京都に関する本 のページ
 純文学・歴史小説編


 金閣寺 古都 この世をば 西行花伝 陰翳礼賛 竜馬がゆく 細雪
 虞美人草 さゆり 檸檬 いちげんさん 松風の家 暗夜行路
 帰郷


 「金閣寺」 三島由紀夫 著  新潮文庫 刊
         衝撃でした。いまだに読後の余韻が残っています。若干リアリティ
        に欠けると思われるものの深く鋭い心理描写。全体を通して流れてい
        る憂いを帯びた美しい時間の流れ。芸術家というものは、我々と同じ
        ものを見ていても比べものにならないくらい多くのことを知り感じる
        ことができるのだと改めて痛感しました。
         これは昭和25年夏に実際に起こった寺僧の放火による鹿苑寺金閣
        焼失事件をベースとしたフィクションです。ここで金閣は美の象徴と
        して現れます。舞台は当然京都で、鹿苑寺の他、南禅寺や嵐山などの
        地名が出てきますが、美の象徴としての金閣が重要で、舞台が京都で
        あることの必然性は見受けられません。ドストエフスキーの傑作「罪
        と罰」でのサンクト・ペテルブルクくらいの必然性の様に思います。
        主人公である寺僧の心理こそが舞台となっています。(しかし「罪と
        罰」に見受けられる宗教性は見受けられません。)
         私は恥ずかしながらこの作品が初めての三島文学なのですが、それ
        を今後悔しています。

「古都」  川端康成 著  新潮文庫 刊
      舞台略地図
         美しいと思いました。三島由紀夫の張りつめたような美ではなく、
        憂いを帯びたしっとりとした美がそこにはあります。「金閣寺」は京
        都が舞台である必然性は無いように私には思われるのですが、この「
        古都」の舞台はどうしても京都でなければならず、京都が舞台である
        からこそ生まれたのではないかと思います。古き良き京都を感じるこ
        とができます。
         生き別れになっていた双子の姉妹のこの物語は、春の平安神宮神苑
        の紅枝垂れから始まり、高雄の楓の新緑、祇園祭、時代祭、雪の北山
        杉と、京都の美しい四季のうつろいを、いろいろな行事などを交えな
        がら春の風に舞い散る桜の花びらのように展開されていきます。
         この物語全体に渡る、物憂げな美しいトーンを作り出している大き
        な要因は、主人公達の「京ことば」であると私は思います。今ではこ
        うした美しい京ことばはあまり聞かれなくなりましたが、私などは女
        性が京ことば話されるだけで優美な衣を纏ってられる様に感じ、惹き
        つけられてしまいます。例によって身内贔屓かもしれませんが・・・
         私などは、著者がその目でご覧になるようには感性豊かに事象を見
        ることはできませんので、物語を読んで心に描く京の方が実際に私の
        目に映る京よりも美しく思えます。
         これを元に映画も数本撮られていますが、残念ながらこの物語の美
        しさを表現しきったものは無いように思います。ことばのせいかもし
        れませんが・・・。
         是非とも読んでみて下さい。

 「この世をば」 永井路子著  新潮文庫 刊
       舞台略地図
         平安時代中期、小学校の歴史の時間に習った「摂関政治」の象徴で
        ある藤原道長を主人公にする物語です。このページをご覧いただいて
        いる女性からの推薦です。
         私はどちらかというと「源氏物語」よりも「平家物語」、恋愛小説
        よりも血沸き肉踊るような小説の方が好きだったものですから、太平
        安定と見えるこの時代の話は今まで興味を示さず、故に殆ど知識を持
        っていなかったのですが、この小説のおかげで摂関政治時代の朝廷の
        概略を知ることができました。歴史小説を読む際の常として、作者の
        思い入れ、解釈を差し引いて史実を見つめる必要はあるかと思います
        が、フィクションの中に適度に貴族の日記などの現存する文献が散り
        ばめられています。
         非常に読みやすい本です。登場人物の会話も少々現代的過ぎるので
        はと思われるくらいに平易です。難を言えば登場人物の殆どの姓が藤
        原の為名前と人物同士の関係がなかなか覚えづらいのですが、この点
        を藤原氏の系図を挿入するという配慮で救っています。
         この小説の中では、主人公である道長を幸運な凡夫として扱ってい
        ます。そして周囲の女性に守られながら徐々に成長していく道長を描
        いています。通常歴史の本などを見ていると、女性が役割を持って語
        られることは少なく、日本の歴史上では持統天皇や北条政子・日野富
        子くらいしか表舞台に出てきません。しかしこの小説では女性が生き
        生きと重要な役割を持って登場します。作者が女性ということもある
        のでしょうが、なるほど史実はこの通りかもしれないなと思えてきま
        す。
         「源氏物語」の著者・紫式部や「枕草子」の著者清少納言も同時代
        を生きた人物、この物語の中でも再三登場します
         藤原氏一族の間の権謀術策という本来であればどろどろとして陰惨
        な話なのですが、作者のユーモアと皮肉のセンスのおかげで読後感は
        軽やかです。
         それにしてもこの頃の朝廷=日本政府は、京都の一地方政権くらい
        の力しか持っていなかったようですね。首都の京都における警察力も
        持っていなかったようです。彼ら平安貴族がし烈な権力闘争を繰り広
        げる世界は、所詮内裏という狭い世界でのことであり、後世の我々か
        ら見ると滑稽とも思えてきます。軍事的強制力を持った武家が台頭す
        るまでのつかの間の平安の時代です。
         最後になりましたがこの本をご紹介下さった埼玉のSさん、有難う
        ございます。

