人権ニュース  2000年10月1日   NO.13

662-0832 西宮市甲風園2丁目4-15

日本キリスト教会西宮中央教会 気付

発行:日本キリスト教会 人権委員会       TELFAX 0798-67-4347

 巻頭言:人権のすそ野−宣教の課題について

                 人権委員長 鈴木 和哉

 日本において、あるいは世界的な規模において、人権問題を取り巻く環境は、悪化してきているのではないでしょうか。私たちは、これまで、人権にかかわる問題において、「国民の意志を無視するな」とか、「国民のコンセンサスを得ていないではないか」というような発言を安易にしてきましたが、国民におもねる形で何事かを発言してきたことの過ちが明確になってきていると言わねばならないでしょう。権力の側の人権無視が可能となるのは、そこにおける国民がそれよりも遙かに非人格的な思いと残虐な思いがあるからです。石原慎太郎東京都知事、森喜朗首相の度重なる問題発言は、それを支持する現実があって可能です。経済の破綻の前で、人間性の問題を国民が易々と売り渡してしまった、と言っても過言ではないでしょう。3月の沖縄県議会で、政府の基地政策に反対する者を沖縄の公職に就かせないという請願が採択されたことに、私たちは目眩すら覚えましたが、日の丸・君が代を踏み絵として選別の道筋が整えられていることに痛痒も感じない国民があって、それらのことが可能となっているのでしょう。戦後55年間の、私たちの福音宣教の責任が激しく問われるものです。

 人権委員会の具体的取り組みは、これまでの委員会の課題を引き継いでいますが、今回より沖縄からの人権問題への問いかけを取り上げることにしました。

 私たちは、この国にあって(沖縄の人がヤマトーンチュと言う意味で)、沖縄の過去から今に継続している犠牲について理解を欠いてきました。国体維持のために、無意味な死を負わせた(広島・長崎の原爆被害も天皇制を中心とした国体維持のためであったが)こちら側の一切の論理を、存在の深みから問うことをして来ませんでしたし、その視点を持ち合わせてもいませんでした。このことは、学ぶことを欠いていたこともありますが、72年の日本「復帰」において、沖縄の特別な歴史的位置を見失ってしまったように思います。さらにその後も、こちら側にあって圧倒的に情報を欠いていました。また、本土の新聞の情報では、今に続いている地底からの叫びが聞こえて来ませんし、さらに問題なのは、こちら側では、天皇制に飲み込まれている自らの現状が見えないことです。そのような中で、島田善次牧師から1997年に大会に要請した「駐留軍用地特別措置法『改正』」に対する抗議文を日本キリスト教会が出すことについて、理解できなかった不明を申し訳なく思うものです(人権委員会は対応していますが)。私たちが沖縄について学び直す大事なチャンスを自ら失う結果を招いてしまったと考えています。これらのことを考え、、沖縄からの発信を継続的に聞き取っていく必要を覚え、現地で伝道に従事している教師に委託して、沖縄からの情報提供と問題提起をしていただくことにしました。

 沖縄問題を含めて人権問題を考慮していく上で大きく立ちはだかってくる問題の一つは、天皇制の持つ偶像礼拝の問題ではないかと考えています。天皇制が持っている力は宗教的な呪詛の力であり(吉本隆明)、標榜されている平和主義に隠された暴力支配として機能しています。日の丸・君が代を国旗・国歌とする法は、如実に天皇制の持っている現実を示していると言えるでしょう。現在の経済不安の中で、この天皇制の支配は民衆レベルで、機能し、また共同体を分断しています。

