映画監督 映画作家(撮影、脚本、編集、音楽)
映画演奏家(ライブ上映~映写パフォーマンス)
生年月日 : 昭和25年7月15日
本 名
原 正孝 Hara Masataka
:
出生地
学 歴
連絡先
上七軒シネマギルド
〒602-8325
京都市上京区七本松通今出川上る毘沙門町1048-8
電話&FAX 075-462-8215
受 賞
第1回フィルムアートフェスティバル グランプリ&ATG賞受賞(昭和43年)
「おかしさに彩られた悲しみのバラード」
日本映画監督協会 新人賞受賞(第38回、平成9年度)「20世紀ノスタルジア」
第1回フランクフルト国際映画祭 観客賞受賞(2002年)「MI・TA・RI!」
所 属
日本映画監督協会会員
フィルム文化を存続する会会員
映画人九条の会会員
略 歴
高校時代、同窓生たちと共に作った映画「おかしさに彩られた悲しみのバラード」(16ミリ13分)で、1968年の第1回東京フィルムフェスティバルで、プロの監督たちを抑えてグランプリとATG賞を受賞。当時の全国の高校生たちの間に映画製作ブームを巻き起こした。
映画に魅せられ映画を作ろうとする青年(原自身が投影されている)が真に撮りたい映画を求めて彷徨う姿が60年代後半の時代状況のなかに描かれたもので、映画を通して自己と映画と時代を思考する原の映画の出発点になっている。
1970年日本のロックの先駆者早川義夫のドキュメンタリー「自己表出史・早川義夫編」(16ミリ35分)で音楽表現による時代と情感の表現の、映画表現との共通項を探る。同年、大島渚監督によって提示された映画で遺書を残した男という主題の提示を受けて、映画で遺書を残した男がいたという幻想を持ち、その男と同一化する男の物語、二重構造あるいは入れ子構造を持つ「東京戦争戦後秘話」(1970年 35ミリ 1時間45分 監督 大島渚)の脚本を執筆。同予告編を監督。
1973年「初国知所之天皇」(はつくにしらすめらみこと 8ミリ+16ミリ 約8時間/1975年 16ミリ 4時間/1993年 16ミリ2面マルチ 110分)を発表。「古事記」と「日本書紀」をもとに、ジェームス・ジョイスがオデッセイをベースに書いた「ユリシーズ」のような方法で、神武あるいは崇神天皇をめぐる「初国知所之天皇」(以下「初国」と表記)という映画を撮ろうとした原は、その日本国家の起源を廻るロケーションハンティングの旅が、映画の起源を廻る旅に変貌していることに気付く。それが自分の撮りたい映画であることを自覚する。北海道から大和、出雲、高千穂と南下し、旅の果てに鹿児島で、映画を撮って自殺した16歳の少女の遺書の映画に出会うのだが・・・。そのプロセスを日記風に辿ったロードムービーである。
この映画はネガが存在せず厳密な意味での複製を持つことができない8ミリを使い、しかも商業映画の枠組みからは外れた1秒に4~6コマの変速スピードという映写方法であったため、監督本人が付きっきりで音を同期させていくライブ上映であった。
しかも7~8時間というその会場の雰囲気に合わせて上映時間も変化する、あたかも演奏される映画であった。
その上映方法は、映画の起源を求めて旅する内容とも通底し、全共闘運動こそ衰退していたが、根源を問い直すラディカルな思考が残っていた当時の時代の風潮ともマッチして多くの若者たちの共感を呼んだ。
リュミエールから始まり、トーキを分岐点とし、複製芸術として商業映画(ハリウッド)とプロパガンダ(ファシズム)へ傾斜していった20世紀の映画とは全く違ったもう一つの映画史の究極の形がそこにはある。
原はその後、設計図(シナリオ)があって部品を組み立てていく(コンテを作って撮影していく)工場でのラインプロダクツ的でない映画の作り方、小説家がペンと原稿用紙から書き始めていくような映画作りの可能性を見出そうと、ビデオに移行。テレビドキュメンタリーを手掛け、しばらく新作映画の製作からは離れるが、「初国」の上映は続け、ニューバージョンを作り2台のプロジェクターによるマルチ上映としての演奏する映画(ライブ映画)の可能性を探り続けた。
1993年、ビデオによる私小説的な映画の可能性の探求の集大成として芭蕉の「奥の細道」を下敷きにした「百代の過客」(ビデオ 9時間35分)を発表し、映画に復帰。原と息子を芭蕉と曾良に見立て二人で旅をし、二人だけで作った映画。1990年代の私的ドキュメンタリー隆盛の先駆けとなる。
1997年初の35ミリ劇場用映画「20世紀ノスタルジア」を発表。日本映画監督協会新人賞を受賞。
2002年「MI・TA・RI!」を発表。ビデオプロジェクターと2台の8ミリ映写機による3面マルチのライブ映画。90分。
君が代と日の丸を正式に国のシンボルとして制定した国歌国旗法案をきっかけに、家族三人が京都から沖縄まで日本探しをするロードムービー。
「初国」以来手掛けてきた演奏する映画の集大成。フランクフルト国際映画祭で観客賞を受賞。
2006年、劇場用映画「あなたにゐてほしい」のロケをするも、まだ編集も終わっていないし、配給もされていない。
1996年、折からの8ミリフィルムの存続問題が発生し、存続に奔走。
マテリアル(フィルム)から離れては映画は成立しないという映画哲学を打ち立てつつある。
2010年、若い世代から「初国」のように映画を撮る第2、第3の原將人が出現しなければ、マンガを原作にした電気信号によるコンビニ映画ばかりになり、映画は衰退の一途を辿ると、8ミリによる究極のライブ映画=ドゥルーズGilles DeleuzeとベルグソンHenri-Louis Bergsonと自分をモチーフに、新しい映画の構想を練っていたところ、実父が崩御したのを切っ掛けにして、全編8ミリフィルム撮影/編集/短歌/ライブによる、還暦前の集大成「M&M」Material & Memories(物質と記憶)を発表。
2011年、どうせなら、脚本の段階からシースルー方式(映画が出来るまでのすべてを公開)で映画を1本撮ろう。という思いつきで、夏目漱石の「こころ」を原作として、脚本段階からのすべてをインターネット上の動画配信で公開してしまう企画を開始。
もちろん、ロケ風景や、映画の編集、完成から、配給までを動画配信で公開する。という、未だかつて無い、
やはり、前代未聞の、映画作家 原 將人の新しい形の映画製作が、始まったばかりである。
興味テーマ
私映画的SF映画
趣味特技
ヨガの逆立ちが10分以上出来る。
創作料理
ピアノ
座右の銘
映画産業にかかわった動機
中学時代に「アンダルシアの犬」を見たこと。
印象に残る男優・女優
溝口健二にカットを割らせアイドル映画のような撮り方をさせた「祇園の姉妹」の山田五十鈴。
作って配給してみたい映画
私映画的SF映画として「銀翼少年」
夏目漱石「こころ」
「20世紀ソングス」
「あなたにゐてほしい」