 「西行花伝」  辻邦生 著  新潮社 刊

   「西行花伝」関連地名簡単Map
         平安末期を生きた歌人として有名な西行を描いた歴史小説です。「
        背教者ユリアヌス」などを送り出している著者ですが、独特の憂いを
        帯びた美しい文体に引き込まれます。そこには、三島由紀夫のような
        張りつめたような美とは別種の美があるように思います。
         実は私、いままで和歌というのが苦手で、中学の頃百人一首を覚え
        させられた折などは、苦痛以外の何者でもありませんでした。難解で
        近寄り難いものと考えていました。しかしこの「西行花伝」では、か
        つて北面の武士(分かりやすく言いますと近衛兵みたいなもの)であ
        った西行の思い出を周囲の人々が回想する中で、巧みに彼の歌を織り
        込んでいるため親しみやすいです。もちろん歴史小説ですから、史実
        をベースにしたフィクションです。しかし西行が生きてきたどういっ
        た状況の中で、どういった心理の中で彼の歌が生み出されていったの
        か、背景を交えながら分かりやすく自然に書かれているために、すん
        なりと私の心の中に歌がしみこんできます。これをきっかけに歌に対
        する興味が少し湧いてきました。
         西行が生きたのは保元・平治の乱、源平合戦の混乱の時代。院政が
        終わり、武家が台頭する大きな変革の時代です。そんな中、将来有望
        で妻もあった若い佐藤義清が、何故出家し西行となったのか、そして
        その後どう生きていったのか、法金剛院や小倉山の麓、東山、吉野、
        奥州などを舞台として美しく描き出されています。
         普段は文庫本を持ち歩く私ですが、これはハードカバーを購入しま
        した。文庫本の有無は分かりません。お手数ですが書店にてお尋ね下
        さい。

        P.S. 19972月現在では、文庫本は出ていないそうです。残念。
           この情報をお教えいただいた京都のMさん有難うございます。
           ちなみにハードカバーはかなり分厚くて重いです。持ち歩きに
           は少々不便ですね。価格も3,500円と結構しますし。文庫本が
           出るのを待つ方が良いかもしれませんね。

 「陰翳礼賛」  谷崎潤一郎 著  中公文庫 刊

         茶室や、「瓢亭」などの料亭でよく見受けられる数寄屋建築では、
        極力光を押さえた闇を演出することが多いように思います。その闇の
        中にかすかに滲む障子越しの明かり、蝋燭のゆらめく明かりは、まさ
        に幽玄の世界を創り出します。闇があるからこそ光が美しい。
         「陰翳礼賛」の中で谷崎氏はこうおっしゃっています。
         「もし日本座敷を一つの墨絵にたとえるなら、障子は墨色の最も淡
        い部分であり、床の間は最も濃い部分である。私は、数奇を凝らした
        日本座敷の床の間を見る毎に、いかに日本人が陰翳の秘密を理解し、
        光りと陰との使い分けに巧妙であるかに感嘆する。なぜなら、そこに
        はこれと云う特別なしつらえたあるのではない。要するにただ清楚な
        木材と清楚な壁とを以て一つの凹んだ空間を仕切り、そこへ引き入れ
        られた光線が凹みの此処彼処へ朦朧たる隈を生むようにする。にも拘
        わらず、われらは落懸のうしろや、花活の周囲や、違い棚の下などを
        填めている闇を眺めて、それが何でもない陰であることを知りながら
        も、そこの空気だけがシーンと沈み切っているような、永劫不変の閑
        寂がその暗がりを領しているような感銘を受ける。」
         長くなりました。もちろんこれは京都のみに関する本ではありませ
        ん。ただ、京都に多くある茶室などを訪れる機会がおありなら、この
        本を読んでから行かれることをお勧めしたくて紹介しました。(もっ
        とも最近では、蛍光灯の明かりで照らしているような野暮なところも
        多いように思いますが・・・。)
         最後になりましたが、この素晴らしい書物の存在を思い出させて下
        さった東京のYさんにお礼を申し上げます。