 この視点から見るなら、神の権を否定するところで人権の否定が起こる、と言うことも可能です。天皇制の問題は、あらゆる領域で人権と言われる問題、人格の破壊に抵触してきます。私たちは、政治の領域の問題のみならず、あらゆる分野において「天皇制に収斂」してしまうあり方を、問題としなければならないでしょう。私たちがここにあって、全く自覚せずに受容している文化や、生活のありようが、天皇制に通底しているか、あるいは天皇制に収斂していくものであること、それ故に人間の命を疎外し、共同体を破壊し、神を否定して止まないものであることを明確に捕らえ直すと共に、人間性を喪失させるものに自ら収斂してしまうあり方に対して、憎悪を乗り越える和解と平和、絶望に耐える希望を存在の深みから伝え得る言葉を聞き取り、語りだしていかなければならないと考えています。

 当委員会の課題を担うに当たって、すでに委員以外の方々に委託の形で担当していただいています。長きにわたって担当してくださる方がいて課題が継承されています。さらに、人権の問題がローカルで、小さな引き金でもって引き起こされ、また、広い生活領域を網羅していることを考えますと、委員会の枠を越えての教会員の協力が必要であると思います。

 いろいろな具体的課題の取り組みに、意見の相違が生じてくることでしょう。しかし、それぞれに主のみ業に仕えているという一事を信頼しながら、多様性や相違を、豊かな力とし、働きの広がりと深みを与えるものとして、兄弟の働きに感謝し、経験を共有していくものとされたいと願っています。問題に対する厳しいかかわりが、兄弟を裁き、排除してしまうならば、世の支配者の分断政策に利用されてしまうでしょう。それらのことも含めて、委員会のあり方を考えていきたいと願っています。

沖縄からの発信

 国内植民地(沖縄)の人権問題〈第1回〉

             宜野湾告白伝道所 牧師 島田 善次

 

 1945年の米軍支配の27年、そして1972年の第3次琉球処分として日本復帰して今日までの28年間に米軍人による人権侵害が数々報道されてきた。しかし新聞紙上で明らかになった分は警察が事前に分かった事件や民間からの通報だけのもので、基地内で起こった事件は含まれていない。米軍は一般に漏れることを恐れて基地内で起こった事件等は警察に通報しない。それゆえに基地内の事件を含めるとさらに増えることは間違いない。米軍支配下で数えることの出来ないほどの人権侵害・基本的人権の侵害が行われてきたが、その中でも忘れることの出来ない事件が由美子ちゃん事件である。またこの事件は米軍人・軍属の犯罪が大きく取り上げられ、米軍当局に抗議の矛先が向けられた最初の事件でもあった。

 1955年9月3日、石川市に住む永山田由美子ちゃん(当時6歳)が米兵に強姦・殺害され、嘉手納(かでな)海岸で死体となって発見された事件である。加害者は嘉手納基地第22高射砲大隊所属のH軍曹(31才)であった。当時、米軍による軍用地接収をめぐって「島ぐるみ闘争」が高まっていた頃であり、激しい抗議行動が展開された。結成されたばかりの「沖縄子どもを守る会」が早速抗議声明を出し、「由美子ちゃん事件と子どもを守る大会」を開催し、世論を盛り上げた。立法院でも「鬼畜にも劣る残虐な行為」として抗議し、軍事裁判の公開を決議した。こうした世論の高まりと抗議に対して米軍当局は「厳重に処罰する」と発表した。同年12月6日、犯人に「死刑」を宣告したが、その後本国送還になり、結果はうやむやにされた。なお、事件を起こした米兵の本国送還は今日も続いていることをつけ加えておく。

 更に、1959年6月27日、石川市宮森小学校に米軍ジェット機が墜落し児童17人の死傷者を出した。パイロットは脱出して無事だった。

同じ59年12月26日キャンプ・ハンセン演習場で海兵隊員が農婦をイノシシと間違えて射殺した(イノシシ事件)。

 60年12月9日、三和村で米人が農夫を獲物と間違えて射殺。

 62年12月20日、嘉手納町で米軍輸送機が墜落し15人が死傷。

 63年2月28日、那覇市のド真ん中で演習帰りの米軍トラックに中学生がひき殺された。

 また、67年10月3日、嘉手納基地のジェット燃料が地中を通って民間の井戸に流れ込み井戸が燃える事件が起きた。

 そして、これらの事件の集約として上げられ、また人権侵害のエポックをなすのが復帰前では1970年12月20日にコザ(現沖縄)市でおこったコザ暴動である。この暴動の直接の原因は交通事故であった。午前1時頃飲酒の米軍人の車両に沖縄人男性がハネられ負傷した。その時の憲兵隊の一方的な事故処理と威嚇発砲に民衆の怒りが爆発した事件である。

