町並みについて私が思うこと


 以前、このWebページのどこかで、日本全国街並みに個性が無くなっているように思うと書いたと思います。特に新興都市はそれが顕著なような気がすると。例えば関西であれば、阪急電鉄沿いの茨木市と高槻市。街の名前を告げられなでればどちらがどちらだか分かりません。最も当然と言えばこれは当然です。同じ様な業者によって都市整備計画が立てられ、そこに建てられる家も、同じような工場で作られたものを組み立てているだけです。ルーツが同じなのに違いを出す方が難しいように思います。機能的でコストパフォーマンスに優れた街です。

 一方、個性が失われつつあるとはいえ、神戸の町並みと京都の町並みは、その町の名前を聞かずともその違いが分かります。それもそのはず、一方は港を擁する貿易都市。一方は内陸の旧都です。

 町並みは、それぞれの都市の風土に会うように、また社会的条件に応じて、それぞれの町に住む人々の価値観を反映して作られていき、またその町並みが、そこに生まれ育つ人々の価値観を生み出すという循環を繰り返しながら形成されたいったのではないかと思います。考えてみれば、ついこの間、明治初期くらいまでは、その町に生まれた人が、他の町に接することなくその町で一生を終えることも多かったのですよね。他に接することがなければ、その土地ごとに独自の町が形成されていくのも当然なのかもしれません。一方、現代では、自ら他の町に行くことが無くとも、TV等で他の町並みを知ることができる。異なる価値観を身につけることになります。それを繰り返すことにより、さしずめバラバラの色のパレット上の絵の具を、全てかき回すような、それによって色が混ざり会うような現象が起きているのかもしれません。

 それはそれで私は良いことだと思います。他の良いところを知り、自らに取り入れ、そこからまた新たな多様性が生まれてくるのだと思います。

 しかし、現在の町並みを見ていると、他の良いところを取り入れるというよりは、コストパフォーマンスの良さのみを取り入れているような気がします。そして、町並みという集合体の美を失い、ちぐはぐな無機質な建物の寄せ集めとなっているような気がします。

 何故なのでしょう?そこに職人の手が入らなくなり、誇りのない、自らの作品を作り出す心意気のない、大量生産の建物が多くなっているからなのだと思います。職人とそこに住む人々の価値観の合作。その価値観にはその町に生まれ育った人々の暗黙の、共通の感性があったのだと思います。だからこそそこには美と調和があるのだと思います。

 しかし今、そうも言ってられません。そういった職人が少なくなっていること。その町に生まれ育った人間が町並みを作り出せなくなっているということ。そして何よりもそのような町並みを作り出す金銭的余裕が、主に材料不足と地価の高騰(バブル期の地上げにより、京の町も歯抜けのようにされてしまいました)により奪われています。

 でも同じ物をコピーして造り続ける必要はありません。町並みの美しさを見直し、せめて価値観だけでも共有し、許される材料、コストの範囲で、今のテクノロジーを交えて町を造ることもできるのではないかと思います。
 また、現存している貴重な町並みを、破壊するのではなく、現代風の機能性と、年月を経て積み上げられた素晴らしい価値観を駆使して、再生することもできるのではないかと思います。それこそ「温故知新」ということだと思います。

 ただ残すだけなら無機質な博物館になってしまう。そこに今住む人の生活があるからこそ町は活き活きとするのだと思います。美しい町並みは、そこに生まれ育つ人々の価値観を育み、美しい人を作り出すような気がします。

       1997627日 吉田 一雄


HOME
京都の町並み