトイレに駆け込む。 浩二の部屋に戻ると、汚れたシーツが取り払われておおり、彼自身は部屋にいなかった。シャワーを浴びに階下に行っているのだろう。 僕は浅くベッドに腰をかけ、突然の展開に付いて行けていない頭をどうにか動かそうとした。 何でこんなことに? 浩二はどうしてこんなことを? これからどうしたら? 浩二はどんな顔をしていた?…自分の行為に必死で、見ていなかった。軽蔑はされていないだろうか? 疑問ばかりが浮かび、何の結論も導き出されない。 行為自体に嫌悪感はなかった。 ただ恐いのは浩二に嫌われることだけ…。 ドアが開き、首に掛けたタオルで髪を拭きながら浩二が入ってくる。 …僕の顔をじっと見つめている。 何を考えている?浩二。 「何て顔してんだよ。オレだけ気持ち良くなったのがやっぱり不満なのか?」 「ちが…」 「じゃ、どうしたんだよ。お前、すっごい暗い顔してるぞ?…オレ、はっきり言って今すげー気分いいよ。お前に何でもしてやりたい気分」 驚いて僕は俯いていた顔をあげた。 そして自分を見つめる優しい瞳にぶつかって泣きそうになった。 「何をして欲しい?」 「じっとしてて」 言って、僕は彼の首に腕を絡ませた。 自分の不安を拭えるのはこの行為だけのような気がした。 「怒らないでね」 ゆっくり、自分の唇を彼のそれに重ねあわせる。 彼の許可なしに舌を入れることは出来なくて、何度も触れるだけのキスを繰り返した。 浩二はその間、逃げないでいてくれた。 僕は満たされた気分で彼の肩に額をあずけた。 幸せの余韻に浸っていた僕の顔に浩二の手が添えられ、上を向かされる。 目を丸くした僕の顔に彼の唇が降ってきた。 目尻や口端に落とされるキス。そして、最後に唇に集中攻撃。 今度は舌が遠慮なく侵入してきて口内を蹂躙される。 もう…腰が、くだけそう…。 崩れ落ちそうになる体を浩二の腕が支えてくれた。 「お前、すっげーカワイイ」 耳元で浩二がささやく。くすぐったくて、僕は身じろいだ。 とても、言いたくなって…どうせ言わなくても、分かってるだろうけど…言わずにはいられなくて、僕は浩二にきつく抱きつき、想いを口にした。 「浩二、好きだよ。大好きだ。…これ以外、言葉が見つからないけど…本当に」 僕の必死な口調に、浩二は「わかっている」とでも言うように、僕の頭をポンポンと叩いた。 幸せで、死んでもいいと思えた日だった。 ただの友達から一気にあんなコトをしてしまった僕たちの関係は、最終段階まで行き着くのに、そう時間はかからなかった。 僕は彼が喜んでくれるならどんなことでもしたかったし(たまに妙な衝動に駆られはするが、基本的にはこの希望の方が強い)彼は僕と体を結ぶのに何の抵抗もないようだった。 僕とセックスするようになってからも、彼は女の子達との関係を断とうとはしなかったし僕もどうしても断って欲しいとは思わなかった。 お互い、こういうスタンスなので僕と彼との関係を恋人同士とはいえないだろう。 しかし、僕の正直な気持ちが顕在化したぶん、僕たちの関係は”そういう形”で安定したのだった。 xx とりあえずEND xx 1999.10.05 脱稿 |