 「竜馬がゆく」  司馬遼太郎 著  文芸春秋 刊
   竜馬がゆく関連MAP
         日本史上、尊敬する人物は織田信長と坂本龍馬です。坂本龍馬の場
        合、正確に言いますと「司馬遼太郎の坂本龍馬」なのです。
         最近では司馬氏が亡くなったり、この本のTV化などにより改めて有
        名になっている坂本龍馬ですが、そんな坂本龍馬を尊敬する人々にと
        って、この本はバイブルの様になっているのではないでしょうか?
         他の本の紹介でも書いていますが、歴史小説というのは作者の思い
        入れや独自の解釈・宗教観などを差し引いて読まないと、史実を見誤
        ると思います。もちろん司馬氏もその天才的な描写によって、痛快な
        龍馬の活躍を描き出しており、それら全てが史実では無いのですが、
        この方はそのベースとして、自信の宗教観等を排除した史実の冷静で
        客観的な科学的分析、各人物の緻密な調査を踏まえており、できうる
        限り史実を再現しようとされているように思われます。学術論文を読
        みやすくしておられる様な心地すらします。
         さてこの本の龍馬は、まさに天衣無縫、先見の明に富み、非常に魅
        力的です。血中にアドレナリンが駆けめぐり、読後感はすがすがしい
        です。
         この日本にとって他のアジア各国同様、西洋列強の植民地化への危
        機的状況の中で、坂本龍馬という人物が生まれたということに感謝せ
        ざるを得ません。
         もちろん舞台は京都に限らず、土佐や江戸・長崎など龍馬の行動力
        を裏付けるように日本全国に渡っているのですが、明治維新への政治
        的中心地であった京都にも、龍馬のお墓を初めとして、その足跡が多
        く残っています。

 「細雪」     谷崎潤一郎 著  中公文庫他 刊
   舞台略地図
         関西と一口に申しましても、京都や大阪、神戸とそれぞれに独自の
        文化圏をもった地域の集まりでもあります。それぞれの街に住む人々
        は、それぞれに街に愛着と誇り持っており。関西人とひとくくりにさ
        れるのを好みません。
         言葉もいわゆる「関西弁」とひとくくりにはできません。京ことば
        に大阪言葉、神戸の言葉はそれぞれ違います。大阪でも船場の言葉や
        河内弁、浪花弁等々でかなり違いがあります。
         「細雪」は船場生まれの美しい女性四姉妹が織り成す物語です。そ
        の緩やかで優美な時の流れの演出を大いに荷っているのが、彼女達が
        話す船場の「大阪ことば」です。彼女達が物語の中で標準語など話せ
        ば、「細雪」という物語は全く異なった無味乾燥なものになってしま
        うのではないかと思える程です。
         彼女達の話す「大阪ことば」は、「古都」の「京ことば」同様、失
        われようとしています。第二次世界大戦の空襲とともに失われた大阪
        の優美を「細雪」を通してご覧下さい。

         大阪と蘆屋をメイン・ステージとする物語ですが、姉妹が毎年四月
        の花見に京都を訪れます。
        「鯛でも明石鯛でなければ旨がらない幸子は、花も京都の花でなけれ
        ば見たような気がしないのであった。」
         この長編小説では、移り行く季節が織り成す情景もその楽しみのひ
        とつなのですが、何度か訪れる春に、決まって京都の桜が出てきます
        。そんな彼女達、いえ、谷崎潤一郎がもっとも愛するのが「平安神宮
        神苑」の紅枝垂れです。

