「例のお姉さん」
2000 11/14
こんな思いをするぐらいなら死んだ方がましだ。
僕は飛び降り自殺で有名な場所に向かって歩いていた。
3年くらい前にも誰か飛び降りた人がいる。
街は小さいのでそういう噂が広まるのはすぐだった。
僕が死んでも噂はやっぱり広まるのかな?
そんな事を思ってたら、どこからか声が聞こえた。
「少年、どうして泣いてるんだい?」
それは女の人の声だった。
僕は辺りを見回した。
ちょっと見た限りでは僕の周りには誰もいなかった。
「ひょっとすると、君いじめられてるでしょ?」
今度は背後から声が聞こえた。
いつの間にか、僕の後ろには女の人が立っていた。
山向こうの中学校の制服を着た女の人。
隠れる場所なんてどこにもないはずなのに。
「なんで、わかるの?」
僕は涙を忙いで服の袖で拭っていた。
泣いてる姿なんて知らない人に見られたくないもの。
僕には女の人が突然現れたことより、そっちのことの方が気掛かりだった。
「私にはいじめられっ子はすぐわかるんだよ、少年。」
お姉さんは僕のおでこを指でツンとつついた。
僕は訳知り顔なお姉さんの態度にちょっとムカッときた。
「うるさいな、僕のことなんかほっといてよ。」
僕はお姉さんがさっさといなくなることを祈りながらそっぽを向いていた。
だって、人がいたら自殺なんておちおちできやしない。
「だめだめ、ほっとけないよ。」
「ほっといたら、君みたいな子は何するかわかんないもん。」
お姉さんは僕を見ながらくすくす笑っていた。
まるで、僕の考えはお見通しだって言ってるみたいだ。
僕はこういう人が一番苦手だ。
何をしても子ども扱いされるんだもの。
「ところでさ、少年。」
「昔、ここから飛び降りた子がいるの知ってる?」
お姉さんの顔はいつのまにか大真面目になっていた。
さっきまで笑っていた顔が嘘みたいに。
「その子ね、きっと後悔してるよ。」
「家族や友達を悲しませたこと。」
「だから、少年は家族や友達にそんな思いさせちゃだめだよ。」
僕には心配してくれる友達なんていない。
でも、お父さんや、お母さんは違う。
きっと、僕のことを本気で心配してくれるだろうな。
そんなことを考えたら胸がチクッと痛くなった。
「わかった。」
お姉さんに言い包められたみたいで嫌だった。
けど、僕にはそう答えることしかできなかった。
そしたら、お姉さんはニコッて笑った。
思わず胸がドキッとした。
お姉さんが僕の知ってる誰よりもキレイだったから。
「君は男の子なんだからいじめに負けちゃだめだぞ。」
また、お姉さんは僕のおでこを指でツンとつついた。
さっきは腹が立ったのに、不思議と今度は嫌じゃなかった。
「もうすぐ日が暮れちゃうよ。」
「君のお家はあっちでしょ?」
「早く帰らなきゃ、お母さんが心配するよ。」
お姉さんは僕の帰る方向を指差した。
「うん。」
「あの・・・ありがとう、お姉さん。」
僕は家に向かって全力疾走していた。
早く家に帰りたかった。
早くお母さんの顔が見たかった。
結局、今日も僕はいじめられた。
けど、今日は負けなかった。
「ねえ、お母さん。」
「3年前、あそこから飛び降りた人ってどんな人?」
僕の指差した方向には山がある。
あそこには例の自殺の名所がある。
「3年前〜?」
「なんで、そんなこと知りたいの?」
後ろ向きのまま母さんが答える。
お母さんはアイロンを懸けているみたいだった。
「ちょっと興味があって。」
母さんは口に指を当ててちょっと考える仕種をした。
僕は服がが焦げないかちょっと心配になった。
なにしろ母さんは2つの事が同時にできない人だから。
「ん〜、確か女の子よ。」
ややあって、母さんが口を開いた。
「女の人?」
もしかしたらお姉さんかもしれない。
なんとなくそんな気がした。
僕はちらっと外を見た。
日が暮れかけている。
ちょうど昨日と同じくらいの時間だろうか。
「ちょっと出掛けてくるね!」
母さんの言葉を打ち消して僕は駆け出していた。
「はあっ、はあっ、はあっ。」
勢いよく飛び出したのも束の間、僕は息を切らして歩いていた。
ここって、行きは登りでつらいんだな。
そう思ったのも後の祭り。
勢いよく飛び出したことを僕は後悔していた。
やっとの思いで、僕は昨日の場所に辿りついていた。
その場所には花束が置いてあった。
やっぱり、そうなんだ。
「僕、負けなかったよ。」
「だけど、お姉さんはなんで死んじゃったんだよ。」
「人に偉そうな事、言っといてさ。」
答えはどこからも返ってこなかった。
お姉さんは、もう僕には必要ないから出てこないんだろうか?
