xx そういう関係2 xx   ― 平行関係 ―

「おい、織。いっしょに住まねーか?」

 同じ大学に通り、下宿を探す段になって浩二が言い出した。

 浩二と一緒に住みたい…思ったことがないワケではない。

 けれど……。

 僕と浩二は高校2年の時に体の関係を持って以来、恋人とも親友とも言えぬ付き合いを続けてきた。

 僕は浩二がたまらなく好きで、コトあるごとにそれを口にしたが、浩二は、それを黙って受けとめてくれるばかりで、彼が僕のことをどう思ってくれているのか言葉にしてくれたことはなかった。

 知りたくて、必死で見極めようとしたけれど、分からないまま今まで来ていた。

 週に1度くらいのペースで、僕は望まれるままに浩二に体を開いた。

 けれど、浩二は表立っては不特定多数の女の人と付き合っていたし、その人達と寝ていた。

 僕の片思いであることを知るのが恐くて、自分が彼にとって何なのか、聞けないでいた。

 けれど、浩二が僕のことを特別に思っていてくれることを期待して、彼の様子を探らずには入られないのだ。

 その彼が、僕と一緒に住もう、と言う。

 期待してもいいのだろうか?

 でも、もしそこに浩二が女の人を連れ込むのであれば、僕は今まで以上につらい思いをすることになるのだ。

 目の前で浩二が他の人のものになっているのなんて、見たくない。実感したくない。

 勝手なものだな…と思う。

 浩二に抱いてもらう前は、そんなこと思いもしなかった。もっと低いところで、満足していた。

 でも、状況は変わったのだ。上を知ってしまうと、前に戻ることは出来ない。

「嫌だよ。浩二、女の人連れ込んでやるだろ?その間、僕に外で待ってろって?」

「そんなことしねーよ。やるときゃ外でやるって」

 …この無神経さ!

 浩二は僕がどんな思いで彼に好きと言っているか、彼に抱かれているか、全然分かっていなかった。

 それでも…その大雑把な所に、器の大きさが見え隠れしていて、そんな自分にはない所に、強く魅かれるのも事実なのだ。

「…約束する?人、連れ込んでやらないって」

「ああ、約束するよ」

 いざとなったら、そんな約束平気で破られてしまいそうなことは、なんとなく分かっていた。

 でも、浩二と一緒に住めるのはとても僕にとっては魅力的なことで、もしかしたらその約束を大事にしてくれるかも…という希望的観測も働いて、僕はおずおずと頷く。

「やりぃ!」

 浩二が指をパチンと鳴らす。

 こうして僕たちは一緒に住むことになった。


◆◆◆◆◆


 大学での生活が始まり、新しい友人も増えた。

 やはり、ここでも浩二のまわりには自然とたくさんの人が集まった。

 僕と浩二が食堂で話をしていると、同じクラスの奴らが声をかけてきて、すぐに大きな団体になってしまう。

「浩二、何か飲む?」

「ああ、コーヒー」

 返事を受けて、立ちあがる。

 僕が浩二を特別扱いするのも、もう周知の事実となってしまい、誰も気にしなくなった。

 買いに行った先で、浩二とかなり仲のよい浅井を見つけた。

 高い身長と整った顔についた少したれ気味の目が軟派な雰囲気をかもし出しており、周囲の女の子達の人気を浩二と二分している奴だった。

 僕がコーヒーを二つ注文しているのを見て、浅井は笑う。

「何?またアイツの分?」

「…悪い?」

 僕がちょっと眉根を寄せてみせると、浅井は慌てて手を振った。

「悪くないよ。あいつも果報者だよなぁ」

 他の者たちはどこまでどうなのか分からないが、浅井は僕と浩二の関係を見たわけでもないのに、かなり正確に把握しているらしかった。

 だからと言って、妙な態度をとるでもなく、そういう浅井の存在は結構僕にとって心強いものだった。

 僕がコーヒーを一つ追加注文して出てきたものを浅井に渡すと、彼は目を丸くする。

「あら?オレも果報者?」

 そのおどけた言い方に、僕は声を上げて笑った。


◆◆◆◆◆


 浩二は僕の好きという気持ちを、平気で痛めつけた。

 いや、痛めつけているなどと、彼は全然気付いていないのだろう。

 女の肩を抱いて、僕の前に現れるなんて日常茶飯事だったし、女とのデートのために僕との約束をキャンセルすることも多々あった。

 無断の連続外泊に、僕が作った夕食は何度もゴミ箱行きになったし、挙句の果ては早朝に女の家から電話してきて、その日の授業の教科書を持ってくるように言われもした。

 それでも、僕の浩二への思いは薄れなかった。そんな所もひっくるめて彼が好きなのだから始末に終えない。

 そして何よりも僕には心の拠り所があった。

 浩二と僕の家。

 その聖域は彼と僕だけのもので、誰も入れはしないのだ。浩二がどんな女と外で過ごしても、”帰っててくる”のは僕たちの家で、その家を彼と共有している僕は、少し彼の”特別”にしてもらっている気がした。

