駄文22 なっちゃん


もどる

トップへ


 映画『玩具修理者』の撮影を見学させて貰った。

 角川書店の担当編集者のI田さんと、昼過ぎに目白に着くと、すでに撮影は開始していた。撮影隊は結構大人数である。小説は基本的に一人で書くものなので (編集者と打ち合わせぐらいはするが) 、一つの作品にこれだけの人たちの手が掛かるというのはなんだか不思議な気がする。映画の画面を見ている限り、その場には俳優だけしかいないような気がしてしまうが、実際には信じられないぐらいの数のスタッフが側で息を殺しているのである。

 目白と言えば、都会の真中というイメージがある。森のすぐ側というシナリオの設定とはかなり隔たりがあのではないかと思っていたが、その場に行くとまさに絶好の撮影場所であった。ただし、カメラの向きを変えると、ビル街が映ってしまう微妙な場所だ。ところが、モニターを見ている限り、都会の雰囲気は微塵もない。些細なことだが、これも映像テクニックなのだろう。

 映像テクニックと言えば、監督のはくぶんさんに面白いデモ映像を見せて貰った。モデルの女性がはにかむような、それでいて誘惑するような不思議な演技をしている。一瞬たりとも同じ表情を見せず、自然に変化していく様に奇妙な味の色っぽさがある。かなり若い女の子のようだが、どうしてこんな高度な演技ができるんだろうと画面に見入っていると、はくぶんさんが言った。「実は彼女は演技をしていないんです」

「えっ? じゃあ、この表情は?」

「CG です」

 詳しく話を聞くと、CPF (Critical Point Filter) という手法を使って、なんと数枚の静止画像から連続する動画を生成したらしい。CG でこのような微妙な演技をさせられるとしたら、これからは俳優もうかうかしていられない。

 撮影はクレーンに取り付けられたハイビジョンカメラを使って行われていた。クレーンというのは随分使い出のある機材だということがよくわかった。現場で肉眼を使って見るより遥かに躍動感のある画面になるのである。

 その日の撮影は原作を読んだ方ならご存知の例の階段落ちのシーンである。原作では女の子は弟をおんぶしていたが、映画では乳母車を使っていた。女の子役は大平奈津美ちゃんというキュートな女の子だ。弟役は栗原勇希ちゃんと猪股星哉ちゃんというふたりのこれまたキュートな赤ちゃんたちだ。

 弟役の二人はとてもよく似ていて、まるで双子のようだった。赤ちゃん役を二人用意するのは映画では常識らしい。一人がむずかっていたり、寝ていたりした場合 (あるいは、むずがらなかったり、起きていたりした場合)、撮影がストップしないようにすぐにもう一人が代わりになるのだ。だから、二人はよく似ている必要がある。

 ワンシーン撮るにも、準備やテストや撮り直しなどで、結構時間が掛かる。監督はあまりカメラの近くにいず、モニターを見ていた。クレーン撮影なので近くにいても映り具合を確認するのは難しいので、こちらの方が合理的なのだ。監督は独断するのではなく、常にスタッフの意見に耳を傾けていたのが印象的だった。因みに、はくぶん監督はメガホンを持っていなかった。

 まず、奈津美ちゃんが階段の手前まで乳母車を押していくシーンを撮る。この時、乳母車の中には本物の赤ちゃんではなく、ダミーの赤ちゃんが入っている。そして、ここでいったんカットし、次に階段を一段だけ降りるシーンを撮る。この時は本物の赤ちゃんが乗っている。もちろん、スタッフが周りを取り囲んでいるし、乳母車は命綱で固定されているので危険はない。そして、その次は奈津美ちゃんのダイブシーン。スタッフが支えるマットに飛び込むのだが、結構勇気が要りそうである。その後は、ダミーが入った乳母車の落下シーンだが、これがなかなかうまく落ちてくれない。何回かのトライでついに乳母車が破損してしまうが、なんとか修理して、撮影続行。

 次は落下後、負傷した女の子が玩具修理者の元へと向かうシーン。特殊メイクで傷を付けられた奈津美ちゃんの姿は作り物とわかっていても痛々しい。足を引き摺りながら、乳母車を押す姿は迫真の演技だった。

 撮影中にカメラの枠内に人や車が入らないように、スタッフの人たちはあちらこちらに分散して、互いに無線で連絡を取り合っていた。車を一時停止して貰ったり、散歩をしている人に迂回して貰ったり、気を使う仕事である。しかも、撮影していると、興味を持って聞いてくる人もいて、その対応もしなくてはいけない。

「あの。ここで何をしているんですか?」学生風の若者が尋ねてきた。

「はい。映画の撮影をしているんです」

 若者はしばらく辺りを見回した。「有名な方とか出るんですか?」

 スタッフはちょっと考えてから言った。「ええと。今日は有名な方の撮影はないんですよ」

 若者は残念そうだったが、まだ諦めきれない様子で、カメラと出演者らしきものがちらちらと見える階段の上を見上げていた。

 その時、階段の上から女性スタッフの声が響き渡った。「なっちゃん (奈津美ちゃんのこと)、準備できました!」

「えっ?!」若者はそれからしばらくの間、必死になって撮影現場に誰かの姿を捜し求めていた。

 当らずと言えども、遠からず。

 僕は心の中で彼にエールを送った。


Copyright © KOBAYASI Yasumi 2001


もどる

トップへ