         皆さんも彼女達同様、季節感を生活のメロディーとしてみられては
        如何でしょうか。

 「虞美人草」   夏目漱石 著   岩波文庫他 刊

         最初に弁解しておきますと、この虞美人草は、夏目漱石が好きな私
        が、夏目漱石の作品を一つでもこのページに載せたいと考えて、無理
        に「京都に関する本」と拡大解釈しています(^ ^; もちろん、舞台と
        して京都は登場します。冒頭に主人公達が登るのは比叡山です。そし
        て、自身京都を訪れている漱石の体験を元にしてか、春の京都の情景
        が、格調高い文体で描かれています。しかし、舞台としての京都に必
        然性はなく、ここで求められるのは象徴としての京都ではなかろうか
        と思います。

         主人公の甲野さん、そして悪女として描かれるその妹の藤尾と、高
        慢な彼女が自らの夫として絡め取ろうとする男、小野さん。自らの心
        を偽りの善行で覆い、藤尾を妻にしようとする小野さんには、藤尾と
        は対称的に古き日本の女性、小夜子という許嫁がいます。その小夜子
        が老いた父と共に、古き日本の象徴としての京都から東京へ、小野さ
        んを頼ってくるのです。この作品では、京都は過去です。

         ストーリーとしては、勧善懲悪という一見非常に明解なものであり
        なら、これらを諸処に散りばめられた、漢詩の如き美しい情景描写で
        包むこみ、この作品は、豊穣の言葉の芸術品たらしめられているよう
        に思います。日本語とは、なんと美しいことばなのでしょうか。。。
        そして、それらの美しき景色の中を、真直ぐに流れる川の如き甲野さ
        んの苦悩と漱石の倫理観が、始めから終わりまで澱むことなく貫かれ
        ています。

         夏目漱石の作品の内、私の最も好きなのが「こころ」。そして「行
        人」、さらに「三四郎」「それから」「門」と続く三部作。これらと
        共に方法は違えども私を魅了した作品です。

 「さゆり」   アーサー・ゴールデン 著 小川高義 訳 文芸春秋 刊

         第二次世界大戦前後の祇園を舞台とした、芸妓さんの物語です。か
        つての、今や既に消え去ろうとしている情緒溢れる祇園を舞台として
        主人公である芸妓さんが、一人称でその半生を綴られます。作者曰く
        この物語はフィクションということです。
         当時、800名もの舞妓、芸妓が存在した祇園の華やかさ、哀しさ、
        豊穣が、ゆるやかではんなりとした、精緻な文体で描かれています。
        その陰翳を優しく映し出しています。
         表面的には淡々として語りつつも、極めて情感溢れる物語となって
        います。能面の微笑みの下に隠された激しいまでの情念。花街の言葉
        も正確で美しい。
         作者が、あとがきの中で次のように語っています。
        「私の小説をお読みくださるなら、歴史の事実にどこまで近づいたか
        という判断ではなく、小説の評価として最も大切なことを基準にお考
        えいただきたいのです。つまり、読み終えたときの感覚はどんなもの
        でしょうか。どこか別の世界へ入り込んで、思いもよらない人々や場
        所や時間を知ることができた、というように感じていただければよい
        のですが。」
        私はその別の世界に入り込んで、まだ出られずにおります。作者の意
        図は私に対しては完全なまでに現実のものとなっています。

         驚くべきはこの小説がアメリカ人によって書かれたということ。読
        んでいる間、入り込んだその世界に外国を感じることはありません。
        ただ、例えば夏目漱石を読んだ後、太宰治を読んだ後。。。村上春樹
        を読んだ後の様な哀しいくらいに純粋で繊細な美しいガラスの様な余
        韻はありません。迷うことの無い、力強く自信に満ちあふれた読後感
        があります。
        いずれにせよ、名作と名訳による傑作であると思います。

 「檸檬」   梶井基次郎 著  岩波文庫 刊

        文庫本にして8ページという非常に短い作品です。しかし、それは必
        要にして充分。。。といいますか、何故これだけの短い中で、これだ
        け研ぎすまされ、格調高く、美しく作品を輝かせることができるのか
        と驚きます。
        殺伐とした魂を抱きながら京都を歩く作者。以前はあれほど心を浮き
        立たせた丸善の華やかさが、今は重苦しく疎んじられる。そんな折、
        寺町二条の果物屋に置かれた檸檬を一つ買い求めます。そのたった一
        つの檸檬が埋もれた心に光を与えるのです。

        「結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私は何処へど
        う歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつ
        けていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛んできたと見え
        て、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗かった憂鬱が、
        そんなものの一顆で紛らされる---あるいは不審なことが、逆説的な
        本当であった。それにしても心という奴は何という不可思議な奴だろ
        う。」

