駄文1 幻想伝奇構想


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 「SF冬の時代」について、考えたことをつれづれなるままに。

その1

 まず、なぜ今SFが読まれなくなったかということについてですが、実はこれ逆なんじゃないかと思えてきました。つまり、今はSFが読まれない特殊な時代なのではなく、かつてSFなんてものが読まれていた特殊な時代があったと言う方が正しいのではないかと言うことです。

 SFの書き手の年代には異常な偏りがあります。おそらく読者にもそれに近い偏りがあるのではないかと推測されます。

 例えば、「SFマガジン」500号の執筆者の生年を見てみましょう。平均値は1954年になりますが、これは1920年代、30年代のベテラン勢が現役バリバリで活動しておられるからで、ヒストグラムをとってみれば、ピークはもっと低いところにあることがわかります。

 結果を言いますと、1955〜65年の10年間に生まれた人が全体の50%以上を占めていました。もっとくわしく見ると、特に毒電波の強い年は'58年、'59年、'62年であったことがわかります。中でも'62年は8人もおり、全執筆者の14%に相当します。(因みに、僕は1962年生まれなので、ちょっと嬉しかったりします。)

 僕はこの年代が就職、結婚、出産、育児の時期に突入したためにSFが売れなくなったのではないかと考えました。

 逆に言うと、この年代の人が比較的時間に恵まれていた学生であったころが、SFの黄金時代だったということになります。

 この年代の人がなぜSFを好むのかということを解析すれば、SF人気を盛り返すための方策へのヒントが掴めるのではないかという気がしてきます。

 以下は僕の仮説です。

 SF小説は売れていないかもしれませんが、ヒットしている映画はたいていSF映画です。では、小説と映画の違いはなんでしょう?

 ずばり、受けて側のイメージする力に面白さが依存するかどうかです。

 映画が通常の武道だとすると、小説は気功術なのです。気功術は遠くにいる人間を簡単にぶっ飛ばしたりすることができますが、ぶっ飛ばされる側の人間も気功の修行をしていることが必須条件であることはよく知られています。気功の心得のない人間に気功をぶつけてもまったく反応がないのです。

 小説の場合、描写されている状況がありありとイメージできるかどうかが面白いかどうかの分かれ目になることが多いのではないでしょうか? (もちろん、まったく状況がイメージできないのに、面白い小説というものももあるでしょうが、そんな特殊な小説は一応除外しておきます)

 反面、小説読者は過剰な描写を嫌う傾向もありますので、作者は共通したイメージを利用して、適当な妥協点を探ります。例えば、「サラリーマン風の人物」と言えば、「スーツを着、ネクタイをしていて、髪の毛もさほど奇抜でなく、地味な鞄を持っているような男性」であることはだいたい想像がつき、イメージできます。(叙述ミステリやショートショートなどでは、わざと共通認識からはずしたところを狙ったりもしますが、ここではひとまず忘れてください。)

 ところで、ある人々には、「宇宙戦艦」とか、「軌道要塞」とか、「ナノマシーン」とか、「転送機」とか、「アダムスキー型UFO」とか、「人型決戦兵器」とか言う言葉のイメージがなんの苦労もなく、浮かんでくるのに、別の人々にはなんのイメージも誘発しないただの文字の羅列に見えるということは事実としてあります。

 例えば、ハヤカワ文庫「火星夜想曲」からの以下の引用を読んでください。

 

「 外世界を通り過ぎているところです----わが太陽系を彗星雲が包んでおり、ほら近くにネメシスが見えます。はるか遠くにある、太陽のかそけき伴星です。

 こっちには冥王星、そっちにはカロン。ポセイドン、すなわち輪のかかった天王星で、こっちが同じく輪を持つ土星……さて、木星です。」

 

 SF 読者なら、簡単にイメージを思い浮かべることができるでしょうし、中にはうっとりとする方もいるでしょう。

 しかし、信じがたいことですが、この文章を読んでうまくイメージできない人が大勢いるのです。まず、彗星雲という単語に面食らいます。次にネメシス。SF読者なら、仮にこの単語が理解できなくても、次の太陽の伴星というところで、ピンとくるはずなのですが、非SF読者は伴星の意味からしてわかりません。その後に続く文章にいたっては星の名前を単に並べただけとしかとらえられないでしょう。大多数の人々にとって、木星型惑星と地球型惑星の違いですら一般常識ではありません。

 では、なぜ1960年代前後に生まれた人間にはSF的な情景を簡単にイメージできる人間が多いのかと言うと、やっぱり1960年代から1970年代にかけてのテレビの影響が大きいのではないでしょうか? 幼少時、日々テレビからSF的イメージを吸収していた記憶があります。(宇宙空間は青くて、常に「ヒューポーン」という音が響きわたっているとか)

