2000 8/14


昔、僕には妹がいた。
望という名前の。
だけど、今はもういない。
妹は交通事故で死んだ。
家のすぐ近くで。
聞こえたのは車のブレーキと衝突音。
野次馬しに行った僕が見たのは、
潰れた車と大勢の人、道路に倒れた望の姿だった。

「私、流れ星にお願いしたんだよ。」
「みんなが幸せになれますように、って。」
そのあと、すぐに望は救急車に運ばれ手術を受けた。
緊急の手術だった。
手術の間、僕は夜空に祈っていた。
何度も、何度も、繰り返し。

望が助かりますように。

どれぐらいの時間、祈っていただろう。
ふっと、僕の目の前で星が流れた。

「流れ星に願い事をすると願いが叶うんだって。」
望の言葉が脳裏に浮かんだ。
僕は手術室に駆けていた。

「お気の毒ですが。」
希望は無残にも打ち砕かれた。

「なんで、望を跳ねたんだよ!」
「なんで、居眠りなんてしたんだよ!」
僕は望を殺した男の人を責めていた。
何を言ったのかは今ではもうほとんど覚えていない。
だけど、散々ひどいことを言ったのは覚えている。

「すみません、すみません。」
男の人は、泣きながら何度も繰り返し謝っていた。
数日後、その男の人は自殺した。
自分の犯した罪の重さに耐え切れず自殺したんだろう。
逃げたと思えないこともない。
だけど、優しい人だったんだと思うことにした。
少なくとも、人を殺してなんとも思わない奴等よりはましだから。
その人が自殺したという話を聞いたとき、
望を殺したからだ、という気持ちと、
酷いことを言ってしまった、という気持ちが半分半分だった。
今は酷いことを言ってしまったと思っている。

望は僕の願いも虚しくこの世を去った。
流れたのは望の命、僕の祈り。
祈ったって、願ったって何も変わらないじゃないか。
そのときから、僕は何かに祈るのをやめた。
叶わない願いには何の意味もないからだ。

望のいなくなった家は、いつもより静かで、広く感じられた。

僕は望の跳ねられた場所に立ってみたことがある。
望が最期に流れ星を見たという場所。
光がすっと走った。
そして、車が僕の横を通り過ぎていった。
電線に反射された光が、まるで、流れ星のようだった。
「私、流れ星にお願いしたんだよ。」
「みんなが、幸せになれますように。」


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