 僕はそんな新しい夢に酔いしれて、結局は何も変わっていないことに気付いていなかった。


◆◆◆◆◆


 僕は自分の目が、耳が、信じられなかった。

 信じたくなかった。

 僕たちの下宿は、寝室が別室になっていた。

 家に帰り、ドアを開けると、まず女の靴が目に付いた。

 急いで中に入ると、ダイニングには誰もいない。

 かわりに寝室へつながるドア越しに女の声が聞こえた。

「あん、浩二!嫌だってば、そんなトコ…」

 僕は奥にあるキッチンまで進むと、壁に背を這わせてずるずると床に座り込んだ。

 怒りと切なさが一緒になって込み上げてくる。

 許容量を越えた感情は、涙となって目から溢れ出た。

「んん。あ―!」

 女の声がどんどん高くなる。

 浩二のバカ!バカ!!

 僕は心の中で浩二を大声で罵り、女の声を耳から追い出す。

 その悪夢のような時間は気が遠くなるほど長かったような気もするし、あっという間だったような気もする。

 寝室のドアが開き、きちんと服を着込んだ女と下だけ身につけた浩二が出てくる。

 キッチンは出口とは反対側の奥まった所にあるため、女は僕に気付かずに帰っていった。

 別に気付かれたところで、向こうが気まずい思いをするだけで、僕はどうということはなかったのだけれど。

 ドアを閉め、キッチンに向かってきた浩二が途中で僕に気付き、足を止めた。

「…織、帰ってたのか」

「帰ってたんです…」

 それ以上は何も言わない僕に、浩二はガシガシと自分の頭を掻いた。

「…悪いな。あの女、どうしてもウチに来たいって言いやがってさ」

「…そう」

 気を取りなおし、浩二は僕の側までやって来る。

 僕は目の前に立った浩二を見上げた。

 涙がもう枯れていたのは幸いだった。

 僕が泣いてたら、浩二はすっごく優しくしてくれただろう。

 そして僕はまた骨抜きにされて…同じコトを繰返し、余計に胸の傷を深くするのだ。

 もう、この辺が…引き際ではないかと思う。

 これ以上、自分が辛い思いをするのは…嫌だった…。

「浩二…約束、忘れた?」

「だから、今までは入れたことなかっただろう?1回くらい許してくれよ」

 浩二がしゃがみ、僕と目線の高さを合わせる。

 あまり、見ないで。泣いてたことが…分かってしまう…。

「そんなの分かんないよ。僕がいない間に何回やっててもね」

「お前、オレが信じられないのか?」

 強い口調で言った浩二に僕は顔を歪めて笑った。上手く笑えない…。

「浩二、何した後で言ってるの?」

「………」

「ホントはね。分かってるんだ。ここで僕が浩二を責める権利なんてないってコト。僕は浩二の何ってワケでもない。だから、最初の約束を盾にとって、浩二を責めるのは…勝手だと思うんだ」

「…じゃ、責めんなよ」

 それで?これからも、女を家に入れるの?バカ…。

 感情の高ぶりに、不覚にも涙が出てきてしまう。

 自分の思いを解ってもらえなくて悔しかった。

 これ以上、もうどうしていいか分からない。

 でも…。

 僕は縋るような思いで口を開く。

「浩二、好きなんだ」

 浩二の何を今更?とでも言うような表情。

 次のどんな小さな攻撃にも僕は耐えられそうになかった。

 心が疲れていて…望みもない。

 ダメだ…と思った。

 そして、僕は涙を流しながら笑った。

 帰ってきたときに、机の上に置いた荷物を手に取ると、玄関へ向かう。

 浩二への思いを部屋に残して、僕は後ろ手にドアを閉めた。

 僕は…明日から浩二をあきらめる努力をするのだ。



xx ねじれの関係へつづく xx

2000.02.16 脱稿



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