遊びの天才
2000 11/23


彼は生まれながらにしてすべてを持っていた。
莫大な資産、そして類希なる才能。
すべてがあたり前のようにうまくいく人生。
彼は生まれてから楽しいと思ったことが一度もなかった。
ある日、ひとつの広告が彼の目にとまった。

どんな人でも必ず満足させます、遊びの天才。

僕は広告に書かれた場所に来ていた。
だけど、それらしい看板はひとつも見当たらない。
広告によるとここら辺のはずなんだけどな。
人に聞いてやっとその場所がわかった。
そこは酒場みたいな場所だった。
おまけに店の看板の名前が違った。
店は活気溢れる雰囲気だった。
「あの、ここは遊びの天才でしょうか?」

「ぷっ、あははははっ。」
店の店主は突然噴き出して笑った。

「あんた、遊びの天才は店の名前じゃないよ。」
「遊びの天才は仇名さ。」
「あの子がそうだよ。」
店主が指差したのは一人の娘。
癖のある長い金髪を靡かせた奇麗な女の子。
僕は女の子に話し掛けた。

「僕は今まで一度も楽しいと感じたことがない。」
「それでも、君は僕を満足させられるのかい?」

「もちろんです。」
その子は自信ありげに笑った。

「あ、代金は先払いでお願いします。」
「もし貴方が満足できなかった時は全額お返ししますので。」
代金の返却。
それは、自分の仕事に対する自信の表れなのだろうか。
僕にはそうとしか思えなかった。

それから僕はその子にいろんな場所に連れて行かれた。
それは、家に縛られていた僕には思いもよらぬ経験ばかりだった。
彼女に付いて歩く内に僕は次第に次の場所に行くのが楽しみになっていた。

目を開いた僕の目に映ったのは見覚えのある天井だった。
僕は何時の間にか屋敷の寝台に寝かされていた。

「・・・夢?」

寝台から降りようと身体を起こすと頭に軽い痛みが走った。
頭には包帯のようなものが巻かれていた。

「大丈夫ですか?」

声のした方を向くと長い金の髪が目に入った。
その子は遊びの天才と呼ばれる少女だった。

「僕はどうしたのかな?」

「頭を打ったんです。」
「私の不注意です。」

「ああ・・・。」

僕は後頭部を手で押さえてみた。
たしかに強い衝撃が頭に走ったような覚えがあった。

「代金はお返しします。」
「貴方が怪我をしたのは私の責任ですから。」

少女は机の上に袋を置いた。
僕が渡したお金の入った袋だ。

「それでは。」
少女は僕の前で軽やかにくるりと後ろを振り向いた。

「ちょっと待って。」
僕はとっさに少女の手を掴んでいた。

「このお金は君のものだ。」
「僕は十分に楽しかったんだから。」

少女は悲しそうな瞳をした。

「受け取れません。」
「私は自分の仕事を全うしたとは思えませんから。」

「そうか、それじゃあ仕方ないな。」

僕はふうっとため息をついていた。
僕としてはどうしてもこのお金を彼女に受け取ってほしかった。
そのとき、それよりもいい考えが僕の頭に浮かでいた。

「そうだ。」
「新しく仕事を頼みたいんだけど、いいかな?」

「なんですか?」

「一生をかけて、僕を楽しませてほしい。」
「代金は僕の全財産。」
「受けてもらえるかな?」

「えっ・・・。」

彼女は少し考えるかのような仕種をしてこう答えてくれた。

「喜んで。」


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