◆ ××リレー ◆
エイゼンは大いに困っていた。 困惑のモトは、エクスプレス検査のためにアクラから派遣されてきたカレルギー医師である。 医師がボルネオ入りした途端、”美人が来たぞ!”という噂はあっという間に広がった。 自他共に認める軟派のエイゼンがそれを聞き逃すワケがない。 早々にその顔を拝みに行ったエイゼンは大きく期待を裏切られることになる。 男かよ…。 イイ男の顔なんて、鏡見てたら十分だ、とエイゼンはさっさと踵をかえす。 向こうと一瞬、目が合ったような気がしないでもないが、知ったこっちゃない…。 しかし、人だかりに背を向けて歩くエイゼンを追う声があった。 「君、君!そこの、プラチナブロンドの頭した…」 ちらりと、声の方を見やると、あろうことか”美人医師”が人ごみをかき分け、自分のほうへ向かおうとしているではないか。 何の用だ…。 思ったが、無視してエイゼンは歩きつづける。 しかし、エイゼンは完全に無視しきることは出来なかった。 なぜなら彼はわざわざ駆け寄ってきて、エイゼンの肩に手をかけてきたのだ。 エイゼンは観念して足を止める。 「えーっと、何ですかね」 苦笑を浮かべ、少し首をかしげながらエイゼンは自分より少し下にある医師の顔を観察した。 色素の薄い瞳。全体的に線の細い印象だ。エイゼンと似たプラチナブロンドの髪が肩に散っていた。 確かに美人だ…が、男だ。 「あなた、イイ男ですね」 思わぬことを言われ、エイゼンは白けた顔になる。 「…そりゃ、どーも」 とりつくしまもないエイゼンの返答にも、医師はニッコリとして見せた。 「僕の容姿も満更ではないと思うんですが…一晩一緒に過ごしませんか?」 「………」 「残念。嫌そうですね。では、また」 言いたいことだけ言って自分に背を向けた医師をエイゼンは苦味を噛み潰したような顔で見送った。 もう、会いたくないなぁ…。
エクスプレスの検診は薬物検査で反応の出たもののみを対象に、2時間の個別問診が行なわれる。 エイゼンは、先日の任務で痛みを拭い去るためにエクスプレスを使用したため、薬物検査で引っかかってしまった。 引っかかるだろうとは思ってたけど…あの医師と二人きりで2時間はいやだなぁ…。 あれから、気がつけばカレルギー医師は自分を見ていた。 目が合うとニッコリ笑いかけられる。 エイゼンくんってば、貞操の危機? 冗談めかして思ってみるが、心の中はそんなに穏やかではない。 かくして、検診の日。 エイゼンはキャッスルの腕を握って医務室へ向かっていた。 「何で、あんたの検診に私がついて行かなきゃなんないワケ?」 エイゼンの手を振り解こうと抵抗しながら、キャッスルが声をあげる。 「一人はイヤなんだよぉ」 キャッスルに声をかける前にラファエル、シドー、アブドゥルに声をかけたのだが、彼らは下等兵訓練に出かけるということで、エイゼンの不幸を笑い飛ばし、出て行ってしまった。 力勝負では負けないだろうけど、あいつの目って超能力とか使えそうで恐いんだよなぁ。 強い力でキャッスルの腕を捕らえたままエイゼンは医務室をノックした。 「どうぞ」 中からは紛れもなくカレルギー医師の声。 エイゼンは少々緊張しながら、ドアを開けた。 「あ、君は…v」 エイゼンの顔を見た、医師は嬉しそうな顔になる。 「…どうも。よろしくお願いします。こっちは付き添いで来てくれたキャッスル隊長です」 「付き添い?……」 いぶかしげな顔をしたカレルギー医師だったが、すぐに合点がいったようで、ニヤニヤ笑いになる。 相手より一段高いところに立って会話するのは、エイゼンの得意とすることである。 それを、今日は人にやられて、居心地悪いこと、この上なかった。 「えーっと、君の名前は…」 言いながら、カレルギー医師はファイルをめくった。 「……アレクサンドル・エイゼン…?」 「そうです」 答えてから、相手の複雑な表情に気が付く。 「それが…何か?」 「………ふふふふふ」 突然笑い出した、医師にエイゼンもキャッスルもギョッとした。 「素敵な偶然だv」 ………。こいつ、マジでおかしい…。 