My little fantasy

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ボタンでポン

 おつかいの帰り道、まゆ子は公園の中を走りぬけようとしました。
誰もいない夕暮れの公園に、まゆ子の足音だけがザッザッと響きます。 鉄棒の影が長くのびています。まゆ子は足をとめ、いきおいよく鉄棒 にとびつきます。さかさにぶらさがると、夕焼けの空がまゆ子の足の 向こうにありました。
 「うわぁ、きれい・・」
 声をあげたとたん、スカートのポケットから、おつかいのおだちん にもらったチョコレートの包みがポトンと落ちました。鉄棒の上であ わてて体を動かすと、お腹と鉄棒にはさまれたカーディガンがねじれ て、ボタンが一つポーンととんでしまいました。
 「ああっ」と声をあげて、まゆ子は鉄棒からどさりと落ちてしまい ました。腰をさすりながら、チョコレートをひろいポケットにしまい ます。

 「痛いなぁ。あ〜あ、ボタンがなくなっちゃった」
 鉄棒の下の砂場にしゃがみこんで、まゆ子はボタンをさがします。 両手で砂をかきわけて、ていねいにさがしました。ボタンはみつかり ません。かわりに砂の中で、透き通った大きな青いビー玉を一つひろ いました。
 −いいものみつけ!きれいだなぁ。
 まゆ子はビー玉をスカートのポケットの中に入れました。いつのま にかあたりはうす暗くなって、風も出てきました。砂場のわきのこん もりした植え込みが、ときどきザワザワと葉音をたてます。
 −さむい!
 まゆ子はカーディガンをひっぱって前をしっかりとあわせます。た まご色のカーディガンはお母さんが編んでくれたものでした。そして、 木の実でできたボタンは、まゆ子のお気に入りでした。
 しゃがみこんだまま、まゆ子は砂の上を手でさぐりつづけます。と つぜん、植え込みの中からさっきより大きな音が聞こえました。
 


あれ、何かいる。
まゆ子は顔あげ、体を固くして暗い植え込みをじっとにらみました。 ほんのしばらく静かでしたが、また、葉音がして、誰かがおしゃべり をしている声が聞こえてきました。
 「いいものめっけ!」
 「これ、なぁに?」
 「ほら、いいもの」
 「きれいな木ノ実ね。でも、穴があいているわ」
 −えっ、穴のあいた木ノ実?
 まゆ子は砂の上をさぐる手をとめ、足音をしのばせて植え込みにちか よりました。そして、植え込みの根元近くの枝をそうっとかきわけ、 薄暗い植え込みの奥を目をこらしてながめました。何かが動いていま す。
 「いいなぁ、ほしいなぁ」
 「一つしかないもの。じゃんけんできめよ」
 「うん、三回勝負ね」
 −ねずみさん?違う、大きなシッポのしましまリス!
 「ジャンケン・・」
 リスたちはジャンケンをはじめようとしました。
 「まって!ジャンケンするなら、わたしもいれて」
 まゆ子は大きな声を出しながら、植え込みのすきまをかきわけて頭か らグィと体をおしこみ、急いでにぎりこぶしをつきだしました。
 「あれぇ、でっかい手だ!だあれ?」
 シマシマのシマが黒いほうのリスが、目をまん丸にして、自分のにぎ りこぶしの倍ほどの大きさのこぶしをしげしげとながめました。それ から、しゃがみこんでいるまゆ子をじっとながめました。

 「こんにちは・・」
 まゆ子は小さい声で言いました。
 「もう、こんばんは、だよ」
 黒シマのリスはほっとしたように言いました。
 「あいこだよ。みんなグーだもの」
 グーをつきだしたまま黙ってすわっていた茶色のシマリスが、もそも そと体を動かして思い出したように言いました。
 「うん、じゃあ、もいちどポン!」
 黒シマのリスはどぎまぎした顔で言いました。
 もう一度ジャンケンをすると、黒シマのリスの子が出した手のひらの 上に、まゆ子の木の実のボタンがのっていました。
 「わたしのボタン!」
 まゆ子はチョキを出した手を黒シマのリスの手に重ねて、大きな声で うれしそうに叫びました。
 「ああ、せっかくいいものひろったのに」
 黒シマのリスの子は胸の前で木の実のボタンを大事そうに抱えもちま した。そして、いまにもかじりだしそうに口をあけました。
 「食べないでね。それは私のボタンなの、ほら」
 まゆ子はあわててカーディガンをひっぱって、ボタンのとれたところ を見せました。
 「大事なものみたい、かえしてあげようよ」
  茶色のシマリスの子が言いました。黒シマのリスの子は残念そうに、 木の実のボタンをまゆ子に渡してくれました。
 「ありがとう。あ、そうだ、かわりにいいものあげる」
   まゆ子はスカートのポケットをさぐって青いビー玉を取り出し、リス たちの前におきました。
 「うわぁ、いいなぁ」
 「じゃあ、ジャンケンできめようよ」
 リスたちは声をあわせていいました。そして、まゆ子がくれたいいも のを真ん中にはさんでまたジャンケンをはじめました。
 まゆ子はしゃがみこんだままそっとあとずさりして、いそいで植え 込みのすきまに体をすべりこませました。
 植え込みの中からやっと体がでると、まゆ子は大きく息をつきました。 そして、砂と木の葉にまみれた服をていねいにはらいました。

 ジャンケンポン あいこでしょ
 植え込みの奥からあいかわらずジャンケンの声が聞こえてきます。
 「ジャンケン ポンであいこでしょ・・」
 植え込みの奥にむかって、まり子は歌うようにささやきました。木の 実のボタンを手のなかにしっかりにぎりしめて、まゆ子はすっかり暗 くなった公園の中を、出口にむかって走っていきました。

copyright Chie Nakatani 中谷千絵