たかが嵯峨野、されど嵯峨野コース
      (後編)

 略地図   仏野(あだしの)念仏寺〜鳥居本平野屋〜大覚寺・大沢池
       〜宝筐院〜天龍寺〜西山艸堂(せいざんそうどう)〜渡月橋


 仏野念仏寺   祇王寺から念仏寺までの道は、両側共お土産屋の列です。私も昔は
        旅をする旅にいろいろなものを買っていたのですが、いざ帰ってくる
        と邪魔になるものばかりで、最近は普段の生活に使うもので質がよい
        ものがある場合にのみ買うようにしています。飛騨高山では春慶塗り
        、ミラノでは革製品という風に。ただこのあたりは法律で規制してる
        のか町並みはそこそこ趣があり、渡月橋からまっすぐのびるキャラク
        ターグッズや芸能人の店のような幼稚な町並みにはなっていません。
        土産者屋の合間に歴史を感じさせる素晴らしい家も残っています。
                      
         さて念仏寺ですが、ここら辺一体は昔(平安時代初期)は風葬の地
        だったそうで、死骸や白骨が散乱するすさまじい光景だったそうです
        。それがあまりに無惨だというので供養所が設けられ石仏が置かれる
        ようになったそうです。当時のこのあたりは都から遠く離れた草深い
        山野だったのでしょうね。有名な西院(賽:さい)の河原といわれる
        約八千体あるといわれる石仏・石塔の群は、明治時代に林野に散乱、
        埋没していたものを配列安祀したものだそうです。なにやら独特の雰
        囲気で気味が悪いところです。地蔵盆にはこの無縁仏の霊にローソク
        をお供えする千灯供養が行われます。光と闇の世界に無常感が感じら
        れます。
         裏には美しい竹林の小径があります。

 鳥居本     さて念仏寺からさら奥へ趣深い町並みを進むと赤い鳥居が見えてき
        ます。これは京都の人々が親しみを込めて愛宕さんと呼ぶ愛宕神社の
        鳥居で、ここはその参道になるのです。この愛宕さんのお札は、火事
        から家を護ってくれるといわれています。京都の料理屋さんや一般家
        庭の台所に「火迺要慎」と縦書きされた大きなお札がよくみられます
        が、ここのお札です。かくいう私の家の台所にも貼ってあります。
         さてこの愛宕さんは山の上にありまして、ここへいくのはもはや散
        策と呼べず、軽い登山といったものです。足に自信がある人以外は別
        の機会にしましょう。 
         ということでこの赤い鳥居が折り返しになるのですが、ここに「平
        野屋」と「つたや」という茶店というか鮎を食べさせてくれる宿があ
        ります。いずれも茅葺きの歴史を感じさせる家で床など磨かれて黒光
        りしています。おすすめは奥の「平野屋」です。ここは鮎料理の他に
        甘酒とおしんこの付いたお薄がいただけます。私は甘酒をいただいた
        のですが、これに桜湯がついていました。これは、桜の花を塩漬けし
        たものにお湯を注いだもので、春の茶会などによく使われます。私が
        訪れたのは10月初旬だったのですが、秋なのに春の香りを楽しみまし
        た。味は塩漬けですので当然のことながら塩味なのですが、桜餅と同
        じ香りがします。メインの甘酒も美味でした。
                     
         鮎料理は食べなかったのですが、ご飯を古びたかまどで炊いている
        のを見るにつけ食べたくなりました。今日は天龍寺境内で湯豆腐を食
        べると決めていたので次回に。食べたら味の報告をします。