 この暴動には前史があった。摩文仁丘のある糸満市で同じ70年9月18日に飲酒運転の米兵車両による主婦れき殺事件が起こり、米兵は12月12日に裁判にかけられたが証拠不十分で無罪になり被害者が泣き寝入りした事件である。その直後だったことから単なる交通事故の不手際な処理と思われる事件に対して米軍憲兵隊と時の琉球警察に住民の怒りが爆発した。同時の地元のマスコミは暴動の潜在的な原因は「25年に亘る米軍下の支配と沖縄人に対する継続した人権無視だ」と報じている。更には当時日本で発行され沖縄で配布されている英文の「毎日デイリーニューズ」も「沖縄人に対する人権無視がコザ騒動の重大な要因であるように思える」と報じている。このようにその原因は、これまでの米軍による人権無視が溜まり溜まった結果であった。

 事故後、警察が怪我人を病院に搬送しようとすると、群衆は「糸満の二の舞をするな。怪我人を連れていかせるな。また憲兵に加害者の車を持っていかすな」と叫び、救急車の前に立ちはだかった。警察が「正当で公正な現場検証を行い、責任を持って加害者の車両を保管するから、家に戻るように」と説得しても、群衆は「何が正当で公正だ。警察の検証は信用できない。彼らを釈放するな。無罪で終わってしまうのが落ちだ」とやりかえし応じようとしなかった。結果、19人が逮捕され、また米人車両・MPカー70台が焼き討ちにあった。

 この事件は米軍人・軍属による人権侵害を明らかにするばかりでなく、それ以外の面も明らかにした。当時、沖縄には「極東放送」という米人・軍人・軍属に情報を提供し、また沖縄人への宣憮工作の機関として放送局があった。社長や顧問はもちろん米人である。その顧問の、暴動に対する沖縄の政界・財界・教師・米国民政府職員・牧師・極東放送の日本人たちのリーダーたちへのインタビューの中に、「暴動とその余波は、クリスチャンの仕事に影響を及ぼすと思いますか。反宣教師感情がおこると思いますか」という質問がある。

 これらの質問からすると、米国から来た宣教師たちは福音の使者ではなく、明らかに「米軍支配の宣憮工作員」の一員であったことが判明したのである。

かつて日本軍と一緒に大陸に渡った日本の宣教師たちが福音の使者と言えども限界があり、あらゆる植民地における教会の実態をかい間見る思いである。それ故に、軍や軍人が引き上げると共に宣教師や教会が引き上げざるをえない実態がここに浮かび上がってくる。

 再び、《外国人住民基本法》に向けて

      −在日大韓基督教会との宣教協約の実質化を目指して−

                       上溝伝道教会 牧師 木村 治男

 

 昨年の大会(第49回大会)において、「在日大韓基督教会との宣教協力委員」よって『日本キリスト教会と在日大韓基督教会との宣教協力指針』が報告された。その報告に取り組むべき具体的課題として大きく、「伝道・教育・社会」等の三分野が挙げられ、その中の「社会」分野で、共同に計る問題として「『外国人住民基本法』制定に向けての取り組み」が確認されています。