いまや、その認識はキャッスルも共有するものになっていた。 「ねぇ、エイゼン軍曹。僕の名前はね、ニコラ・カレルギーって言うんだ」 ニコラ…。どこかで、聞いたことのある名前。遠い昔に…でも、思い出せない。 「思い出せない?僕はね結婚する前は、ニコラ・エイゼンって言ったんだよ」 …!!! カレルギー医師が結婚していた、という事実以上にエイゼンが衝撃を受けた事実。 こいつ…兄か?? エイゼン家は貧しかったため、年の離れた末っ子のエイゼンを残して、次々に兄弟達は家を出て行った。 一番上の兄弟の顔などエイゼンは微塵も覚えていない。 エイゼンの推測を裏付けるように、カレルギー医師は言った。 「久しぶりだね〜。2番目のお兄ちゃんだよ〜んv」 ………。 「あれぇ?嬉しくないの?もう何十年ぶりの再会なのに!!僕はこんなに嬉しいんだよ」 言いながら、カレルギー医師はエイゼンに近づいた。 座っているエイゼンの顎を持ち上げ、おもむろに口づける。 驚きで口を開いていたエイゼンは簡単に相手の舌の進入を許してしまう。 ………。 エイゼンの頭の線がプチッと一本キレた。 気持ち良かった。良かったが、男の唇の感触が後に残るのは頂けない。 その感触を消そうと、エイゼンは兄の唇が離れた瞬間、とんでもない行動に出た。 そばで、呆然とコトの成り行きを見ていたキャッスルを引き寄せ、その口を自分のそれでふさいだのだ。 予測しえなかった、あまりにも突飛な出来事の連続にキャッスルの思考は一瞬飛んでしまった。 気が付くと、エイゼンの舌に口内を蹂躙されている。 両手首をエイゼンの片手でしっかりと掴まれ、壁を背に、体を密着させられているため、足で抵抗することも出来ない。 チョーシにのんじゃないわよ?このクソボケ! 心の中で、キャッスルが毒づいたときだ。 「てっめーーーー!!!!」 やっとのことで、唇を開放されたキャッスルが声のほうを向くと、鬼のような顔をしたラファエルがいた。
訓練の後、ラファエルはシドーと共に、医務室へ急いでいた。 昼からだって言ってたよな…。 エイゼンに付き添いを頼まれ、訓練もあることだし馬鹿馬鹿しい、と一言のもとに拒否したラファエルだったが、いつになく必死なエイゼンの態度を後になって思い出し、ちょっと寄ってやるか、と思ったのだ。 そして、医務室のドアを開けたラファエルはとんでもない光景を目撃することになる。 ラファエルは無意識のうちに叫んでいた。 自分の大声で我にかえり、密着している二人を離しにかかる。 「な…な…何してんだよ!!」 真っ赤な顔して怒るラファエルに、エイゼンはニヤけた顔を向けた。 「何って…キス。なかなか、おいしかったよん」 ブチ切れ、自分に殴りかかろうとしたラファエルの腕をおさえ、エイゼンは自分の思いつきに、笑みを深くした。 そして…。 −今思い出してみると、あの時の自分って、どこかキレてたよねー− 後にエイゼンがこう語るところの、”とんでもない行動第二弾”に出た。 目の前にいるラファエルに口づけたのだ。 「●□×※%!!!!!」 3秒の後、エイゼンは、ぶっ飛んだ。 「痛いなー」 殴られた頬を押さえ、しりもちをついたままの格好でエイゼンは言う。 「なに?せっかくキャッスルと間接キスさせてあげたのに」 「ギャー!!!!!!!!!!」 ラファエルは意味の分からない(複雑な意味のこめられた?)叫び声をあげた。 キャッスルは怒ることも忘れ、床に膝をついて脱力している。 ドアの入り口ではシドーが何とも言えない表情を浮かべて立っている。 「…おもしろすぎ」 エイゼンはボソリと呟いた。 自分の唇は犠牲になったが、そんなことが気にならないほどの興味深い結末。 この混乱ぶり…サイコー…。 「君たちばかり、楽しんでずるいよ」 それまで黙って成り行きを見ていたニコラがエイゼンの前にひざまづく。 再び彼に濃厚なキスをされながら、退屈を嫌悪するエイゼンは大いに満足した。 オレの唇は、もうどうにでもしてくれ…。
◆ END ◆ 2000.1.25 脱稿 作者あとがき…ならぬ言い訳 さーて、皆さん。何のリレーかは分かりましたね? |