静寂に守られし黒谷会津藩士と吉田山コース
                 (前編)


           


黒谷〜真如堂〜萩の寺〜宗忠神社〜竹中稲荷〜吉田山〜吉田神社〜進々堂

概略地図


 前編:黒谷〜真如堂
 後編:萩の寺〜宗忠神社〜竹中稲荷〜吉田山〜吉田神社〜進々堂

 京都の東山、永観堂や哲学の道辺りは、私もご紹介していますが観光の名所として賑
わっています。一方その近くに瀬戸内海の小島の様にこんもりと浮かぶ緑の山は、いつ
もひっそりとしています。その山は黒谷と吉田山。その静寂に守られた意外な大伽藍は
、心を優しく包んでくれます。しかし、その穏やかさは、時間の流れによって造り出さ
れたものであり、つい140年程前には、ここは兵馬の勇ましき躍動に溢れる場所だった
のです。今日はそんな散策道をご紹介します。

 尚、ご意見・ご感想はkazuoy@mbox.kyoto-inet.or.jpまでお送り頂けますようお願
いします。また、記述に客観的な誤り等発見されましたらお手数ですが、上記アドレス
までお知らせ下さいますようお願い致します。

                       1999523日 吉田 一雄


 さて、このコースの起点ですが、下記の三つが良いのではないかと思います。

  1.東山コースの平安神宮からそのまま黒谷へ至る
  2.東山コースを辿らず、直接バス停「岡崎道」から黒谷へ至る
  3.バス停「熊野神社前」から春日上通りを東へ、どんつきの黒谷へ至る

 いずれにせよ、今回は黒谷からその散策ルートをご紹介します。

1
黒谷
    黒谷の入り口。そのアプローチは、城郭を思わせる石垣と門です。知恩院もそ
   うなのですが、京都には、いざとなれば軍隊を駐留させ、城の役割を果たせるよ
   うになっている寺院が存在します。
               

    門の支柱は、銅板が張られ、火矢や鉄砲の玉があたっても跳ね返すことのでき
   る様になっています。そしてここの軍隊を駐留させたのが会津藩です。
    時は幕末。京都は長州藩を初めとする反幕府派と、幕府側とがしのぎを削って
   いました。その幕府側の最強の軍隊が松平容保率いる会津藩でした。その会津藩
   が藩兵を駐屯させていたのがここ黒谷です。
    要塞とも言えるここ黒谷からは、御所も見渡せます。御所に異変が生じる時は
   ここ黒谷からいっきに下り、荒神橋から鴨川を渡って御所に至ることができる場
   所でした。
    戊辰戦争の折には、朝敵の汚名を着せられて、会津若松城を枕に殲滅されてし
   まった会津藩ですが、蛤御門の変の折などは、薩摩と共に、当時朝敵であった長
   州兵などと死闘を繰り広げ、天皇を守護した人々でした。その他、いわゆる志士
   と呼ばれる人々と、現体制を守る為に京都市中随所で白刃を交え、多くの藩士が
   犠牲になったようです。計略に富んだ長州や薩摩とは対称的に、不器用に幕府へ
   の忠誠を貫いて滅んでいった人々の城が黒谷だったのです。それ故か、黒谷墓地
   には、会津藩士達の墓所があります。自らの信念を貫いて死んでいった武士達の
   魂が眠っています。彼らを思う時、「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」と
   いう「葉隠」の一句を思わずにはいられません。政治という現実に翻弄された哀
   しい魂です。
    ちなみに、有名な新撰組は、会津藩の配下でした。

                    

    さて、黒谷の一角にある大伽藍は、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)です。
   ここは、浄土宗鎮西派四箇本山の一つです。法然が比叡山を下りて最初に念仏道
   場を建てたのがその始まりと言われていますので、歴史の深い場所でもあります
   。広々とした境内には人もまばらで、なにやら歴史に取り残され、忘れ去られた
   空間の様にも思われます。

           

    本堂を右()へ進み、さらに右()へ曲がってゆるやかな石段を降りると蓮池
   へと至ります。ここから先が黒谷墓地です。文殊塔を中心として広がるこの大墓
   地は、西大谷、東大谷と並ぶ、京都三大墓地の一つで、前述の会津藩士の墓地の
   他に竹内栖鳳や熊谷直実、平敦盛、春日の局の墓などがあります。もっとも、直
   実や敦盛が浄土宗であったはずはないのですけれどね。

    墓地の中心に立つ文殊塔は、丘陵の頂上にあります。

           

   その頂上まで登り振返ると、京都市街が一望できます。今は木が覆い繁って見え
   ませんが、かつてはここから御所を見渡すことができたのだと思います。

           

    さて、この文殊塔から北へ、真如堂へと至る道に前述の会津藩士墓地がありま
   す。思わず手を合せ、安らかなる眠りを願いました。撮影はははばかられました
   ので、写真はありません。

    この道すがら、開ける渓谷の向こうに如意ヶ岳の大文字山が見えます。

                 
                 黒谷から真如堂への道。この先が黒谷。
                 野良犬が駆けてゆきます(^ ^)

     尾根伝いを行く様に歩いていると、ほどなく真如堂の境内にいる自分に気付
    きます。その境界は非常に曖昧です。


2
真如堂(しんにょどう)

     さて、紅葉の名所としても有名な真如堂。実はこの「真如堂」は通称で、実
    は本堂の名前です。ここは天台宗のお寺で、正式には真正極楽寺といいます。

             

     その名前の由来ともなっている本堂は非常に立派な大伽藍で、その境内の静
    けさとのギャップに戸惑います。とはいえ、境内には、地元の人々と思わしき
    老若男女が、ゆったりとした時間を過ごしていました。黒谷もそうでしたが、
    何やら結界によって、社会の喧噪から守られている、そんな心地にさせる場所
    です。私は本堂の階段に腰掛け、時間を忘れて読書三昧の時間を過ごしました
    。

            

     この境内、本堂の北側へ行くと、北山の連なりに抱かれる様に、北白川の街
    並を一望することができます。北山に続く右手には、比叡山のゆるやかな裾野
    が見えます。


                           200054日の真如堂境内

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作成:1999529
更新:200054


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