1.「外国人の人権問題」の現状

 今、「外国人の人権問題」は激しく、しかし微妙に展開しつつあります。それは「参政権問題」の急浮上と、それによって起こって来た「外国人分断」の新しい問題です。 今年1月、与党の公明・自由党は「永住外国人の地方選挙権付与法案」を国会提出しました。しかし、それまでの民主・公明案(1998年10月提案)、共産党案(同年12月提案)も含めて全て、今年6月の衆議院解散によって、廃案となりました。そして、現在、本年7月の特別国会に今度は、公明・保守の両党から別の形で法案が提出され、今月(9月)21日に招集される第150臨時国会で審議人りする見通しが取り沙汰されています。

 先の公明・自由党案(1月提案)には、「朝鮮」籍除外がありましたが、今度の公明・保守党案(7月提案)ではその「朝鮮」」籍除外が削除され、なくなっています。先の法案の「朝鮮」籍除外が、外国人登録原票にある「朝鮮」との記載の歴史的経緯を無視した、あるいは敢えて利用した形に対する強い批判を受けて、今度の法案ではそれを削除した、ということなのでしょう。

2.なぜ「朝鮮」籍除外だったのか

 「朝鮮」籍除外の本文は、法案末尾の章に、次のように記されていました。 《施行期日その他 3.当分の間、この法律における永住外国人は、外国人登録原票の国籍の記載が国名にされている者に限るものとすること》 朝鮮半島出身の人々は皆、最初(1947年)外国人登録原票の国籍欄に「朝鮮」と記載していました。しかし、それはあくまでも、国籍としてではなく、「朝鮮半島から来日した」という地域を表す名称であったのです。ところが、大韓民国(韓国)の樹立(1948年8月)以降、登録原票の記載を「韓国」と書き換える人々が出て、当然「韓国」という記載が「国名」そのものと受け止められるようになり、結局、その反対に書き換えをしなかった人々の「朝鮮」という記載「朝鮮民主主義人民共和国」(1948年9月樹立)を意味する「国名」表示ととられるようになってしまいました。

 しかし「朝鮮」表示の人々は皆「共和国」公民でもなければ、必ずしもその支持者でもないわけです。ただ、登録原票の国籍欄の「朝鮮」を「韓国」と書き換えなかっただけに過ぎなかった人々なのです。

 ですから、登録原票の国籍欄が「朝鮮」となっているのを理由に、それは「国名」ではないから、この逮挙権付与法における「永住外国人」とはみなされない、とするのは歴史的経緯の無視であり、あるいは意図的に「共和国」寄りの人々の排除を目指した条項でした。

 このような先の法案が修正され、「朝鮮」籍除外条項が削除された、新しい法案が提出されたのは、6月の南北朝鮮対話の急展開に応じたものでありましょうし、「外国人の人権問題」の中でもとりわけ厚い壁であった「参政権間題」に、大きな風穴の明きつつあることの、何よりも確かな兆しでもありましょう。

3.なぜ、「永住外国人」だけなのか

 昨年来現在、在留外国人登録者はおよそ155万6千人です。この内、「永住外国人」は63万5千人で、更にその内の51万7千人が特別永住者の在日韓国・朝鮮人です。在日韓国・朝鮮人がその大半を占める「永住外国人」はおよそ4割です。残りの6割にも及ぶ人々が、非永住の外国人です。 「参政権は国民固有の権利だから、国民でない者には参政権がないのは当然である」と、これまで外国人の参政権を、日本は決して認めようとはして来なかった。にもかかわらず、在日韓国・朝鮮人がその大半である「永住外国人」は帰化ではないが、その永住の故に、参政権を受けることができると、政府与党の中枢は態度を豹変させた。

 しかし実際は、連立与党の駆け引き(自民・公明党間)と隣国元首(韓国大統領)の強い要請の故であって、「参政権は国民固有の権利である」との「国民主権」の国是の完全な転換ではない。もし、そのような国是としての「国民主権」の転換ならば、参政権を「永住外国人」から「定住外国人」へと拡大したことでありましょう。