なんとなく寂しかった。
家に帰った僕はお母さんからとんでもないことを聞いた。
「えっ? もう一回言ってよ。」
「だから、飛び降りたのは小学生の女の子だって。」
小学生?
中学生じゃなくて?
じゃ、あのお姉さんは一体?
その晩、僕はよく眠れなかった。
今日はいじめられなかった。
昨日、思いっきり抵抗したのが効いたんだろうか。
夕方が近くなると僕は急いで例の場所に出掛けていた。
あそこに行ったとしても何かわかるわけじゃない。
だけど、それ以外に僕ができることは何もなかった。
「はあっ、はあっ」
やっぱり、こんな山道は走るべきじゃないな。
肩を落として息をしながら僕はそんなことを考えていた。
「少年、また来たのかい?」
どこからか女の人の声が聞こえた。
お姉さんだ。
でも、相変わらず姿は見えない。
「よいしょ。」
そんな掛け声とともにお姉さんが僕の目の前に落ちてきた。
スカートがなびいてちらっとその中が見えた。
「見た?」
お姉さんは笑顔のまま手に握りこぶしを作っていた。
僕は首をぶんぶんと振った。
ごんっとお姉さんの手が僕の頭をこついた。
なんでばれたんだろう。
お姉さんはどうも木の上から飛び降りてきたらしい。
前に突然、後ろに現れたのもそれなら納得がいく。
「お姉さんは幽霊じゃないの?」
「幽霊じゃないよ。」
「そうなんだ。」
「幽霊じゃなくて残念? 少年。」
「ううん、ちっとも残念じゃないよ。」
しばらく沈黙があった。
僕は言うことを考えていたから。
お姉さんは何を考えていたんだろう。
「3年前、ここから飛び降りたのって、お姉さん?」
「そうだよ。」
「どうして?」
「少年と同じ理由で・・・だよ。」
やっぱり、そうなんだ。
あれはお姉さんの話だったんだ。
「そしたら、なんでいじめが怖かったんだろうって思っちゃった。」
「人を悲しませることに比べたらそんなの全然怖くないんだよ。」
僕は何も言えなかった。
お姉さんの顔が見れずに、黙って下を見ていた。
バン!
突然、お姉さんの手が僕の背中を叩いた。
「少年、私がなんでしょっちゅうここに来るか知ってる?」
僕は首を振った。
お姉さんの顔はいつも通りの明るい顔だった。
「ここはね、太陽が一番よく見えるんだ。」
「黄昏時に黄金色に輝く太陽が。」
お姉さんの指差した方向には本当に黄金色の太陽があった。
「ほんとだ。」
昨日も、一昨日も来たのに。
僕はお姉さんに言われるまでその景色の奇麗さに気づかなかった。
それから、僕達はただ黙ってその黄金色の時間が終るまで太陽を見ていた。
「お姉さん、明日もまた会える?」
黄金色の時間が終って、太陽が赤く夕焼けに変わり始めた時。
僕はお姉さんにそんなことを聞いていた。
「少年が・・・いじめに負けなければね。」
そう言って、お姉さんはくすりと微笑んだ。
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