病源菌 第5話
2000 1/5


「気がついた?」
目の前には知らない女の子がいた。
その子は覗き込むように私を見ていた。

「ここは?」

「隔離病棟。」

「えっ?」

「・・・冗談、私の家よ。」

私は部屋の中を見回した。
余計なものの何一つない部屋だった。
寂しいくらいに。

「何もない部屋でしょ?」
「いなくなる人間に、物は必要ないから。」

「私、病気なんだよね。」
「おまけに治らないんだってさ。」
「だから私はここにいるの。」

彼女は明るい口調で話した。
その口調からは話の暗さが分からないぐらい。
彼女の台詞からはどこか強い意志が感じられた。

「寂しくない?」

「もう慣れたよ。」

私の目から涙がこぼれた。
それは私には耐えられないことだろうから。

「どうして泣くの?」

「私は生物兵器だから。」
「側にいるだけで人は死ぬんだって。」

「私、死んでないよ。」
「ずっとあなたの側にいるのに。」

不思議なことに彼女は死ななかった。
ずっと私の側にいたにも関わらず。

「きっとね、私のウィルスがあなたのウィルスと戦ってるんだ。」
「だから私は死なないんだよ。」



ウィルスが彼女を殺さなくとも、遠からずその日はやってきた。
苦しそうに息をする彼女を私は見ていられなかった。
彼女には安らかに死んでほしかった。
私は、私の中のそれを解き放っていた。
彼女の中で拮抗していた何かは壊れ、彼女の呼吸は停止した。
それが正しいことなのかはわからない。
だけど、私は自分の意思で彼女を殺した。

「前髪が邪魔だね。」
「ちょっとじっとしてて。」
彼女の手が私の髪に触れた。
優しい感触だった。
私の髪は髪止めできれいに分けられていた。

「人はいつか死ぬの。」
「ただ私の場合、それが人よりちょっと早かっただけ。」
「悲しくはないよ。」
「最期は本当に幸せだったから。」


[戻る]