 政府与党内の政略と外圧とによらず、「人権問題」そのものから出たものならば、「定住外国人」全体を考慮し視野に入れるべきもので、在留期間3年、あるいは5年などという「居住要件」がある程度満たされれば、政治参加を考慮すべきでありましょう。政治参加は、「国民(国籍)概念」からではなく、「住民概念」から考えられてこそ、人権を重んずることになります。実際に・税金は国民だからではなく、住民だから徴税されています。「権利は国民だけ、義務は外国人も含めて住民全てに」というのは、行政側に都合の良い使い分けですし、首尾一貫性のない、矛盾した政策です。

 しかも、在留外国人の半数を越え、6割になるほどの外国人が永住者でないことによって、この度の「選挙権付与法案」の対象者にならないということが、在留外国人全体に、微妙に、複雑な状況を生まれさせています。永住者と非永住者の区別が、実際には新しい差別となって、在留外国人全体を分断する要因となりかねません。在日韓国・朝鮮人と移住労働者との連帯による在留外国人の人権運動の高まりを壊しかねないのです。

4.まず、《外国人住民基本法〉を

 「選挙権付与法案」に絡む「朝鮮籍除外問題」も「なぜ、永住外国人だけなのか」も共に、誠実に「人権問題」の中から取り上げられ、進められて行くならば、およそもう少し簡単に、そして新しい問題を引き起さずにすむことではないでしょうか。「外国人の人権問題」はもっと根本的に議論され、しかも誠実に対応されなければならない問題でありましょう。

 この「外国人の人権問題」のために、超教派で運動している「外登法の抜本的改正を求める諸団体」は先に、《外国人住民基本法》を成文化し、提示しています。これは、すでに一咋年、『人権二ュ一ス』11号でご紹介してあるものです。これまでの「外登法」(外国人登録法)や「入管法」(出入国管理及び難民認定法)の改定に見られた、あまりにも、政府・日本国の、管理的で、人権を無視した、しかも小手先の対応に見切りをつけ、自分たちの手で外国人の人権に関する「法モデル」を提示したのです。

 この基本法の根底は、「国家・国民」意識を取り払っての「市民・地域住民」意識の確立です。国家間の垣根の縮小・撤廃の方向です。すでに、国際社会の流れはその方向にあり、地球規模での動きです。世界人権宣言、国際人権規約、人種差別撤廃条約、移住労働者権利条約などの宣言や諸条約の理解に裏付けられたものです。それらの宣言や諸条約にある「国籍や民族の違いによって、人として生きる権利を制限することはできない」、「個人の人権は、国家よりも重い」という基本精神に則ってのものです。

5.宣教協約の実質化

 すでに、日本キリスト教会の中のいくつかの教会は、在日大韓基督教会との具体的な交流をしています。その中で、このような言葉が交わされたことがあったそうです、「日本人の教会は口先ばかりで、実際は何もしない!」と。

 私たちの教会が在日大韓基督教会との聞に宣教協約を交わしたというのであれぱ、まず何よりも、在日大韓基督教会の教会員である、いわゆる「在日」の方々の置かれている人権状況を真剣に、そして誠実に考え、受け止めていかなければならないことでしょう。日常の生活はもちろんのこと、就職・婚姻・政治状況等々、それらにある多くの差別の実態、それを温存・助長する法制度の問題に目を向けなければならないでしょう。

 特に、今回の「選挙権付与法案」の法制度問題などに対しては、私たちはもっと積極的に取り組まなければならないものでしょう。「在日」として在日大韓基督教会の教会員の方たちはいまだに、いかなる形の参政権もないのです。これは不条理です!

 《外国人住民基本法》は、在日大韓基督教会の方々も重要なメンバーとして関わって作り上げています。「外国人住民」か、「外国籍住民」か、「在日」の苦悩も、その作成の背後にあります。日本に在留する「外国人」に関わる「法モデル」として、この《基本法》が提示されています。この制定に向けて、私たち日本キリスト教会の具体的な、積極的取り組みを期待いたします。「口先ばかり」との汚名回復のためにも!

