空の夢
1999 9/26


村に少女が越してきた。
肌の白い、真っ白な少女。
どこか、物憂げな表情を浮かべる少女だった。

不意に誰かの声が聞こえた。
その方向には、見知らぬ少年と、例の少女がいた。
「まだ飛べないのか?」
少女はうつむいたまま黙っていた。
「とにかく、俺達のもとへ戻ってこい。」
「お前が少し変わってるとしても、お前は俺達の仲間なんだ。」
「それじゃあな。」
少年の姿がふっと消えた。
その少年のすぐ近くには崖がある。
もしかして、飛び降りた?
「あなたは・・・。」
少女の瞳がいつのまにか僕に向いていた。
「か、彼は?」
僕は崖に駆け寄って崖を見下ろしていた。
当たり前だがそこに変わった風景は見えなかった。
「彼なら大丈夫よ。」
少女は何も気にすることはないかのように答える。
「君って変わってるね。」
「どうして?」
「人が崖から飛び降りたっていうのに顔色ひとつ変えやしない。」
「あははははっ。」
少女が笑っている。
何かおかしな事を言っただろうか?
「ごめんなさい。でも、おかしくって。」
少女はまだくすくすと笑っている。
「飛ぶって何?」
「聞いてたの?」
「うん。」
「もし、私に翼があるって言ったらどうする?」
翼の生えた人・・・有翼人。
「べつに。」
人は有翼人と憎み合っていた。
理由は、わからない。
ただ、昔からそうだった。
「たとえ翼があったとしても、君は君だ。」
「何も変わりはしないよ。」
「そう・・・。」
「でも、私は有翼人なの。」
それは私に関わるなということだろうか?
「僕は君が羨ましいよ。」
「だって、空を飛べるんでしょ?」
「僕も空を自由に飛んでみたい。」
空を飛ぶ、それは僕のあこがれだった。
あの青い青い空を自由に飛んでみたかった。
「私、飛べないの。」
彼女がぽつりと呟く。
「どうして?」
「飛べないから・・・。」
「飛べるよ、きっと。翼があるんだったら。」
「あなたも、彼と同じことを言うのね・・・。」
彼女の表情は悲しそうだった。
「僕の秘密、見せてあげるよ。」
僕は小さな石に意識を集中する。
ふっと石が浮かび上がる。
母さん譲りの力。
母さんはもっと大きな力を操れる。
「あっ・・・。」
少女が驚きの声をあげる。
「あなたも人じゃないの?」
「さあ。」
僕も母さんが何者かは知らない。

「君はほんとに飛べないの?」
「わからない。」
「でも、いまなら飛べる気がする。」
少女はにこっと微笑んだ。
ばっ、少女の背中から白い羽が広がる。
彼女は目を瞑って、動かなくなった。
「何してるの?」
「風の気配を読んでるの。でも、風は来ないみたい。」
「飛ぶときはどうやって飛ぶの?」
「走って、風に乗るの。」

「走って。すぐに風が来るから。」
「えっ、風の気配なんかしないけど?」
「いいから走って。」
「え、ええ。」
少女が走り出した。
少しして、草が少女を追いかけるようになびく。
少女の身体が少し宙に浮いた。
しかし、少女の足はすぐに地に着いた。
だめだ、今の風じゃ弱すぎる。もっと強い風でないと。
そのとき、誰かの声が僕の頭の中に響いた。
「もう一度、走って!今度はもっと強い風が吹くから!」
強い風が僕の横を通り抜けていく。
今度は彼女の身体が宙に舞った。
少しふらついてはいたが、彼女は間違いなく空を飛んでいた。
振り返ると、丘の上で母さんが微笑んでいた

「やっぱり、仲間の元に帰るのかい?」
飛べるようになった彼女はもう立派な有翼人だった。
「ええ・・・でも、いつか帰ってくる。」
「帰ってくるから、ここで待ってて欲しい。」
僕は彼女と約束をした。

外には嵐がやってきていた。
激しい雨に強い風が吹いている。
こんな日には彼女も来ないだろう。
暖炉の火に温もりを感じながらぼんやりと考えていた。
もうどのくらい彼女を待ってるだろう。
長すぎて覚えきれないぐらい待っている。
こんこん、不意に窓を叩く音が聞こえたような気がした。
窓の向こうは崖なのに。
雨に濡れて窓の向こうは見えなかった。
僕は窓を開けて外を見た。
風とともに雨が家の中に吹き込んでくる。
そこには、なにもなかった。
いつもと同じ風景。
僕は窓を閉めた。
きっと、風に飛ばされた何かが窓に当たったんだろう。
こんこん、今度は戸口に何かが当たったような音が聞こえた。
僕は戸口の戸を開いた。
強い雨と風が吹き込んでくる。
そこには、やはりなにもない。
よく見れば地面に白い羽が一枚。
僕は家から飛び出し辺りを見回していた。
それこそ濡れることも構わず。
でも、やっぱりなにも見つからなかった。
この羽はどこからか飛ばされてきたんだろう。
僕は濡れた羽を手に家の中に入ろうとした。
ばさっ、背後で何かがはばたく音が聞こえた。
僕は瞬時に背後を振り返っていた。
そこには、彼女がいた。
「いじわるして、ごめんね。」
彼女が微笑んだ。
「・・・お帰り。」
どんな顔をして言ったのだろう。
ただ、嬉しかったことだけは覚えている。


[戻る]