イザナギ
2001 1/16


ある国にひとりの演奏家がいた。
彼は演奏するのが好きだった。
どんな曲でも奏でられるようになるために彼は努力した。
いつしか、その国で彼に演奏できない曲はなくなっていた。
そして、彼の演奏はその国で一番だと言われるまでになっていた。
そんな名誉は彼にとってはどうでもよかった。
問題だったのは、その国に彼が満足できる程の曲がなかったことだった。
その国には伝説があった。
イザナギと呼ばれる曲の伝説。
遠い昔から語り継がれてきた幻の曲。
しかし、実際にその曲を聴いた人はどこにもいない。
彼はイザナギを探してみようと思い立った。

イザナギを探し始めてから、どれくらいの時が経っただろうか。
ある日、彼は歩き疲れて一本の樹の下に座り込んだ。
しばらく、そこで休むと彼は再び立ち上がった。
いつの間にか、彼は見知らぬ場所に迷い込んでいた。
そこは見覚えのない街並みだった。
まだ昼時のはずなのに人は誰もいなかった。
「イザナギはこっちだよ。」
彼が声のしたほうを見ると一匹の鳥がいた。
「イザナギはこっちだよ。」
驚いたことに鳥が言葉を喋っていた。
彼は鳥に導かれるままに歩いていった。
すると、彼は広場に連れてこられていた。
広場には椅子がひとつ置いてあった。
彼はその椅子に腰掛けて休むことにした。
心が落ち着いてくると彼はある事に気付いた。
ただの騒音だと思っていたもの。
虫の羽音。
鳥の囀りが。
ひとつの何かを形作っていることに。
これが、イザナギ・・・。
彼はその時、全てを理解した。
自然の奏でる原始の演奏。
それがイザナギだということを。
気が付くと彼は一本の樹の下に立っていた。
彼が見たものが夢なのかどうかはわからない。
しかし、彼が奏でる曲は誰の心にも染み込んでいった。


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