雨乞い姫
1999 11/26
昔、昔の物語。
とある村に、雨乞い姫と呼ばれる少女の一行が通りかかった。
少女は不思議な力を持ち、
その少女が祈れば、たちどころに雨が降ったという。
それ故に少女は雨乞い姫と呼ばれていたそうだ。
雨を降らせる代わりに多額の報酬を受け取る。
そんなことを繰り返しながら、一行はあちこちを渡り歩いてきたという。
村では雨が降らずに困っていた。
そんな折に、雨乞い姫がこの村を通りかかったのだ。
これを天の恵みと言わず、なんと言おう。
村人達は一行に雨乞い姫に雨を降らせてもらえるよう頼みこんだ。
その見返りとして要求されたのは多額の報酬だった。
村は貧しかった。
当然、報酬を払うだけの富はなかった。
村人達は敢えなく一行に追い返されたのだった。
村には好奇心旺盛な少年がいた。
少年は、事の一部始終をすべて見ていた。
だから少年は雨乞い姫の陣に忍び込むことを決めた。
雨乞い姫に会うために。
「そんな所におってはつまみだされてしまうぞ。」
少年は一台の馬車小屋に引っ張り込まれた。
小屋の中には整った顔立ちの少女が一人。
「何用でここに参ったのじゃ?」
抑えめの声で少女は問うた。
「雨乞い・・・。」
瞬間的に、少年の口は少女に押さえられていた。
「声が大きい、もう少し静かに申せ。」
少女は少年から離れると、きちんと座り直した。
「噂の雨乞い姫を一目見たかった。」
「それから、雨乞い姫に頼みたいことがあってここまできた。」
今度は声を抑え、少年は語った。
「して、頼みとは?」
少女は興味津々に少年の顔を覗き込んだ。
「村に雨を降らせて欲しい。」
「そうか。」
少女はしばし目を閉じて何かを考えている素振りを見せた。
そしてゆっくりと目を開いた。
「実はな、雨乞い姫とは妾のことじゃ。」
少女はいたずらっぽく笑った。
「もっとも、雨乞い姫とは名ばかりで、雨を降らせることなどできんがな。」
少女の顔に陰が差す。
「それじゃ、噂は嘘なのか。」
少年の口からは落胆の声が漏れていた。
「そういうわけでもない。」
一瞬の間を置いて少女は語る。
「半分は本当じゃ。」
少女は両手をすっと天にかざした。
ただそれだけのことだったが、少年の目はその動きに釘付けになっていた。
「妾はな、雨がいつ降るかがわかるのじゃ。」
少女は自慢気に語る。
「雨が降る前に儀式をすれば、雨が降らせられる、というわけじゃ。」
少年は解ったような解らなかったような顔をしている。
少年にとって少女の話は少し、理解し難かったのだ。
「お主には悪いがこの辺りは当分、雨は降らん。」
「一度、この村を離れた方がよいぞ。」
「すまんな、力になれなくて。」
少年は雨乞い姫に聞いたことを皆に話した。
子どもは皆、その話を聞きがっかりした。
雨乞い姫が雨を降らせられないとわかったからだ。
大人は誰も少年の言葉には耳を貸さなかった。
村の存続の危機にそんな言葉を信じるわけにはいかなかったからだ。
その夜、村の大人たちが集まって何か話をしていた。
「一団が出発する前に・・・。」
「雨乞い姫を・・・。」
盗み聞きしようとした少年に聞こえたのはそれだけだった。
他の声は小さすぎて少年には聞き取れなかった。
だから、少年には何が起こるのかがわからなかったのだ。
子どもが皆、寝静まった頃。
村人たちは雨乞い姫の一団を取り囲んでいた。
その手には、松明と、鍬や鎌が握られていた。
「雨乞い姫を出せ〜!」
村人たちの叫びが辺りに響いた。
しばらくして、一人の少女が一団の中から進み出てきた。
「妾に何ぞ用か?」
少女はその身体から精一杯の声を張り上げる。
「あんな小さな子が雨乞い姫?」
いくつもの小さなざわめきは大きな流れとなり雨乞い姫にも聞こえた。
「いかにもわらわが雨乞い姫じゃ。」
少女は声を張り上げた。
「お〜〜〜〜〜!」
何人もの村人が少女に向かって走ってきた。
「姫!」
姫を守るために何人かの男が前にでようとした。
「よい。」
少女は男達の動きを制した。
いくら男達がすぐれていようとも、多勢に無勢であろう。
しかも村人たちは皆、命を捨てる覚悟を持っている。
少女はそのことを理解していた。
少女は掴まり縛り上げられた。
「雨を降らせてもらおう。」
男は少女の首に刃を当てた。
「無理じゃ。」
少女は首を横に振る。
「嘘をつくな!」
「雨乞い姫に雨が降らせられぬわけがなかろうが!」
男が力んだせいか、少女の首筋に赤い筋が走った。
しかし、雨乞い姫はそれぐらいのことで臆することはなかった。
「嘘ではない。」
「わらわに雨は降らせられぬ。」
変わらず、毅然とした態度で少女は答える。
「どうしても無理だと申すなら天神さまにその身を捧げるぞ?」
「それで雨が降るなら喜んでこの身を捧げよう。」
それは少女の嘘偽りない心からの声。
刃が少女のか細い首に振り下ろされ、雨乞い姫の頭が宙を舞った。
翌朝、少年は村の中心に捧げてある物を見た。
それは、昨日会った少女の頭。
年端もゆかぬ少女の頭。
「うわああああ!」
少年の喉から漏れたのは悲痛の叫び。
ぽつぽつ・・・。
雨が降った。
少女の祈りが天神に届いたのか、それとも・・・。
雨は次第に勢いを増し、豪雨と化した。
村は雨に土とともに流された。
「雨、雨はいらぬか?」
「いかな時でも雨を降らせてみせようぞ。」
いつの頃からか、雨乞い姫の噂はぷっつりと消えた。
都では雨乞い姫の噂の代わりに雨乞い師が噂となっていた。
その雨乞い師がある物語を語れば必ず雨が降った。
それは雨乞い姫の物語。
雨乞い師の降らせる雨はしとしとと何処か物悲しい。
今日もどこかで切ない雨音が聞こえている。
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