My little fantasy

たんぽぽしんぶん

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^気がつくと真夜中でした。
時計が目がはいったとたん竹田さんは思わずフワーッとなまあくび。ずっと鉛筆をにぎりしめていたので、右手の中指のペンダコが赤くなってはれています。今日はどういうわけかいい考えがまとまらなくて。仕事がまったくはかどりません。ガラス越しに見える公園はひっそりと静かで、ブランコのあたりだけが、水銀灯の下でほんのりあかるく浮かびあがって見えました

−ブランコか。
「ブランコ」とつぶやいたとたん、竹田さんはふとブランコに乗ってみたいと思いま した。お日様の下の明るい公園なら、大人が一人で照れ臭くてブランコになんかに乗れません。でも、今なら、誰にも見られない。そう思ったら、竹田さんはむしょうにブランコに乗ってみたくなりました。

^−ちょっと休けいだ。
そうつぶやくときゅうにわくわくしました。竹田さんはアパートの階段をしのび足で下りて、ヒタヒタとスリッパの音をさせて公園に向かいます。
ブランコの鎖は指がふるえるほど冷たく凍っていました。座ってみると思いのほか窮屈です。鎖をにぎりしめ、竹田さんはそっとブランコをゆらします。ちょっとゆすっただけなのに、ブランコはむやみに大きな音をひびかせました。
ギーッという音は、はじめはとてつもなく大きな音に聞こえていましたが、だんだん軽くリズミカルな音になって、いつのまにか気にならなくなりました。
−なつかしいなぁ。
竹田さんはいつしか目をつむり、足だけ折ったり、のばしたりして、ブランコをこぎ続けました。ふと気がつくと、ギーコ、ギーコときしむ音にまじって、少し軽くキーコ、キーコと音が聞こえています。
−あれっ、隣のブランコがゆれているぞ。
竹田さんは思わずもう一つのブランコに目をやりました。ブランコは椅子の上に黄色いかたまりを乗せて、前に後ろにふんわりゆれていました。竹田さんはブランコをとめると、体を乗り出すようにして隣のブランコをながめました。
−あれれっ、うさぎだ、それも黄色の。


^竹田さんは目をこすり、それからパチパチとまばたきをしました。そして、ブランコをこいでいる黄色いうさぎの姿をまじまじとながめました。
うさぎの乗ったブランコがだんだんゆっくりになっていきます。
「こんばんわ」
ブランコがとまると、うさぎは坐ったまま顔だけ竹田さんの方を向けてあいさつをしました。
「今日はいつになく星がきれいです」
うさぎば妙に落ち着いて話しかけます。
「ええ………」
竹田さんは空をみあげました。
「ああ、申しおくれました。私は、たんぽぽうさぎのジロウと申します。たんぽぽ新間社のデザイナーです」
黄色いいうさぎはよどみなくいいました。
「私は竹田と申します。私も広告会社のデザイナーでして、あなたと同じような仕事といいますか」
といってはみたものの、竹田さんはしどろもどろ。たんぽぽ新間社なんてはじめて耳にする名前でしたし、ましてうさぎとデザイナーという仕事がぴったり結びつきません。でも、ジロウ氏は竹田さんのへどもどした様子など気にもとめず、おしゃべりをつづけます。


^「春のはじめは一年中で一番忙しい。ここのところ夜もろくろく寝ていないのですよ。おかげで、ほら、このとおり、目はまっ赤。疲れがたまっていいアイディアがうかばない。おまけに肩が痛くて、線を引くだけのことにいつもの倍の時間がかかって、どうにも仕事がはかどりません。ちょっとひと休みです」
「なるほど。実は私も同じ…」
竹田さんはちらかった机を思い出してしまいました。ジロウ氏はウンウンとあいずちをうって、またゆっくりとブランコをゆらしはじめます。
竹田さんは夢のなかでブランコに乗っているのかと思いました。横を向いて、そっとほっぺたをつねってみましたが 何も変わりません。ジロウ氏は満足そうに優雅にブランコをこいでいました。
キーコ、キーコ、キーコ
ジロウ氏の乗ったブランコがふわ−り、ふわ−りふわーり竹田さんの目の前を動きます。竹田さんもゆっくりブランコをゆらし続けました。
「ああ、いい気分ですね」と竹田さん。
「ええ、最高にいい気分です」とジロウ氏。
二人は夜空をみあげながら、ゆっくりブランコをこぎました。
竹田さんはジロウ氏と気のあういい友だちになれそうな気がしました。
「すこし冷えてきましたね。よろしかったら私の部屋でお茶でもいかがですか」
竹田さんはすぐ目の前に見える自分のアパートを指さして、ジロウ氏をさそいました。アパートの2階のちょうど真ん中あたり、竹田さんの部屋にだけあかりがともっています。ジロウ氏はかるくうなずいて、ブランコからいきなりピョーンととびおりました。