 こうして培われた(というか、刷り込まれた)SF的単語に対する共通イメージがこの世代に多大に影響しているのではないかと思われます。

 なお、よく「『鉄腕アトム』などに見られる楽観的な未来感がこの世代の科学に対する肯定的な意識を育んだ」などと言われることがありますが、実際「アトム」は楽観主義的でもなんでもありません。むしろ、アトムの存在によってなんとかバランスを保っているだけで、常に崩壊の危機に直面している未来世界だったという印象が強いのですが、いかがでしょうか? (「ウルトラシリーズ」も巨大ロボットものも基本的には悪夢のような世界だと思うんですが)

 で、こういう共通イメージのない世代にSFを楽しく読ませるにはどうすればいいかということですが、イラストを多用すればなんとかなるんじゃないかと思います。昔の白背のように口絵や挿絵を復活すれば、SFを読んでくれる人は増えるんじゃないでしょうか? だって、「SFは絵だ!」ですから。

その2。

 実はSFは今でも売れているのではないかという観点からも考えてみます。

 「パラサイト・イヴ」も「らせん」も京極さんの「妖怪のアレ」シリーズも、それに一部の新本格ミステリーも一昔前だったら、SFと名乗っていてもおかしくないような気がします。でも、広告にも帯にもまったく「SF」という文字は見られません。なぜでしょう? もちろん、「SF」と書くと売れなくなるからです。

 SFは売れない → SFは面白くないと思われている → SFと銘打つことは営業的に不利 → 売れそうな作品はSFであることを隠される → ベストセラーにSFが見当たらない(本当はある) → SFはベストセラーにならない → SFは売れない

 という正のフィードバックがかかっているのです。

この悪循環を打破するためにはベストセラーの帯に「SF」という文字を入れてしまうという方法が考えられます。

 「『パラサイト・イヴ』の瀬名秀明が放つ超絶SF」という言葉を「Brain Valley」の帯に入れるのは難しいとして、せめて「アルジャーノンに花束を」には「ロマンチック・サイコSF」とかいうコピーを付けて欲しいものです。

 あるいはこんな手もあります。

 現在、これはSFと呼んでもいいのではないかと思う作品はほぼホラーとか、ファンタジーとか、異色ミステリーとかいう別ジャンルのレッテルを貼られるわけですが、じゃあ正真正銘のSFでなおかつ売りたい場合はどうするかというと、大きく二つの方法があります。一つは「Brain Valley」のようにジャンルを明記しないという方法。もう一つは無理やり非SF的ジャンル名で呼んでしまうという方法です。

 手元に高橋克彦さんの「竜の柩」と「刻謎宮」という本があります。内容は両作品とも、UFOと宇宙人とタイムマシーンが出てくるどう転んでもSFではないという言い訳は許されないはずのもので、著者自ら自分をSF作家と呼んで欲しいとおっしゃっているのにもかかわらず、なぜか「竜の柩」は題名に「長編伝奇小説」という言葉がついていますし、「刻謎宮」の帯には「壮大な超伝奇スペクタクル巨篇」、カバー裏には「幻想歴史大河ロマン」とあります。

 これは出版社が多くの読者を獲得するためにとった手段なのですから、責めるべきではありません。それどころか、賢明な方はここからSFを売るためのヒントに気付かれるのではないでしょうか?

 そうです。これからは「SF」という言葉を禁止してすべて「幻想伝奇」というような他の言葉に置き換えて言い張ってしまえば、すべて解決です。

 「SFマガジン」は廃刊して、「幻想伝奇マガジン」を新創刊する。当然、「ハヤカワSF文庫」と「創元SF文庫」は全作品を絶版にした後、全く同じラインナップで「ハヤカワ幻想伝奇文庫」と「創元幻想伝奇文庫」を創刊する。「SF大会」は「幻想伝奇大会」に「京都SFフェスティバル」は「京都幻想伝奇フェスティバル」(何かまがまがしいですが)にする。「ハードSF」は「ハード幻想伝奇」と呼ぶ。「超メタ言語的 SF」は「超メタ言語的幻想伝奇」と呼ぶ。また、ブルーバックスの「SF相対性理論入門」は「幻想伝奇相対性理論入門」に、「SFはどこまで実現するか」は「幻想伝奇はどこまで実現するか」に改題する。「空想から科学へ」は「幻想から伝奇へ」とし、サンフランシスコの省略形は「幻想. 伝奇.」にする。

 このような方策をとれば、確実にSF、もとい、幻想伝奇は売れるようになると思うのですが、いかがでしょうか?

(平成10年1月7日に SF メーリングリストに投稿したものを一部改稿)


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