駄文26 図書館


もどる

トップへ


 本好きにとって、図書館ほどわくわくさせられる場所はない。

 個人では到底所持しきれない冊数の本、書店ではついぞ見掛けない古い本、高価な本が並び、利用者は自由にそれらを棚から取り出し、好きなだけ時間を掛けて選び、そして借り出すことができる。

 図書館で読書の楽しみを覚えた人は多いだろう。僕もそうやって、本の楽しさを知っていった。子供向きの SF シリーズを1冊、また1冊と全巻読破していった思い出は何事にもかえがたい。

 そして、作家になった今、図書館の目録に自分の著作を見付けた時、なんとも言えない嬉しさがこみ上げてくる。

 図書館は本好きにとって、心の故郷であり、拠り所なのだ。

 

 ところで、最近になって、図書館が作家の生活を圧迫し始めたことはあまり知られていない。

 図書館は税金で運営される公共サービスである以上、有効利用されることが前提となる。誰も利用しないようでは税金の無駄遣いとみなされ、予算の削減や最悪廃止ということになってしまう。だから公共図書館は稼働率を上げるために、路線の変更を行わざるをない。つまり、利用率を上げるために、新刊書を大量に貸し出し始めたのだ。

 古い本よりも新しい本を読みたいという読者は多いだろう。書店で現に何千円もする本を図書館は無料で貸し出してくれる。多額の本代と本の置き場所に悩む本好きにとって、これほど嬉しいことはない。

 一方、これは作家にとって生活基盤を揺るがす大きな問題になる。

 ここで、一般にはあまり認知されていない二つの事実を指摘させていただく。

 1つは、図書館は本の購入に当たって支払う定価以外、作家や出版社には対価を支払っていないということである。

 例えば、長年の会社勤めでこつこつと貯めた貯金に退職金を加え、アパートを購入し、これの賃貸料を生活費にしようとしている人がいるとしよう。そこに突然、国や地方公共団体がやってきて、部屋を強制的にただ同然の値段で借り上げ、無料で一般に貸し出しを始めたとする。家を借りたいと思っているにとっては、嬉しいサービスだろう。しかし、家主にしてみると、大変な損害になる。これと同じことが図書館というサービスにも言える。

 自著を図書館で借りて読んでいただけることは作家として大変嬉しいことだ。でも、貸し出しという行為に伴って、作家や出版社には対価が支払われていないことは心にとめておいて欲しい。(因みに、レンタルビデオなどでは、最初からレンタル料込みで、レンタル店向けへの定価を3倍程度高く設定するのが一般的なようだ)

 2つ目は、作家は儲かる商売ではないということである。

 新聞広告等に、派手に「○十万部突破!」などと書かれているために、作家はめちゃくちゃに儲かる商売だと思い込んでいる人に時々会うことがある。しかし、そんなに馬鹿売れする本は現代では非常に稀なのだ。たいていの本は単行本で数千部の売り上げにしかならない。仮に定価2000円で印税率10%の本が5000部発行されたとしよう。作家にわたる印税は100万円。ここから、取材や資料にかかる経費を引いたものが作家の収入になる。気を付けないとすぐに赤字になってしまうが、ここでは仮に経費0で執筆できたとしよう。それでも、平均的なサラリーマン並の収入を得るためには、2〜3ヶ月毎に新刊を出さなければならない。こんなことができるのは一部の超人作家だけだ。また、たとえ書くことができたとしても、引き受けてくれる出版社が存在しないかもしれない。詳細な統計資料が存在するのかどうかは知らないが、僕の推測では作家活動それ自体で生活できる真の意味でのプロ作家は100人、あるいはもっと少ないのではないだろうか? (もし、金儲けがしたいという理由で、作家を目指している人がいるなら、考え直した方がいい。金持ちになりたければ、作家ではなく会社員を目指すべきだ。出世して社長や重役になれば、億単位の収入も夢ではない)

 今や本を読む習慣はどんどん廃れつつある。そんな中、僅かな読書人口を書店から取り上げてしまうことは、作家や出版社そして、書店を潰す事にほかならない。そして、書籍離れはさらに加速していくことだろう。このままでは、図書館はそれと気付かずに日本の出版文化の崩壊に手を貸すことになってしまう。

 もちろん、図書館を否定する気はさらさらない。上にも書いたように本好きにとって、図書館ほど楽しい場所はないのだから。

 だが、公立図書館が一般書店と競合するような運営方法とるのはいかがなものであろうか? 図書館の存在意義とは、作家の生活や出版社や書店の経営を圧迫しながら、どこでも手に入る本を大量に利用者に貸し出すことなのだろうか?

 一定期間の貸し出し制限。利用者からの料金徴収。図書館用の別定価本。……どのような方法がいいのかはわからないが、図書館との共存策は必ず見付かると信じている。

 そして、かつての僕にとってそうであったように、これからも子供たちにとって素晴らしい本の世界への入り口になってくれることも。

[追記1]

 上に「今や本を読む習慣はどんどん廃れつつある」と書いてしまったが、どうやらそうとは言い切れないようだ。

 まず、図1を見ていただきたい。

 

図1 図書館の経年変化 (『情報基盤としての図書館』根本彰 勁草書房 平成14年 58ページ)

 

 図書館自体の数は35年間に3.4倍にしかなっていないが、貸し出し数は27倍になっている。つまり、1館当たりの貸し出し数はは約8倍に膨れ上がっていることになる。

 次に図2をご覧いただきたい。

 

図2 書籍販売数と公共図書館個人貸出数、及びその総和の経年変化 (「図書館栄えて物書き滅ぶ」 楡周平 <新潮45> 平成13年10月号)

『出版指標年報'91〜'02』社団法人全国出版協会・出版科学研究所、『図書館年鑑'91〜'02』社団法人日本図書館協会 からデータを抜粋合成

 

 なんと書籍販売部数と図書館の貸し出し数の合計である読書部数は減少どころか、微増傾向にあるのである。このこと自体は大変喜ばしいことだ。ただ、読書部数自体は増えているのに、販売部数が減り、作家や出版社や書店の収入が減り続けることには、首を傾げざるを得ない。

 本来、共存共栄すべき図書館と作家・出版社・書店との関係が均衡を崩しつつあるのかもしれない。


Copyright © KOBAYASI Yasumi 2002, 2003


もどる

トップへ