駄文27 量子ブラックホールを利用した平衡型質量-エネルギー変換器


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 拙著『海を見る人』に収録されている「独裁者の掟」という作品に「量子ブラックホール・ラムジェット・エンジン」なるものが登場する。これは星間物質を燃料とし、100%に近い効率でエネルギーに変換する夢のエンジンであるが、作中で語られているように、大きな欠点も持っている。

 実はこのアイデアは宇宙作家クラブの大阪例会の最中に思い付いたものである。その後もこのアイデアに関して、大阪教育大学助教授・福江純さんや作家・林譲治さんとメールでのやり取りがあり、いろいろと卓越したアイデアが提案されたが、ここでは小林が提案した基本アイデアについて説明する。

 なお、文中青字で記した数式部分に関しては、興味がなければ飛ばし読みしていただいても、特に問題はない。

 さて、ブラックホールとはその表面重力があまりに強く、光すら脱出できないため、文字通り「黒い穴」のようになった存在である。ただし、重力が強いとは言っても、それはあくまで表面近傍の話であり、充分に離れていれば通常の天体と変わりはない。

 ブラックホールからエネルギーを取り出す方法はいくつか考えられているが、もっとも単純なのはブラックホールの周辺に形成される膠着円盤からの電磁波放射を利用する方法だろう。膠着円盤については、福江さんのホームページが非常にわかりやすく纏まっているので、そちらを参照していただきたい。

 厳密性を犠牲にしてメカニズムを簡単に説明すると、以下のようになる。

 ブラックホールに落下しつつある物体は真っ直ぐに落下するのではなく、ブラックホールを中心に渦を描きながら、ゆっくりと落下していく。これらの物質は遠くから見ると、ブラックホールを中心とする巨大な円盤の形になる。そして、この円盤は落下する物体の質量をエネルギー源にして、黒体放射の形で電磁波を放出する。

 一方、ブラックホールの周囲からではなく、ブラックホールから直接放出されるエネルギーもある。英国の物理学者ホーキング博士が理論的に予測したホーキング放射と呼ばれるものだ。これは通常のブラックホールでは殆ど無視できる量だが、小惑星クラスの小さなブラックホールでは重要になってくる。ホーキング放射により、ブラックホールはその質量を失い、その結果、ホーキング放射はますます激しくなり、ついには爆発的なエネルギーを放出し、ブラックホールは消えてしまう。(これをブラックホールの蒸発と言う)

 ブラックホールの周囲に形成された降着円盤からの黒体放射をエネルギー源として利用する場合、降着円盤に注入する質量の一部のみしかエネルギーに変換できず、残りはブラックホールの質量の増加分になってしまう。もっとも、太陽放射と同じエネルギーを得る場合でも年間1500兆 t ほどの増加でしかないので、充分大きなブラックホールなら、気にするほどのことではない。

 しかし、携帯型とは言わないまでも、1つのコロニー、1隻の宇宙船のエネルギーを賄う場合を考えた場合、無限に大きくなるのは移動の点からも、管理の点からもうまくない。

 そこで、比較的小さなブラックホールなら、ホーキング放射による蒸発と質量増加分がうまく釣り合わせて、ブラックホールの質量を変化させない理想的な質量エネルギー変換器ができるのではないかと考え、以下の考察を行った。

 なお、以下の計算では、ホーキング放射によって生まれる粒子は光子のみを仮定している。実際にはブラックホールの温度が充分高い場合、質量を持つ素粒子が発生するはずだが、その場合でももう一度回収して、降着円盤に導入することを繰り返せば、理論的には限りなく変換効率を100%に近づけることができる。

 以下、mks 単位系で扱う。

 質量降着率を m、ブラックホール本体の質量を M とした場合、降着円盤の黒体放射量 Ld は福江さんの論文 (天文月報 1995年 第88巻 第5号 p199-205) より、

  Ld = m * c2 / 12                                     (1)

ホーキング放射 Lh は 

  Lh = σ* T4 * 4 * π* (2 * G * M / c2)2                      (2)

