病源菌 第1話
1999 12/16


寒い。
吐く息が真っ白で身体が震えている。
ふと一人の少年と目が合った。
少年は私を見つめていた。
少年はしばらく私を見つめた後、私の所に歩いて来た。

「寒い?」
少年の口から漏れた言葉。

「寒い。」
私の口から漏れた言葉。
すごく当たり前のこと。
こんなに息が白いんだから寒いに決まってる。

「おいでよ。」
少年は座り込んでいる私に手を差し延べてくれた。

「いいの?」
ほんとはすぐに手を取りたかった。
でも、ちょっとためらった。

「いいよ。」
即答だった。
私に近づいた人は死んでしまうのに。
私のおずおずと伸ばされる手を掴み、
少年は私を引っ張り起こした。

「ついといで。」
私の手を握ったまま少年は駆け出していた。
少年に引っ張られる中、私は少年の手の温もりを感じていた。

少年の家は暖かかった。
冷えた身体がゆっくりと温められていく。
人の気配のしない静かな家。

「誰もいないの?」

「誰もいないよ。」
「一人きりなんだ。 君と同じだよ。」
少年は寂しそうな顔をした。

「だからもう、死んでもかまわないんだ。」

暖かな暖炉の前で、私は少年の話を聞いていた。
それぐらいしか私にできることはなかったから。

「僕はあとどれくらいで死ぬのかな?」
「死ねば寂しくはなくなるよね。」
私は少年の頭を抱きしめていた。
母親が子どもを抱きしめるかのように優しく。

「ありがとう。」

どのくらいそうしていただろう。
少年の時はいつのまにか止まっていた。
私は少年の服を少し切り取って髪に結び付けた。
髪に結び付けた布の数だけの思い出。
優しくしてくれた人たちの思い出。
大事な思い出を忘れないように。


[戻る]