教会と社会の委員会

教会員が教会外で関わっているボランティア作業、経験の共有を目的として発足。特に、「仕える」という経験の相互交流は、教会が信仰の「ことば」を認識し、共有していく上で生命的なことと考えています。

教会外からの支援依頼の窓口として募金、送金すると共に、依頼先の働きを覚えるようにしています。その他、昨年は、インドネシアの子供さんの生体肝移植後のサポートを少しさせていただきました。

日の丸・君が代を国旗・国歌とした問題点について、懇談会を持ちました。戦後世代、特に青年層の無関心が話題になりましたが、果たして自分自身の戦争責任に対する認識はどうなのか、いつも気になっているところです(情の中では、激しいものを持っているのですが)。レビナスが、「罪責感をともなわない有責性」と述べているような視点を思索する必要があるかもしれません。あるいは、将来的な問いかけによって生命を得ていくと認識する自己理解のもとで、過去の戦責が歴史相対主義に陥らずに自己を形成していく課題と捉えることが可能になるのではないかとも考えています。戦後すぐにドイツではヤスパースが「罪責論」を著し、罪責の意味・内容を規定しましたが、日本においては今に至るまで戦責を規定せずに、情で議論しているところがあって、「責任」という言葉の持つ自己形成には結びついてこないままになっています。政治学的な成果などをもふまえ、「責任」を哲学する必要があると思います。