My little fantasy No.2

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星のペンダント

 星売りは黒い服をきていました。つばのみじかい帽子も黒、くた
びれたうんどう靴も黒でした。おまけに、四角いカバンもまっ黒で
した。とにかく頭の上から、足さきまで黒ずくめ。でも、冬の午後
でしたから、そんなかっこうをしていても、電車の中で、特別に目
立つということはありませんでした。
 「ホシガオカァ−、次はホシガオカ−」
 次にとまる駅を知らせるアナウンスがきこえたとたん、星売りは
ひざのうえの黒いカバンをかるくポンとたたきました。
 −さあ、次で降りよう。
 カバンを持ち直し、みじかいツバに手をかけて帽子をかぶりなお
すと、星売りは満足そうにほほえみます。
 やがて、電車の窓から、ホシガオカの町が見えてきました。
 「星ヶ丘」は、四角い白い建物が、いくつもいくつも規則正しく
ならんだ団地の町でした。つらなって続く低い山を、けずりとって
できた町なのでしょう。町全体がゆるやかな丘の上にあって、山の
ずっと上の方まで、マンションや家がたち並んでいるのが見えまし
た。
 「ホシガオカァ−、ホシガオカァ−」
 たくさんの人が星ヶ丘駅でおりました。
 星売りは一番最後に電車をおりました。
 ピ−ッと発車の笛がなり、キュンと音をたててドアがしまると、
星ヶ丘駅を出る電車の中には、もうチラホラしか人は乗っていませ
んでした。

 ゆっくりホ−ムをあるいて、星売りは改札口へむかう階段をおり
ました。星ヶ丘駅の改札口は地下でした。
 改札口を通り抜けると、そこはド−ム屋根の円形の広場でした。
広場の中央には泉があって、いきおいよく噴水がふき出していまし
た。泉のまわりのはベンチが並び、ベンチのそばには、人待ち顔で
四、五人ほどの人がたっていました。
 ほんのしばらく考えてから、星売りは泉にむかいました。
 ベンチに腰をおろしてみると、白くきれいにペンキをぬられたお
しゃれなベンチでしたが、あんまりにもゴツゴツしていて座りごご
ちはよくありませんでした。
 ベンチに黒いカバンをおき、星売りはベンチの手すりによりかか
って立ったまま、ド−ム天井をみあげました。ア−モンド色の天井
のところどころに白い点々もようがついていました。
 −星空の絵?
 星売りは首をかしげ、目をこらしてド−ム天井をながめました。
天井はちょっとしたプラネタリウムのように見えました。
 −ホ−ッ…  星売りは思わず声をもらしました。
 星売りは立ったまま、ずいぶん長い間、ド−ム天井を見上げてい
ました。

 駅に電車がつくたびに広場には人があふれます。でも、しばらく
すると、人通りはとぎれます。泉のそばで誰かをまっている人の顔
ぶれも何人もかわりました。
 じっとだまってド−ム天井をみあげている星売りに、声をかける
人はありませんでした。通りすがりに、星売りの姿をいぶかしそう
にながめ、泉のそばでちょっとだけ立ち止まって、星売りがながめ
ている天井を不思議そうに見上げる人もいました。でも、いぶかし
そうに首をひねって、さっさと歩いていってしまいます。
 −さて…
 すわりごごちの悪いベンチに腰をおろし、星売りは黒いカバンを
ひざの上におきました。そして、パチン、パチンと音をたてて、止
め金具をはずして、カバンのふたをあけました。 カバンのなかに
は、金色の鎖がついたペンダントが十本ばかり、きれいにならんで
いました。どれにもいろんな大きさの石の飾りがついていて、黒ビ
ロ−ドの布の上でキラキラ輝いていました。
 星売りはペンダントを一本とりあげ、金色の鎖をつまみ、目の前
でゆらゆらゆらしてみました。ペンダントの飾りは、ときどきキラ
ッととてもきれいにひかりました。
 −うん、きれいだ。
 星売りは満足そうにつぶやきました。それから、ていねいにペン
ダントをカバンにもどしました。星売りはカバンのふたをあけた
ま、中がよくみえるようにベンチの上にカバンをおきました。
 「きれいね。ほんものなの?」 
 女の人がカバンをのぞきこんで星売りに声をかけました。その人
はデパ−トのお買物帰りらしく、ふくらんだ紙袋を二つぶらさげて
いました。
 「ええ、ほんものですよ。一ついかがですか」
 星売りは誇らしく答えます。
 女の人はあいている方の手で、ペンダントを一本取りました。
 「金なの?」
 「いいえ、星は金じゃありませんよ。ほんものの星ですから」
 「なんですって?じゃあ、やっぱり金じゃないの」
 「ええ、金じゃないですよ。ほんものの星ですから」
 「まあ、ばかにして!。きれいなものだからと思ったのに…」
 星売りと女の人の話をききつけて、泉のまわりには人垣ができは
じめていました。
 「ホンモノなんだって」
 「ホンモノの星だってさ」
 「へぇ、ホンモノのねぇ」
 いつのまにか女の人はいなくなって、いれかわりたちかわり、い
ろんな人が黒いカバンの中をのぞきこみました。
 「ほんものの星ですよ。めったにあるものじゃないですよ。どう
ですか、そこのおじょうさん、ひとついかがですか」
 星売りはカバンの中をじっとみつめていた娘に声をかけました。