ただし、T = h / (2 * π * c3 / (8 * π* G * k * M)

 定数に数値を代入して計算すると、それぞれ

  Ld = 7.49 * 1015 * m                                   (3)

  Lh = 3.562 * 1032 / M2                                 (4)

となる。平衡型質量エネルギー変換器の成立条件を投入した質量がすべて、黒体放射とホーキング放射で解消されることとすると、その時以下の式が成立する。

    m * c2 = Ld + Lh                                   (5)

 (5) に (3) と (4) を代入すれば、

    m * M2 = 4.321 * 1015                                (6)

という関係式が導かれる。

 この関係式を使い、まず家庭用のシステムを考える。必要なパワーを 10 kWとすると、ブラックホールの質量は 1970億 t、一秒間の投入燃料は 1.11 * 10-13 kg となる。約 36 m 離れた地点でも地球表面程度の重力があるので、設備的にはやや大掛かりなものになってしまう。また、日に 10 μg 程度の燃料消費ではゴミ処理用にもならない。

 次ぎに発電所 (100万 kW) のシステムを考える。ブラックホールの質量は 6.23億 t、1秒間の投入質量は 11.1 μg となる。日に 1 g 程度の燃料消費である。

 日本全体のエネルギー消費を賄うシステムの場合、消費エネルギーを仮に 5億 kW と仮定すると、ブラックホールの質量は 3000万 t、1秒間の投入質量は 5.56 mg、1日では約 500 g である。

 世界全体のエネルギー消費を賄うシステムは消費エネルギーを仮に 200億 kW とすると、ブラックホールの質量は 440万 t、1秒間の投入質量は 0.222 g、1日では 約 20 kg である。

 次ぎに宇宙船のエネルギー源として、検討してみよう。通常の星間ラムジェットでは核融合を想定しているが、それを量子ブラックホールを使った質量エネルギー変換器に置き換える。

 宇宙船の総質量を量子ブラックホールの2倍、発生するエネルギーの半分が船の加速に使われるとする。また、加速度は 10 m/s (ほぼ地球の重力に相当) とする。

 1秒間に発生するエネルギーを W、量子ブラックホールの質量を M とすると運動方程式は

    W / 2 / c = 2 * M * 10                               (7)

となる。これに (3) 〜 (6) 式を代入すると、ブラックホールの質量は3万1900 t、投入質量は 4.25 kg/s、出力は 3.82 * 1017 W という結果が得られる。

 ラムジェットの駆動最低速度は 0.01 c ぐらいを想定し、星間ガス密度を 1.17 * 10-21 kg/m とすると、燃料取り込み口の直径は 4万 km 程度になる。磁場形成のために潤沢なエネルギー使用が見込めること、宇宙船の規模が数万 t 級であることを考えると、あながち無謀な値ではないと思う。

 以下に問題点をあげる。

(1) 3万 t の量子ブラックホールの温度は 4千兆 K に達する。光子以外の粒子が大量に発生し、変換効率が落ちる可能性がある。

(2) 放射圧が強力すぎるため、重力の効果が表れず、降着円盤は形成されないと考えられる。むしろ、燃料を高エネルギービームの形で量子ブラックホールに撃ち込んでやらなければならないかもしれない。

(3) 短期的な出力調整では、燃料の増減と出力の増減は一致する。しかし、長期的には、燃料を増やせば、ブラックホールは太って出力が減り、燃料を減らせば、ブラックホールは痩せて、出力はあがることになる。出力調整はかなり微妙な制御が必要である。

(4) 燃料を補給しなかった場合、量子ブラックホールは1.3年ほどで蒸発してしまう。直感とは逆に痩せるにしたがって、出力が大きくなるため、消える直前にはかなり危険な状態になってしまう。

 問題点があるということはハード SF 的にはねたにしやすいということなので、喜ぶべきことなのである。

 なお、ブラックホール・エンジンについてのさらに踏み込んだ考察を福江純さんがここに書かれている。興味のある方には是非参照していただきたい。


Copyright © KOBAYASI Yasumi 2002


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