ぼくの奥さん

  ぼくの奥さんはたまごが大好き。
  毎日、毎食、たまご、たまご、たまご。もちろんたまご料理じゃない料理だっ
てできるけれど、たまご料理がでない日は一日だってないくらい。いつのまに
かぼくもたまごのない食事なんて考えられないようになってしまった。
  たとえば奥さんの菜の花御飯はそりゃあみごとなもの。といっても、ただた
だ細かいいりたまごが、あったかい御飯の上にびっしりとのっているだけなん
だけれど。でも、あんな風に菜の花畑のようにみえるいりたまごを作ることは、
誰にもできることじやないと、ぼくは思っている。
  とにかく奥さんはたまごが大好きで、たまごを食べなきゃ目がさめず、たま
ごを食べなきゃ眠れない。でも、ぼくはそんなちょっと変わった奥さんのこと
や、たまごばかり出てくる食事のことはあまり気にならない。というのも奥さ
んはたまご料理かけては手品師の人だし、それよりなにより奥さんのお料理は
めっぼうおいしいのだから。

  ところで、これはないしょの話。
  ぼくは、奥さんが台所にたっている姿などをふとながめている時、たとえば
白いスカートをはいて、赤っぽいエブロンなんかつけているとき、奥さんはは
もしかしたらめんどりじやないのかなと思うときがある。といっても、別に口
をとがらせて、せわしなくしゃべるわけじゃないし、腕をパタパタさせるよう
なしぐさをするわけでもないし、いそがしそうにせかせか歩くというようなく
せがあるわけでもない。うしろ姿をながめていると、ただなんとなくそんな風
に思ったりすることがあるというだけのこと。むしろめんどりがぼくの奥さん
だって、ちっともかまわないと思っている。

  奥さんはとってもよく働くし、けっこうチャーミングだし、ぼくにはできす
ぎた奥さんかもしれない。
  けれど、ぼくはやっぱり、奥さんはもしかしたら、めんどりの生まれ変わり
じゃないかと思う時がある。というのは、ぼくたちが結婚したのは、もう二年
前のことことだから、その一年ほど前のこと、ぼくのところに毎朝たまごを配
達してくれるめんどりがやってきたことがあった。

  その頃ぼくは独身で、アパートで一人暮らしだった。ぼくはちっともまめな
ほうじゃないし、仕事がいそがしいのを口実に、とりわけ食事はいいかげんす
ぎるほど、いいかげんなものばかリ食べていた。
  朝ごはんは牛乳を飲めば上等のでき。昼食は毎日かわりばえのしないものば
かり。タ食などタ食といえるかどうか。あたふたといそがしかった日は、駅の
立ち喰いそば屋で、そばをかきこんで、とにかくお腹がふくれればいいという、
いまから考えるとぞっとする毎日だった。

  ある日早く、ぼくのアパートのブザーがなった。夢の続きだと思ったけれど、
それはほんとうにブザーの音だった。
  --- なんだよ、まだ暗いじゃないか。
  ぼくは寝言のようにつぶやいて、ふとんをかぶって耳をおさえた。まだ寝よ
うと思うのに、しつっこくビービーとブザーはなりつづける。うるさいブザー
の音にたまリかねて、ぼくはようやくおきあがり、ボサボサ頭のままドアをあ
けた。
  ドアの外はまだ暗く、ぼくはあくびをしながら目をこすった。すると、暗い
廊下で何だか白いかたまりがモゾモゾ動いていた。
  「おはようございます」
  さわやかな声が聞こえた。目をこすってよく見ると、白いかたまりはめんど
リだった。めんどリは白いたまごのいっぱいはいった黄色いかごを持っていた。
  「ブザーをならしたのは…」
  ぼくはドギマギして口の中でぼそぼそつぷやいた。
  「おはようございます」
  「はぁ〜〜」
  ぼくは声にならないうめき声をあげた。
  そして、何度も目をこすり、顔をこすった。
  「たまごいかがですか。生みたてですからそりゃあ親鮮ですよ。そこいらの
スーパーで売っているようなものとは、一味も二味も違います」
  「はあ、たまごですか」
  「朝ごはんはちゃんと食べてますか」
   めんどりは口うるさい母親のようないい方をした。ぼくは汗もないのに、
額をぬぐった。どう返事したらいいのか妙にのどがかわいて、「はああ…」と
いうかすれ声しかでなかった。めんどりはカゴをおろし、たまごを二つとって、
ぼくに差し出した。
  「二つで五十円。よろしければ、あしたから配達させていただきます。たま
ごは新しいほどおいしいですから」
  うむを言わせず、めんどりはたまごを二つぼくにおしつけた。
  「月末にまとめて集金させていただきます」
   めんどりはそういってかえっていった。
  