 「きれいなものだけど、鎖はやっぱり金じゃないわね」
 ペンダントをひとつ手にとった娘は、残念そうにつぶやきまし
た。
 「飾りの星がほんものだっていってるんですよ、それに…」
 「なぁんだ、おもちゃだってさ」
 星売りの静かな声をさえぎるように、誰かが大きな声で言いまし
た。すると、物見高く集まっていた人たちは、急に、さもいそがし
そうなそぶりで、一人二人と泉のまわりをさっていきました。
 とうとう星売りのカバンの前には小さな女の子が一人だけになっ
ていました。
 「きれいねぇ、キラキラひかっているわ。この星、ほんものなん
でしょ」
 「もちろんですよ。これはなんども言うけど、ほんものの星!」
 「星って、空の星?」
 星売りはかるくほほえんで、大きくうなずきます。
 「ほら、ちょっとあの天井を見てごらん」
 星売りは、ド−ム天井を指さします。
 女の子は天井を見上げながら、首をかしげました。
 「ほら、よ−く見てごらん。白い点々は星だよ。星空の絵だよ。
冬の星空だ。星がいっぱい集まっているところがあまの川だ」
 「あんなところに絵が描いてあるの?」
 「そうだよ、しらなかったのかい」
 「うん。はじめてよ。あんなところに星の絵が描いてあるなん
て、誰もおしえてくれなかったわ」
 「ほら、あそこ。わかるかい。よ−く見てごらん。あまの川のま
んなか、北の空にはくちょう座というのがあるんだ。星をつないで
いくと、ほら十字架のかたちに見える星…」
 星売りは女の子を肩に手をかけ、いっしょうけんめい天井を指さ
しました。
 「ほら、あそこ…」

 星売りがもう一度天井を指さした時、突然、あたりの明かりが全
部消えて、ほんのしばらくの間だけまっ暗になりました。
 「アッ!」
 女の子は小さな叫び声あげ、手で顔をおおうと、床にしゃがみこ
みました。
 「だいじょうぶ。さあ、目をあけてごらん」
 星売りは女の子の手をとって、一緒にベンチにすわりました。
 「どれがはくちょう座がわかるかい?」
 星売りは女の子の肩をだいて、夜空を指さしました。あたりはす
っかり夜でした。すみきった夜空に、星がチカチカひかっていまし
た。
 「あの白い星とこっちの星をむすぶと、ほら、十字架の形になる
だろう。あれがはくちょう座」
 「ふ−ん」
 女の子は満足そうにうなずきました。
 ふたりの座ったベンチがグラリとゆれました。耳もとで風がシュ
−シュ−とうなります。白いベンチはふわふわと夜空に飛び上がり
ます。ベンチはあいかわずゴツゴツしていて、やっぱりすわりごご
ちはよくありませんでした。ベンチがグラリとかたむくたびに女の
子は「キャッ!」と声をあげました。
 「どこに行くの?」
 「星狩りだよ。おじさんはいつも流れ星ばっかり拾っているけれ
ど。いい星はいつもうまく手に入るとは限らないさ。一日に一個も
とれない時もある。でも、流れ星は星の中では最高なんだ。だっ
て、めったにないものだろう。星がとれたらみがくのさ。うん、ち
ょっと特別な方法でみがくんだよ。せっせとみがくとキラキラひか
るんだ」
 「へぇ、たいへんなんだね」
 「そうさ、たいへんなんだよ。星をみがくのもたいへんだけど、
売るのもたいへんなんだ。ほんものの星だっていうのに、なかなか
信用してもらえないからね」
 ふたりをのせた白いベンチは、夜空をふわふわ飛び続けます。
 「あ、流れ星!」
 星売りは大きな声をたてて、暗い空を指さします。
 流れ星がひとつ、ピューッと空のむこうに消えいきます。
 やがて風がこおるように冷たくなり、いつのまにかあたりには霧
がただよいはじめていました。

 泉のまわりにはまた人垣ができはじめていました。
 女の子は、夢見ごごちで、ときどき体をゆらしながら、ド−ム天
井の白い点々を見つめていました。
 星売りはカバンの中から、一番大きな星の飾りのついたペンダン
トをとり、女の子の首にかけてあげました。
 「さあ、それはきみにあげるよ。ほんものの星だから大事にして
くれるかい」
 「もちろんだわ」
 女の子はうれしそうに笑い声をあげ、胸の星飾りを何度も何度も
両手でつつみました。 何人もの人が星売りのカバンをのぞきこみ
ました。それからド−ム天井をいぶかしそうにながめました。で
も、ペンダントは一本も売れませんでした。
 星売りはまたパチンパチンと鍵の音をたてて、黒いカバンをしめ
ました。
 「もうおしまい?」
 「うん、もうおしまい」
 星売りは立ちあがり、帽子をかぶりなおし、カバンを持ちまし
た。
 女の子も立ちあがり、改札口に目を向けました。
 「おかあさ−ん!」
 女の子は改札口にかけていきます。一度だけ泉の方をふりむい
て、星売りに手ふりました。女の子の胸にさがった星のペンダント
がキラッとひかるのが見えました。
 夕方の地下の街は人であふれていました。 
 星売りは黒いカバンをさげて、広場をゆっくり歩いていきまし
た。そして、地上へ出る階段をさがしました。

 地下にはあんなに人があふれていたのに、地上に出るとさみしい
ほど誰にもあいませんでした。
 この星ヶ丘の街は、バスプ−ルも駐車場も、商店街もみんな地下
にもぐっているのです。 −こんなにきれいな夜空なのに…。なん
でみんな地面の下にもぐるんだろう。そりゃ、少しはさむいかもし
れないけれど、やっぱり星をながめながら歩く方がいい。
 星売りはさむい冬の空の下で、団地の建物にはさまれた白く光る
道を山にむかいました。 −アッ、流れ星!しかも双子の流れ星
だ。 
 星売りは流れ星をみつけました。
 流れ星が落ちた北の山に向かって、星売りは早足で歩いていきま
した。
    (おわり)

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copyright chie Nakatani 中谷千絵