依願退職
宮本 絢子(みやもと・あやこ)
1981年1月14日生まれ
東京都
※この春からエフエム東京・ジェイウェーブの土曜日の番組も担当・兼任していたが秋の改編で日曜日に移動し実質休みが週一日だけになりタイトなスケジュールなためかZIPFMは降板。 ※春のジェイウェーブ担当時から「週一回、朝三時半に起きる生活をしている」だったそう。 ※ZIPFMのミュージックナビゲーターの中でも多い海外生活帰国組。だが渡辺麻耶と同様にナビゲーターコンテスト出身ではないのが珍しい。 ※今に至るまで特定のプロダクションに所属した形跡がない。ZIPFMでの採用過程の詳細は不明。 ※だからといって無能だとか言うわけではない。最後の放送に至るまで、ほとんど言い間違いは皆無に等しかった。 ※04年からZIPFMでDJデビュー。05年からはケンマスイと二人でイブニングドライブ担当。 ※愛知万博と名古屋景気で沸く2005年に名古屋三越百貨店の新館としてオープンした商業施設ラシック内一階のスタジオから公開生放送を担当。そこでの放送が終了した後も徒歩10分の距離にある久屋大通のZIPFM本社のスタジオに戻り「ただいま」の声とチャイムと共にケンマスイと合流。放送を二人で続行という変則態勢を一年間維持した。 ※06年からはイブニングドライブの後番組のビートニクジャンクションをラシック内スタジオから同時間帯に担当。独り立ち。 ※放送一時間前ぐらいからでも外から見えるラシック内スタジオで原稿読みのチェックをしていた。熱心。 ※ビートニクジャンクションでは自分から積極的に経験談、体験談を持ち出して最後はガハハ笑いでトークを閉めていた。 ※たまにイレギュラーで他のDJの代役を担当する機会では事前に一週間前に下見していたぐらいプロ意識がある。 ※英語の発音もキレイ。 ※万博イベントとか有名人インタビューを経験しているのか緊張しているようには見えない。 ※美人でもある。顔立ちは朝鮮半島、モンゴル系。 ※よく早朝、名城公園をジョギングしていた。 ※今回のやや突然とも思える降板劇ではインターネット上に様々な推測、憶測が流れたが単に秋の改編期で降板の予定がオータムリクエストウイークなどの番組イベント関連などで少し遅れただけ。 ※渡辺麻耶も昨年秋の改編期にFM横浜の番組を担当しているが不自然さはなし。宮本絢子も同様では。 ※一方では東京などの公開生放送では人出も多いが名古屋一の繁華街の大津通りに面したラシック内スタジオはゲストにも因るが真夏や真冬は人出はまばら。ZIPファン皆無の時も。 ※ファンゼロというのはハングリー精神旺盛な宮本絢子の経歴からして耐え難いのでは。 ※降板発表直前のビートニクジャンクションのラシック内スタジオからの公開生放送では時たま起立した状態でナビゲートしていた。今から思うとやや投げやりな態度。 ※生放送中のラシック内スタジオを出たり入ったりもしていた。ファンが居れば考えられない行動だったとも。 ※最後の放送では予想に反して宮本絢子目当ての多くのファンが詰め掛けた。ラシック内スタジオでの今までの多くのゲストよりも大勢のファンだった。 ※お別れの花束を持参したファンも多く見られた。スタジオ前部が花束で埋まったほどだった。 ※放送終了直前には声を詰まらせてハンカチを取り出して泣いていた。 ※鈴木富美子の時もそうだったが彼女が泣くとは夢にも思わなかった。意外。 ※番組終了後は大勢のZIPFMスタッフとラシック内で「宮本絢子バンザイ」「一生忘れません」などの文字が浮かぶ掲示板をバックに遅くまで記念撮影をしていた。 ※そのラシック掲示板には本人の写真まで再現されていた。ちょっと嫌われてとかトラブルがあって辞めさせられたとは思えない。 ※集まったファンにもプレゼントを持参したファンにも笑顔で「ありがとうございました」などと応じていた。礼儀正しい。無理やり追い出されたとは思われないが・・・。 ※番組終了直前の久屋大通ZIPFMイベントでは彼女の写真入りのタイムテーブルが配られていた事実もある。 ※終了劇の内幕を知ってもしようがない。名古屋からは卒業するが今後別の形で全国区になり名古屋に戻って来る可能性もある。今後も期待大。 ※非常に優秀な人が優秀なまま名古屋を去って行った。ジェイウェーブの番組ブログは、どこでも見られるので楽しみ。 ※元々万博イベント時の05年内までの契約だったのでは。有能だから契約延長したとも。 ※後任の空木マイカは一ヶ月前からDJトレーニングを受けていた。 ※同時間帯だった中部日本放送の「イッポウ」の丹野みどりアナに似ている。
(ZIPFMステーションはエフエム名古屋・ZIPFM様とは 直接関係ありません。ご意見は電脳討議場まで、お願いします)