  ぼくの手のひらの上に、みょうになまあたたかい白いたまごがふたつのっていた。
  --- なんだか変なの。

  ぼくはちょっと首をひねったけれど、あすから、毎朝ふたつづつたまごが届
くのは悪くないと思ったから、深く考えないことにした。
  めんどりのおかげで、その朝はいつもより一時間もはやく起きることになっ
てしまった。ガス・レンジの前にたったまま、ぼくはゆでたまごができるまで、
何度もあくびをくりかえした。
  何年かぶりでぼくはまともな朝ごはんをを食べた。めんどりがもってきてく
れたたまごは、ただゆでただけなのにとてもおいしかった。

  次の日から、たまごがふたつづつ届くようになった。
  その日から、ぼくは毎朝ゆでたまごをふたつ食べるようになった。毎朝6時
にブザーがビービービーと三回なるのが、たまごが届いたしるし。それからひ
と寝入りして、ドアをあけて、戸口においてあるたまごを取リに行く。そして、
ゆでたまごをつくるのがぼくの朝の日課になった。毎朝、毎朝、きっちリたま
ごをふたつづつ食べ続けたけれど、そのたまごば不思議においしくて、あきて
しまうことはなかった。
  月の終りの日、めんどりはわすれずに集金にきた。けれど、めんどりは計算
がへただった。
  「今月は三十一日で、日曜日が四回だから、二十七日分、それに一日五十円で…、
え〜っと?」
  「千三百五十円!」
  「ええ、そうそう」
   めんどりはいつもこんなぐあいだった。めんどりは計算がへただったから
かどうかはわからないけれど、しばらくすると若い女の人が集金にくるように
なった。月末に一度だけ、ほんの一分ほどだけあう女の人は、話しかけても必
要なことしかしやべらなかった。でも、その人はとても礼儀正しく、用事をす
ますといつも深々とおじぎをして、帰っていった。話しらしい話しはほとんど
しなかったけれど、彼女はとても好ましい人だとぼくは思っていた。

  その人はいつも帰りがけにこう言った。「たまごのほかに、ご用はあリませ
んか」と。届けてもらうのはたまごのほかに思いつくものがなかったから、ぼ
くはいつも「今のところはあリません」と答えた。

  ある時、その人が「ほかのご用は…?」と聞いたとき、少しずうずうしいか
なと思ったけれど、「あすからゆでたまごにしてくれませんか」と頼んでみた。
するとその人はコクンとうなずいて帰っていった。

  次の日から毎朝、ほかほかのゆでたまごが届くようになった。
  次にその人がやって来て、「ほかにご用は…?」と聞いたとき、ぼくはおず
おずと玄関の掃除を頼んだ。すると、その人はいやな顔なんかちっともみせず
に、さっさと掃除をしてくれた。そしてついでに、小さなキッチンまで掃除を
してくれたのです。
  そのうち、その人は集金日でもないのに、ぼくのアパートにきてタ食をつく
り、それはいつもたまご料理だったけれど、いっしょに食べていくようになっ
た。そして、いつのまにか、ぼくが仕事から帰ってくると、その人はアパート
にいるようになった。そして、気がつくと、ぼくたちは結婚していて、ついこ
の間、女の子のあかん坊が生まれた。

  いまでも、毎朝、たまごが届いているのかどうか、ぼくは知らない。ときど
き、ぼくはふと、奥さんを見ていてたまごを届けてくれたあのめんどりがぼく
の奥さんなのかなと思うことがある。でも、奥さんはぼくに隠しごとをしてい
るような風でもない。ただ、ぼくの奥さんはたまごが好きだし、たまご料理が
得意だ。でもだからといって、ぼくの奥さんが、むかし、めんどりだったなん
て考えるのもおかしな話。(おわり)


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