 大覚寺     鳥居本から大覚寺までは、秀吉の中国からの大返しもなんのそのと
        いう(大袈裟)距離です。少々お疲れの方はここから「宝きょう院」
        にとんで下さい。
         大覚寺は平安時代初期の嵯峨天皇の離宮、嵯峨院跡です。横にひか
        える大沢池はその大庭園の遺跡です。現在は真言宗大覚寺派の大本山
        で嵯峨流華道の総本家でもあります。宸殿と客殿が渡り廊下でつなが
        れていて、かつての皇族の住まいを思わせます。客殿は桃山時代、宸
        殿は江戸時代のものです。狩野山楽の「牡丹の図」や「嵯峨蒔絵」を
        観ることができます。
         さてここでまだまだ元気だという方は、人の手の加わっていない広
        大な池「広沢の池」、さらに鳴滝から御室仁和寺、石庭で有名な龍安
        。さらには等持院鹿苑寺(金閣寺)まで足をのばすのもよいかも
        しれません。山沿いのなかなか良い道です。最近は交通量が多いのが
        欠点ですが・・・。「広沢池」は「大沢池」と並んで観月にはもって
        こいの場所です。池に突き出た小さな祠の側に立ち月を眺めると、水
        面に映った月が周囲の手つかずの景観と相まって大変に風情がありま
        す。池の左側の道を行けば右手に祠への小径があります。しかしあな
        たが女性の場合はあまり一人で行くことはお勧めできません。人通り
        がほとんどありませんので。

 宝筐院     大覚寺からもどりまして別名嵯峨釈迦堂 と呼ばれる清涼寺の横には
        地元ではおいしい豆腐屋として有名で、川端康成の「古都」にも登場
        する「森嘉」があります。湯豆腐のおいしい「西山艸堂」「嵯峨野
        はここの豆腐を使っています。朝八時頃、どこの寺もまだ早くて門
        が閉まっているためこちらを訪れると、すでに店の前には行列ができ
        ていました。車でわざわざ来ている人も多いようでした。
                     
         さて清涼寺の横に「宝筐院(ほうきょういん)」があります。詳し
        くはこちらのページを見ていただきたいのですが、常寂光寺とならん
        で是非とも紅葉の季節には訪れていただきたい寺です。

 天龍寺     さて清涼寺からのびる道は、まっすぐ渡月橋までのびているのです
        が、趣もなにもない俗化された道になっていますのでお勧めできませ
        ん。お疲れでしたら最短コースなのですが、まだ歩けるようでしたら
        落柿舎の近くをかすめて野宮神社の前を通って進まれてはどうでしょ
        うか?
         さてお腹がすいていましたら天龍寺に入る前に、この境内にある西
        山艸堂で湯豆腐を食べるのもいいでしょう。詳細はこちら。嵯峨野
        いう店もお勧めです。
         臨済宗天龍寺派大本山の天龍寺は、曹源池庭園と馬鹿でかい方丈が
        ある大寺院です。後醍醐天皇の菩提を弔うため足利尊氏が夢窓国師
        開山として建てさせたものです。この建築費用調達のため中国に天龍
        寺船を派遣した貿易事業は日本史の授業で出てきました。往時は150
        以上の塔頭を擁する大伽藍だったそうですが、応仁の乱をはじめ度々
        兵火に焼かれ当時の建物は残っていません。最近?では蛤御門の変(
        1864年)に、長州藩兵がこもって一山全部燃えてしまいました。迷
        惑な話です。今の建物は明治時代以降の再建です。庭園が創建当時の
        面影を残しています。方丈の広縁に腰をおろし、疲れた足を伸ばして
        ぼ〜っとを眺めるのは最高です。
               
 
 これでおしまい。
 お疲れさまでした。


          あとがき

 嵯峨野は平安時代、貴族達の別荘地だったようです。嵯峨院をはじめ亀山殿、藤原定
家などの山荘が営まれました。今清涼寺が建っているところは光源氏のモデルといわれ
る左大臣源融の山荘跡です。嵯峨野の地は都の人にとって憧れの地だったようです。過
去に思いを馳せなくても、まだまだ嵯峨野には美しい自然がそこここに残っており魅力
あふれる天然の庭です。秋の紅葉、春の花や若葉はもちろんのこと、真冬の雪野も趣が
あります。この美しさがいつまでも破壊されないことを祈るのみです。小倉山が一条山
のようになっては悲しいですからね。(一条山についての詳細は青木良夫さんのホーム
ページ「WELCOME TO KYOTOをご覧になって下さい。)


               吉田 一雄(kazuoy@mbox.kyoto-inet.or.jp

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last update 11.24,1996


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