        明朗な魂の折には心惹かれ、不吉なる魂の折には重々しく感じられる
        物質文明的輝きを発する丸善。今の丸善には梶井基次郎の生きた大正
        の輝きのようなものは感じられません。ここにある丸善の印象に近い
        のは、今では銀座の和光あたりではないかと私には思えました。

        そんなことはさておき、31歳の若さで逝った著者の輝ける魂を僅かな
        りとも感じられたら、そんな心地にさせる作品でした。

        岩波文庫ですと、檸檬と一緒に収録されている「城のある町にて」も
        お薦めです。

 「いちげんさん」 デビット・ゾペティ 著  集英社文庫 刊

        京都の大学に留学する「僕」と黒谷に住む京子との間の恋を縦糸に、
        京都の街、排他性をウィットに富んだ文体で編み込んだ、穏やかで、
        少し哀しい物語です。読み終わって、とても穏やかな気持ちにさせら
        れると共に、様々なことを考えさせられる印象深い作品でした。

        黒谷、木屋町、円山公園、貴船神社。。。10年程前の京都は、私には
        親しみやすく、主人公には他人行儀な街です。「いちげんさん」とは
        、一見さんのことでしょう。いわゆる「一見さんお断り」の一見さん。
        「僕」はある時強烈に感じる。京都に受け入れられていない自分に、
        外見で区別するメカニズムに。。そして千二百年の歴史は停滞してい
        ると感じる。
        確かに京都は容易に溶け込める街ではないでしょう。だからこそそこ
        で生まれ育った者には離れ難い。その敷居は高く、観光客など一時的
        な客人は、玄関までは受け入れても奥座敷きに招き入れることは稀な
        のかもしれない。しかし、雑多な者が入り交じるということは、つま
        りそれは特徴もなく、安らかな親しみのある空気も存在しなくなると
        いうことだと思います。逆にそれが薄れていることが、町並みや風情、
        文化が破壊される一因でもあるのです。「僕」は感じます。「街を全
        体的に見た場合、それは景観のカオスとでも言うべき所だった」「
        どの通りを見ても、「建物の間のバランスは全く取れていない」。町
        並みを破壊する大型マンションやどぎついネオンの店などは、外部の
        企業によって作られたものであることが多いです。

        一方、意外に思われるかもしれませんが、京都は外部の新しい血を取
        り込みつつ力を得てきた街です。今の京都を代表する企業である京セ
        ラやオムロン、島津製作所などの創業者は、京都の出身ではありませ
        ん。
        敷居は確かに高い。しかし壁ではない。そこに長く住むことにより、
        この街の一部となることができる。残念ながら、京都は今、力を失い、
        貪欲に外部の血を自らの意志により取り込むことができずにいる。深
        刻な問題です。
        一方、私の行きつけの懐石料理店のご主人は京都出身ではないものの
        既に京都の文化の一部となっている。微かな光明もあります。我々は
        こうした良きものを取り込む力を失わないように頑張らねばなりませ
        ん。
                               2003118

 「松風の家」  宮尾 登美子 著  文春文庫 刊

         京都を本拠とする、茶道の家元一家の江戸から明治にかけての時代
        をモデルにした小説です。家元の名前は言わぬが花でしょう。読めば
        すぐに分かります。名前は少しずつ変えてありますが、変えることが
        無意味と思われるほど、多くは史実そのままに描かれているように思
        われます。
         この作家の本を初めて読みました。数年前、お茶の先生から薦めら
        れたものの、手に取ることなく月日が経ち、その存在も忘れかけてい
        たのですが、先日立原正秋の「その年の冬」で、茶道の家元全般が全
        面的に否定されていました。共感を覚えるところがあるものの、少し
        違和感を感じる部分も多々ありました。そんな折、この本を思い出し
        たのです。
         読み進むにつれ考えさせられたのは、「京都の文化・風習」「家族
        と教育制度」「家元制」と多岐に渡りました。
         京都は、今も昔ほどではありませんが、ものごとをはっきりとは言
        わない、文中の言葉を借りれば「皆まで言うたらあかん」という慣習
        があります。父が自分はもう大人だと言う十七の娘に言います。「京
        に生まれた人間が一人前になるちゅうことは、ものの察しがようなる
        ちゅうことや。世のなかには、暴いたらあかん真実というもんはいっ
        ぱいある。」
         よく欧米では、物事をストレートに明確に表現し、NoNoとはっき
        りさせると言います。これに対して、海外から見ると日本は表現を曖
        昧にさせると言います。京都ほどではなくとも、日本そのものがその
        ような慣習を持っているようです。これは良し悪しの問題ではなく、
        文化の違いで、その文化を生み出した環境の違いによるものだと思い
        ます。欧米では複数の民族・文化が入り乱れ、その中でコミュニケー
        ションを図る為には、言葉をYesNoの明確な記号とする必要があっ
        たのではないでしょうか。一方、日本は単一民族国家では無いものの
        その人口の大半を同じ民族が占めます。昔の日本では違う都市との間
        の人の往来も少なく、特に公家社会とも密接であった京都では、阿吽
        の呼吸という言葉があるように、皆まで言うたらあかん文化が生まれ
        たのではないでしょうか。これは外部から否定される筋合いのもので
        はなく、そこに住む人々の独自性として守っていければ良いと思いま
        す。ただ、現代のように外部との往来が頻繁になった状況であれば、
        外向きには明確な表現をし、こちらの意思を伝達する努力も必要なの
        でしょう。