                                                                                       「外国人住民基本法」については、『「外国人住民」の権利宣言』(外登法問題と取り組む全国キリスト教連絡

 協議会 定価:500円+税)という分かりやすいブックレットがあります。人権委員の藤田(0798-67-4347)か、    

 木村先生(0427-62-7755)までお問い合わせ下さい。

 変わらなければならないのは、私たちです

                   宇都宮松原教会 牧師 渡辺静子

 

「何度も同じ話をするのが辛い」。イワルさん、ポツリと言われたあなたの一言が今も私の胸にささっています。何度も辛い思いをさせて、本当にごめんなさい。本当は思い出したくない、あのいまわしい50年前の出来事。しかも、話して確かに事態が好転していくというのなら我慢もするでしょうが。

 夫にさえ、死を目前にしている時に至って、ようやく打ち明けてゆるしを乞うたのに、他の家族にも教会の人にも言えないでいる「慰安婦」とされた日々のことを、イワルさん、あなたは日本に来て裁判の席で[7月4日(火)]、そして横浜長老教会[7月5日(水)]、宇都宮松原教会[7月7日(金)]、東京告白教会[7月9日(日)]と、計4回も証言してくださいました。

 韓国で初めて元「慰安婦」として名乗りをあげたのが金学順(キム・ハクスン)さんで、1991年8月、その12月に最初の裁判が始まりました。台北市婦女救援社会福利事業基金会(婦援会)が「慰安婦」ホットラインを開設し、「慰安婦」問題の調査を開始したのが1992年2月。その年に35人の台湾人「慰安婦」が確認されました。同年12月に日本の戦後補償に関する国際公聴会(民間)が開催されたのですが、台湾の被害者たちだけが、顔や名前を出さず、ついたての陰から証言していたということを印象深く覚えています。

 台湾の原住民の女性たちが「慰安婦」とされたことを名乗り出たのが1996年のこと。裁判への提訴は1999年7月でした。そのとき、イワルさんは「原告C」と匿名での提訴に参加されたのですね。

 今回、私たちは「蔡 芳美さんを迎える会」として準備していました。それはあなたの中国名ですね。今回の裁判には傍聴の予定で来日することになっていたあなたが、陳述を予定していた原告が来日出来なくなったので、急遽代わりに陳述することになりました。しかも「原告C」ではなく、タロコ族の本名「イワル・タナハ」を名乗られたとお聞きして、とてもびっくりしました。

 今年の2月に渡辺信夫先生・鈴女先生、また他のクリスチャンの人たちが台湾を訪問し、交わりをもってくださり、その後の関わり等をとおして、ここまでに変わってゆかれたイワルさん、あなたの目を見張るばかりの変わりように感動しています。被害者でありながら、ただ自分自身を罪人だとして苦しんでいたあなたが、自分を取り戻し、自分の使命を発見し、それを語れるまでになられたこと。あなたに出会い、その証言を聞き、その成長を見させられた私たちこそ、変わらなければならないのだとしみじみ思っています。そして日本政府をこそ変わらせてゆかなければならないのです、あなたの証言を無駄にしないために。イワルさん、ありがとうございました。

 [イワルさんの証言及び集会の模様等に関しては、「日木キリスト教会『従軍慰安婦』問題と取り組む会発行の“にゅうす”2000年9月25日付号参照]

 『女性の人権』− 諸団体の取り組みに触れて

                    荻窪北伝道教会 牧師 小野寺ほさな

 正直に言うと、恥ずかしいことに私は人権委員に選出されて初めて「女性の人権」について考えることになりました。

 それまでは、男女共学時代を謳歌し、どちらかといえば幼稚園、小学校、中学校、高校とのびのびと好きなように過ごし、神学校では男性の多い中でも、女性だからということで不自由を感じたことはありませんでした。教職になってからも、これといった差別を感じたことはありません。むしろ逆に、女性だからということで、大事にされているという特権を感じていました。それは今も変わりません。ただし、それは私が鈍感だからだとか、錯覚だとか言われれば、反論のしようもないのですが…。

