ありnoきりぎりす
2004 7/20



暑い夏だった。
太陽がじりじりと地面を焼いているかのようだ。
そんな日差しの下、アリはせっせと食料を運んでいた。
ふと、アリの足に涼やかな振動が伝わった。

リーリー、リーリー。

日の当たらない草の茂みの中から響く、涼やかな音色。
太陽に熱されてない涼しげな風がその音色をアリの元に運んでくる。
優雅な音色を奏でているのはキリギリスだった。
そんなキリギリスにアリは声を掛けた。

「今のうちに食料を蓄えないと冬が越せなくなるよ?」

「んー、その時期が来たら考えるよ。」

本当に、何の考えもなしに彼はそう答えていた。
そうして夏の間中、アリは食べ物を運び、キリギリスは涼やかな音色を奏でていた。

やがて……。
夏が終わり、秋が終わり、冬がやってくる。

食料を蓄えるのを怠ったキリギリス。
慌てて食料を集め始めたものの、冬を越せるだけの量は集まらない。
そんなキリギリスを見かねたアリはこう言った。

「僕の分を分けてあげるから、家においでよ。」

小さな身体で集めた、ほんの少しの食べ物。
キリギリスにとって一口分にしかならないそれは、
アリにとっては一日分にもなる大事なご馳走だった。
そんな大事な食料を彼はキリギリスのために分けてくれたのだ。

「……君は本当にいいやつだな。」

キリギリスは泣いた。
震える羽が小さな音色を奏でた。

リーリー、リーリー。

キリギリスは、気のいい昆虫だった。
だから、気付かなかった。
アリの真っ黒な腹の内を見抜けなかった。
無防備に眠るキリギリスの傍らでアリは呟いた。

「本当のことを言うと、僕は君のことが嫌いだったんだ。」
「君の奏でる羽音がどれだけ僕の神経に障ったことか。」
「今年は身入りが悪くてね。」
「冬を越すには蓄えが少し足りなかった。」
「だけど、君のおかげで僕はこの冬を越すことができる。」

「あ・り・が・と・う。」



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