         今、日本では核家族化が進んでいます。また、小学校や中学では、
        文部省やらが定めたルールに則り、画一的な教育が為されています。
        一方、この本に登場する次期家元は、6歳の頃から大家族の中で徹底
        的に茶の指導を受け、娘はおばあさんから家の文化を学びます。そし
        て、大人になった時、それらが身体の一部になっていることに気付く
        のです。子供の躾や教育は、家族皆で行ったのです。私は今、改めて
        この大家族の良さを見直す時だと思います。自由やプライバシーなど
        欧米から輸入された考えが全て正しいというわけでもありませんし、
        昔の日本が全て良かったというわけでも無いと思います。良きものは
        残し、その上に新しき良きものを取り入れる。それが温故知新という
        ことだと思います。

         絵巻調の文章は、一部を除き大らかに流れ読みやすく、一息で読ん
        でしまいました。
                             200332

 「暗夜行路」  志賀直哉 著  新潮文庫 刊

         前編と後編に分かれている作品で、前編が東京と尾道、後編が京都
        と大山が舞台になっています。主人公の内面の葛藤や変化が比較的淡
        々と描かれているのですが、読後深く心に残っています。自身が祖父
        と母の不義の子であることに思い悩む前編の主人公、妻が不義密通を
        犯したことを赦せない自分に苦しむ後半の主人公。最後の場面で主人
        公は、病の床で妻に言うのです。「私は今、実にいい気持ちなのだよ
        。」主人公は、さながら作中にも書かれた「寂滅為楽」の境地だった
        のか、それとも妻を赦し、不義の子である自分自身を赦すことによる
        心の解放、平安であったのだろうか。人はそのような境地を簡単に得
        ることができるだろうか。いや、主人公は充分に苦しんでいるのです
        が。。
         私の心に、刻むと言うよりは寧ろ、以前よりそこにあったように染
        み渡る作品でした。

                               2003525

 「帰郷」    大佛次郎 著  毎日新聞社 刊

         国外、特に西欧を彷徨っていた元海軍士官が、敗戦後に帰国し、そ
        の客観的な目を通して全てを失った後の日本を見ます。その中で、焼
        け残った戦前日本の象徴として京都が描かれています。良い面も、今
        に至る悪い面の予兆も。立原正秋の「帰路」などでも、西欧と日本の
        対比が描かれていますが、この作品ではそれに加えて、戦前と戦後の
        日本の対比も深い洞察を以て描かれています。戦前と戦後の日本人、
        日本人の血、日本の風土。ただ、戦前の日本を古き良き姿として描く
        ようなセンチメンタルな作品ではありません。
         アメリカ合衆国により、物質的にも精神的にも破壊され、また破壊
        され続けている日本ではありますが、日本人の血に永きに渡り刻み付
        けられてきたものは、我々の遺伝子に残っているのだと思います。い
        や、思いたいといった方が正確でしょうか。一方、変わらぬ悪しき日
        本人の習性を、取り除くことまでできなくとも、日々我々の心に警鐘
        を持ちつつ対することができれば。郡動。「根が無い草が風次第で揺
        れ動く」と著者が看破しているその習性を。
         様々なことを考えさせられ、また教えられると共に、ストーリーも
        表現も、私達凡庸な読者をも引き込む名著だと思われます。 

                              2005925

2003
525日最終更新


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