My little fantasy
しゃぼん玉とんで
夕暮れの公園のかたすみで女の子がひとり、しゃぼん玉をふいていました。
片手に小さなコップを持って、うつむきかげんでストローをふいています。公
園を横切ろうとした私の目の前をしゃぼん玉がふわふわといくつもとんできま
す。ゆるやかな風にのってしゃぼん玉はあとからあとからとんできました。私
は思わず立ち止まり、空をみあげてしゃぼん玉のゆくえをおいました。
女の子はあきずにしゃぼん玉をふき続けます。ストローの先からつぎつぎに
ふき出されるしゃぼん玉には目もくれず、ただただ肩を軽く上下させて、女の
子はしゃぼん玉をふき続けていました。ときおり吹いてくるやわらかい風がしゃ
ぼん玉を空にすくいあげ、女の子が着ている小花模様のワンピースのすそをゆ
らしていました。
私は、たちつくしたまま女の子の姿をながめていました。
あたりにはいつしか花びらをくるんだしゃぼん玉が海のあわのようにただ
よっているのに私は気がつきました。女の子が吹きだすしゃぼん玉はすみれ色
や赤や黄色の小花をつつみこんでいるいるではありませんか。あたりには金も
くせいに似たあまいにおいがただよっています。私はクシュンとひとつ小さな
くしゃみをしました。
女の子はあいかわらずストローを口にあて、小さく肩をゆすりながらしゃ
ぼん玉をふき続けていました。
え/(なかたにちえ)
やがて、女の子はコップを顔の前にもっていき二、三度ふりました。
「ああ、なくなっちゃった」
それでも女の子はコップをななめにして、底にわずかに残っている液をスト
ローにつけました。それからたて続けにいくつかのしゃぼん玉をふき出すと、
女の子の口に加えたストローからはしゃぼん玉はもう出てきませんでした。そ
して、私のまわりにただよっていたしゃぼん玉ももうあとかたもなく消えてい
ました。私はふうっと大きな息をつきました。そして、女の子の姿をながめて
私はあっと声をあげました。
「あの子のワンピースは花模様だったのに…」
なんどながめても女の子の服はちょっとふくらんだ袖のあわいピンク色の無地の
ワンピースでした。
女の子はしゃぼん玉液でべとべとになった手をスカートにこすりつけ、指を
一本一本スカートでぬぐっています。
「くらくなっちゃった。はやくかえらなくちゃ」
女の子はもうすっかり日が暮れた空をみあげてつぶやき、そしてかけだそうとし
ました。とっさに私は女の子をよびとめました。
「ね、おしえて!そのしゃぼん玉液はどうして作ったの?」
女の子はからっぽになったコップをにぎりしめて、不思議そうな顔でまじま
じと私をみつめました。
「しゃぼん玉はいつもそこの角のおもちゃ屋さんで買うの」
「そう、そうなの。ありがとう」
女の子はにこっと笑い、くるりと向きをかえました。まわったときスカートがふわっとふくらみ、ワンピースの赤い小花模様が私の目にとびこんできました。
「ああ、やっぱり花模様だった」
私は思わずふっと大きな息をつき女の子の後ろ姿をながめました。
スカートのすそをひるがえし、女の子は長い髪をゆらしながらかけていきました。
copyright Chie Nakatani 中谷千絵