 けれども、今回人権委員に選出されたということは、そのような私に「もっと外を見てこらんなさい。あなたの知らないところで、こんな人たちがこういう苦しみを負って生きているのですよ。あなたはこの事に対してどうするのですか。」と、問われることだったような気がします。 

 早速、私は身近なところから情報を集め始めました。ます、東京YWCA主催の「講座:女性と人権U」一“知ろう!話そう!女性の人権と暴力”からでした。それは、特に最近話題になっている、DV(ドメスティック・バイオレンス) ‐夫やパートナーからの女性への暴力の問題を扱っているものでした。そこでは、夫やパートナーの暴力に悩み苦しみ傷つけられながらも、逃げ出すことも関係を断ち切ることも出来すにいる女性たちがいること、また、ようやく日本でも男性加害者へのアプローチがなされるようになったことなどを知りました。次に、「女性の家一HELP」(日本キリスト教婦人矯風会気付)のネットワークニュースによる情報です。HELP入寮者は、日本人の場合は、夫の暴力のみならず、義父の性暴力、母親の娘への暴力、息子の母親への暴力から逃げ出して来た者、病気を患っているホームレスなどがおり、日本人以外では、家庭内暴力による理由やホームレスのほか、主に台湾、韓国、タイ、ルーマニア、コロンビアなどから興行ビザのもとに連れて来られ、売春を強要されているような、人身売買によるブローカーの被害から逃れて来た者が半数以上を占めているということでした。女性の人権はこんなにも侵害されている、これが私たちの社会の現実なのだと、あらためて知らされました。そのような中で私は、今年この日本において、『女性の人権』の視点に立った国際的な動きのあることを知りました。それは、VAWW―NETT Japan(バウネット・ジャパン)の活動です。松井やよりさんが代表のこの団体は、“戦争と女性への暴力のない21世紀をめざす”をテーマに、今年12月8日〜12日に「日本軍性奴隷制を裁く『女性国際戦犯法廷』」を東京で開催します。この法廷は、日本軍性奴隷制(「慰安婦」制度)が女性に対する戦争犯罪であることを明らかにし、日本政府の責任を問うと共に、戦時性暴力「不処罰」を終わらせ、再発を防ぐことを目的としています。民間の「法廷」であるため、判決の強制力はありませんが、「法廷」の全記録を歴史に残すそうです。私は、現在の女性の人権侵害の問題も、この「法廷」が目指しているところの、根本問題が解決されていないところからきているのではないかという気がしてさました。キリストの十字架上の言葉が響いてきます。「父よ、彼らをお赦し下さい。自分が何をしているのか知らないのです。」何をしたのか、何をしているのか、知らないままでいいのでしようか?

女性国際戦犯法廷に向けたキリスト者関西集会 −女性への暴力を断ち切るために−

 2000年12月7〜12日、日本軍性奴隷制を裁く「女性国際戦犯法廷」が東京で開かれます。

私たちキリスト者は、侵略の歴史を悔い改め、女性への暴力の悪循環を断ち切るために、「女性国際

戦犯法廷」開催を支持し、キリスト者関西集会を開催します。

 と き:2000年10月16日(月)午後1時30分−3時30分

 ところ:大阪KCC 5階ホール (大阪市生野区中川西2−6−10  06−6731−6801)

 参加費:500円

  第一部 講演 松井やよりさん(戦争と女性への暴力日本ネットワーク バウネットジャパン代表) 

  第二部 発言 鄭 淑子牧師  谷口ひとみさん

  第三部 讃美と祈り(バウネットジャパンの働きのため)

