中国・大連
APRIL/2002

 中国は大連の街に行きました。結構良い天気でした。 泊まったホテルは大連なのになぜかスイスホテルです。ホテルは市の中心にありマイカル大連の真横です。
 紹介するのは街、旅順203高地、ホテルなどです。

 旅順の 203高地は、日露戦争の遺跡ですね。標高が203mなので203高地らしいです。旅順市から少し山に登ったところにあります。大連市から旅順市まで車で約1時間です。そこから車で10分くらいのところに上り口があります。徒歩で約10分くらい登ると頂上にたどり着きます。

  行った感想としては、こんなところで日本兵が1万5000人も本当に死んだのかよく判らないほど小さい小高い岡でした。ひょう量攻めとか前のもう一つの山に大砲を置いて攻撃すればいいような気がしました。こんなに犠牲者が出るのは作戦が下手すぎる?

旅順203高地
旅順日露戦争石碑-203高地

旅順の北西約2キロにある小丘で、標高203メートル、日露戦争の激戦地として知られている。
1988年12月20日に建てられた石碑です。ほぼ山頂にありました。

203高地の石碑

1985年7月11日に建てられた石碑です。上の石碑の隣です。

 

203高地の記念碑

203高地の頂上にある記念碑です
乃木大将命名の「爾霊山」の文字が刻まれていますが写真では右側にわずかに見えるだけです。

 

本物の機関砲? →

 記念撮影に使ってました。貸衣装の軍服もありました。

 

ロシア軍の塹壕

頂上付近にあった、えらい綺麗な塹壕でした。

 

旅順市街と旅順港

 頂上から見た旅順市街と旅順港。雲ひとつ無い良い天気でしたので、はるか彼方の旅順市内や軍港まで見渡せました。

 はるか明治の昔、日本軍はここから旅順港をみて旅順港にいるロシア艦船を砲撃し撃沈したのですね。

 

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