病源菌 第3話
2000 7/30


私があの場所を出て初めて会った人は、
歳をとった男の人だった。

行くあてなんてどこにもなかった。
あの場所から離れたくてとにかく歩いた。
どのぐらい歩いたんだろう。
やがて遠くに建物らしきものが見えた。
私はその建物に向かって歩いていた。

「お嬢ちゃん、うちになにか用かい?」
私は首を横に振った。
用があってじっと見てたわけじゃなかったから。

「もしよかったら、うちで少し休んでいかんかね?」
その人はそう言って私に近づこうとした。
それがどういうことかはもうわかっていた。

「近づかないで!」
私はとっさに叫んでいた。

「私に近づくと死んでしまうから。」
その人はにこっと微笑んだ。
すごく優しい微笑み。

「わしは長いこと生きた。」
「もう、いつ死んでもかまわんよ。」
私は背を押され、その人の家に招き入れられていた。
その手は固くて大きくてとても暖かだった。

「昔、わしにはお嬢ちゃんのような娘がおった。」
「病気で死んでしまったがね。」
「しばらく、わしの娘の代わりになってくれんか?」
私はこくんと頷いていた。
その人がすごく寂しそうだったから。
私もそうしたかったから。
本当にしばらくの間、私はその人の娘だった。

私に優しい人はみんな死んでしまう。
涙はこぼれなかった。
こういう時は泣くべきはずじゃないんだろうか。
そう思ったけど、涙は出なかった。


[戻る]