現世はいと爆ぜやすきグラナダのロルカふつふつ腐亂の眼
(うつしよ)                                 (まなこ)

けふは望月ゆゑかミハスの鬪牛士西行などと呼びたくなるか
                 (マタドール)

サングリア彼と彼女が浴びながら『血の婚禮』の前に沐浴

太陽海岸 何想ふことなき空の青さに中るマラガのピカソ
(コスタデルソル)                   (あた)

**やも知れぬ青の時代に優るのはガリシア風の蛸の齒觸り

メル、メルチェ・エスメラルダよでまかせのその名を呼びしにふりかへりたり

西行のほくろの數も際やかに水平線を上る望月

あかがねのアンダルシアに幾千のシャワーの蛇口うなだれてゐる

向日葵にこころ半分奪はれて耳を捧げた奴もゐたつけ
(ジラソル)

鉤裂きのナチスの旗を纏ひつつ女駆け出すカルメン通り

福耳のナランホ畫集抱へれば心と體半ば透きたり

鬚面の男が笑ふ傍らでカスタネットにイニシャル刻む

サフランの匂ふ黒髮束ねつつ七面鳥のダンスを眞似る

内戰の影が殘つたフィルムなら賣つて下さい一フィートでも

昼食のEL Cabildoの壁面に相應しいのかボテロの女

コルドバのユダヤ人街愛しけれいよよますます哀しかりけり
                      (かな)

花の小徑壁に吊らるる鉢植えよわれ過ぐるまでゆめ落ちくるな

セビージャの大聖堂を観た夜は無數の蛸が天井にゐる
                  (よる)

いまはまだデ・キリコ風の「受難」より古への「生誕」のファサード

鐘樓に驢馬の屍體をぶら下げて完成祝へサグラダ・ファミリア

今聽きてこころやすらぐ唯一言「自然界には直線は無い」

ミラ邸の通風口は愛しけれリャドロのいかな顏もなじめず
(カサ ミラ)       (かな)

ふた折れの龍の背をもつカサ・バトリョ舞樂「納曾利」がむしやうに観たい
                                                 (な そ り)

ヘネラリフェ遙けき空に幾重ものヤコブの階は何を意味する
                                          (かい)

バルセロナ水族舘の小冊子日本の文字が天地逆さに

カダケスの海岸はるか彼方には飛蝗嫌ひのダリ少年が

亡き兄と同じ名をもつサルバドル生やした髭が觸覺になる

フィゲラスで眼ぐりぐりさせたるにアンダルシアの犬と誹られ
            (まなこ)

花鎭め ダリの柩にとぎれつつ東雲色の花びらが降り

コロン指し示す方向悲しみといふ名の航路忘れてゐたるに

              この作品は,1999年度短歌研究新人賞候補作品に挙げられました。      


もどる