 沖縄での大会人権委員会開催

                         室蘭教会 牧師 中家  盾

5月8日(月)〜10日(水)、沖縄の地で大会人権委員会が開催された。これは1990年に大会において人権委員会が設置されてから初めてのことである。委員会は駒井利則牧師(沖縄伝道所)のガイドにより沖縄本島(中部から南部を中心に)をフィールドトリップすることから始まった。主な行き先は、安保の見える丘から見える嘉手納基地(羽田空港の2倍。嘉手納町の陸地面積の83%を占拠)、楚辺通信施設(通称、象のオリ)、チビチリガマ(83名が集団自決させられた場所)、南風原陸軍病院壕、糸数アブチラガマ、摩文仁の平和祈念公園内にある数々の記念碑・平和の礎・沖縄県平和祈念資料館、ひめゆりの塔、普天間基地(午後11時まで飛行訓練が行われる)が一望できる宜野湾市嘉数公園などである。

 沖縄における戦跡の多さ、記念碑の多さは沖縄での戦争がいかに悲惨なものであったかを物語るものである。しかし、多いのは戦跡、記念碑だけではない。米軍基地も多いのである。そのことから沖縄戦を生み出した構造的、計画的性格が今日なお続いていることを見て取ることができた。事実、第二次世界大戦で沖縄は捨て石とされたが、今もまた日米の外交維持の捨て石として沖縄は扱われている(日本の米軍専用施設の内、75%が沖縄に集中)。その中で、どれだけ多くの人の(土地の)権利が奪われていることであろうか。また、どれだけ多くの人が米軍の肉鍋を欲する体質を持つようになったことであろうか。

 そればかりではない。1879年に琉球藩を廃止した明治政府が「琉球の民」を「化外の民」と見なし、徹底した皇民化教育を行い(日の丸・君が代、教育勅語)、大和化させ(方言撲滅、大和風の名前への改姓改名、沖縄古来の御嶽信仰を国家神道に改編統一)、殉国思想をもたせ、従わない者を切り捨てて行ったこと(日本兵による沖縄の非戦闘員殺戮)と、今日、日の丸・君が代に賛同しない者が切り捨てられていっている問題、青少年の犯罪に対して「『教育勅語』にはいいところもあった」と語り(森首相の「神の国発言」)、思想統一していこうとの動きがある問題などは、同じ根から出発している問題であろう。

 今、大会人権委員会は、部落差別を受けている人たちの人権、アイヌの人たちの人権、外国人の人権、女性の人権、こどもの人権などの問題に取り組んでいる。そこで求められていることは、問題を見抜く目を持つことではなかろうか。委員会二日目の夜の12時まで委員会に参加して下さり、発題して下さった島田善次牧師はいみじくも「沖縄を見れば日本が見える」と語られた。問題を見抜く目を養う!その意味において、今回の委員会が沖縄で行われたことは私(たち)にとって大いに感謝すべきことであった。今度は、個々の現場でその目を生かさねばならない。かつて、主イエスは「自分を正当化しようとして、『では、私の隣人とはだれですか』と言った・・律法の専門家(に)、『だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか』」と尋ねられた(ルカ10章25−37節)。私たちは荒れ野のような状況でこそ、そこに立ち続け(継続)、福音を行うことに力を注ぎたいものである。

お知らせ&編集後記                                          

*人権委員は、それぞれの課題に担当者を置いています。情報提供や意見などありましたら、お知らせ下さい。部落差別問題(鈴木和哉・吉田教会牧師)、アイヌ問題(中家盾・室蘭教会牧師)、障害児・者の問題(鈴木和哉、藤田浩喜・西宮中央教会)、高度情報化時代における問題(浅井永・森林公園教会牧師)、外国人の人権問題(藤田浩喜)、女性の人権(小野寺ほさな・荻窪北伝道教会牧師)、子どもの人権(中家盾)*、「部落問題と取り組むキリスト者連帯会議」ニュースと沖縄タイムスの梗概、ならびに人権ニュースは、吉田教会の下記のホームページでご覧になれます。http//web.kyoto-inet.or.jp/people/forworld 近い将来、人権委員のホームページができればと願っています。(H.F.)