English Page is here .
人々の飛ぶことに対する憧れと畏敬の念が神々に羽を与えた
紀元前3000年頃:古代エジプトの王ファラオの祖,ホルス神(太陽神) 紀元前1500年頃:古代ヒッタイトの母なる女神の裸像 紀元前1000年頃:バビロニアの神々の彫像 紀元前1000年頃:古代アッシリアの浮き彫り 紀元前195頃:古代ギリシャのサモトラケのニーケ(翼を持つ勝利の女神の像) ギリシャ神話のイカロスとダイダロス 息子のイカロスは父のダイダロスの言いつけを守らず太陽に近づ きすぎ、風切り羽の鑞が熔けて落ちてしまうが、ダイダロスはク レタからイタリアのキュメまで50km近く飛びきった
この項はアレン・アンドルーズ著,河野健一訳 「空飛ぶ機械に賭けた男たち」 (1979)草思社,ISBN4-7942-0101-x を参考にした。
空への憧れが無謀とも思える挑戦を挑発した。
紀元前2250年:中国の皇帝,舜
紀元前852年?:イングランド王,ブラドッド
890年:サラセン人,アッパサ・ペン・フィルナサ
1130年:イングランド,エルマー
1490年,1503年:イタリア,ジョバンニ・パティスタ・ダンティ
1507年:イタリア,ジョパンニ・ダミアン
1742年:フランス、バックビル侯爵(イラスト参照)
1785年:日本,浮田幸吉
1787年:沖縄,安里周祥(イラスト参照)
1912年:オーストリア,フランツ・ライヘルト
1954年:フランス,レオ・バランタン
当初,人類が空を飛ぶということを実現する唯一の解であった人力羽ばたき飛行機であるが、数々の航空力学の成功がその意味を変化させた。
1783年11月21日:フランス,モンゴルフィエ兄弟の熱気球の有人飛行の成功
人力羽ばたき機は有人飛行のための唯一の方法ではなくなった。
1799年:イギリス,ジョージ・ケーリー卿による固定翼を用いた飛行機のアイデア
羽ばたき翼は揚力と推力を同時に発生させる必要がなくたった。
1903年12月17日:アメリカ,ライト兄弟のフライヤー号の有人飛行の成功
人力に代わって動力として内燃機関が航空界を支えるようになる。
1961年11月9日:イギリス,SUMPAC号, 1961年11月16日:puffin号
2機の人力飛行機の初飛行
人力による飛行法としてプロペラ機が中心となる。
1989年12月:ダ・ヴィンチIII号の人力ヘリコプターの初飛行
羽ばたきは人力飛行に関する最後の未踏峰となる。
多くの挑戦があったが、後世に発展をもたらした成果はあまり多くない。
1490年:レオナルド・ダ・ビンチのオーニソプターの設計
初めての人力羽ばたき飛行機の設計図
1849年:ジョージ・ケーリー卿のオールドフライヤー号の有人滑空
固定翼による揚力,羽ばたき翼による推力という形態の成功例
1869年-1896年:オットー・リリエンタールの2000回以上の滑空テスト
膨大,詳細なデータの集積
1929年:リプシュによる人力羽ばたき飛行機のカタパルトを用いた飛行
この飛行機は最も科学的に作られたものであるが資料が
Lippisch, A.M., Man Powered Flight in 1929.
Journal of the Royal Aeronautial Society,
vol.64, July 1060. pp.395-398
写真は日本大学航空研究会のページの中にあります
の一編しか知られていない。情報をこのページの作者まで。
1959年:ヴォーゲルによる人力羽ばたき飛行機のカタパルトを用いた飛行
文献として
Beranek. L., Der Schwingenflug, eine Technische Realitat.,
Deitsche Flugtechnik, Bd 1, 1959
があるそうだが、入手できず。情報をこのページの作者まで。
1960年:Hartmanよる人力羽ばたき飛行機のカタパルトを用いた飛行。
1993年:日本,Silver Shooting Stars制作の迦楼羅号
カタパルトを用いたテスト。