^窓をあけはなしたまま公園に行ったものですから、竹田さんの部屋は夜風ですっかり冷えきっていました。竹田さんが窓をしめようとすると、ジロウ氏は首をふってとめました。
「そのままの方がいいですよ」
ジロウ氏は窓から夜空をながめながら言いました。
あけはなした窓から冷たい風がふきこんでいましたが、ジロウ氏は窓ぎわのクッションにもたれるようにしてすわりました。
竹田さんは紅茶をいれました。めずらしく砂糖をたっぷりいれて、ミルクもたくさんいれました。ジロウ氏は大き目の紅茶カップをかかえこむようにして、手をあたためながら紅茶を飲みました。
竹田さんは何度もジロウ氏に話しかけようとしました。たんぽぽ新聞のでき具合はいかがですかとか、お休みの日は何をしてすごしているのですかとか、言葉が口から出かかるのですが、クッションにもたれてすっかりくつろいでいるジロウ氏の姿を見ると、聞くことなど何もないようにも思いました。


^少し強い風がふきはじめたのか、ときおり窓がカタカタと音をたてます。カーテンが風を受けてふわ〜りとまきあがりました。
すると、竹田さんの机の上にあった書きかけのポスターが風にあおられてふわりと床におち、ジロウ氏の目の前にとびました。ジロウ氏は作りかけのポスターの下絵をまじまじとながめます。
「ああ、それはまだできていません。まだ考えがまとまらなくて」
竹田さんはあわてていいわけしました。
とろこが、ジロウ氏は真剣な目でポスターをながめます。
「ここはもっとあざやかな赤色の方がよくありませんか。そして、ここのところ、もうすこし斜めに太い線が入った方が文字がひきたちませんか」
ジロウ氏はいろんな方向からポスターをながめながらもごもごとつぶやきました。
−そうだ、そうしてみたら、いい感じになりそうだ。
竹田さんはジロウ氏の一言でスーッと気分がかるくなっていくような気がしました。

^しばらくしたらたんぽぽ新聞をお届けしますといってジロウ氏が帰ったのは。もう真夜中の三時をすぎた頃でした。
−ああ、いい夜だったな。ジロウ氏のおかげで、このポスターはきっとよくなるぞ。
すっかり落ち着いた気分で竹田さんは机の前にすわりました。不思議に疲れはなくなり、眠気はすっかりとんでいました。竹田さんはポスターに向かい、鉛筆でさっと線を一本ひきました。

^「これはいい、このポスターは とてもよくできているねぇ。きっと評判になるよ」 編集長が笑顔でほめてくれたとおり、竹田さんが徹夜で仕上げたポスターはなかなかのできばえでした。
−実は、昨夜いい友だちに出会いましてね。
竹田さんがそう答えようとしたとたん、編集長の机の上の電話がけたたましく鳴り出しました。そして、竹田さんは次ぎの仕事の打合せのために街にとび出して行かなけれぱなりませんでした。

^その日から、仕事が立て込み、竹田さんがアパートに帰ってくるのは真夜中近く。ゆっくり公園をながめることもできなくなっていました。ときおり、ふとジロウ氏と出会った夜のことを思い出して、公園をながめてはみるのですが、ジロウ氏の姿はありませんでした。

^ひさしぶりの休日です。春の陽ざしはポカポカと暖かく、竹田さんは窓ぎわにおいたロッキングチェアでに昼寝をしていました。
たんぽぽのわた毛がどこからかがとんできて、竹田さんのおなかの上におちました。そしてまたひとつ、今度は鼻の上におちました。大きなくしゃみが出て竹田さんは目をさましました。
窓辺にたんぽぽのわた毛がふわりふわりととんでいるのが見えました。
−風なんか吹いていないのになぁ。
首をかしげてつぶやいたとたん、竹田さんはたんぱぽうさぎのジロウ氏のことを思い出しました。
−たんぽぽ新聞社っていったっけ。
あわてて窓際にたって、公園をながめると、公園の芝生のあちこちに、黄色いたんぽぽのの花がいくつもさいでいるのが見えました。
−ああ、なんてたくさんたんぽぽがたくさん咲いているんだろう。こんなにゆっくり公園の景色をながめたのは初めてだ。きっとあちこちでたんぽぽが咲いているんだろうな。竹田さんはうきうきして、すっかり春らしくなった公園をながめ、気持よさそうにウーンと声をあげて、背のびをしました。

^その日、夜空の星は、竹田さんがジロウ氏に出会った夜のようにとてもきれいでした。
−今日あたり、もう一度ジロウ氏にあえるかもしれない。
そう思うと竹田さんはわくわくしました。
^真夜中の公園のブランコで竹田さんはジロウを待ってみました。けれど、竹田さんはジロウ氏にあうことはできませんでした。竹田さんはひとりブランコをゆらしました。そして、公園をゆっくり歩きながら、白くなったたんぱぽの花をひとつ取り、フーッと息をふきかけてみました。白いわた毛が、いくつもいくつも夜の空にまいあがっていきます。
−たんぼぽの新間うけとりましたよ。
竹田さんはそうつぶやきながら、もうひとつわた毛をふきました。

copyright Chie Nakatani 中谷千絵