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駄文43 盆地底の風景

〜巨椋池、河内湖(草香江)、奈良湖は本当に消失したのか〜

 盆地という地形はそう珍しいものではなく、日本各地に存在している。盆地というからには、周囲が高く中央が比較的平らでかつ低地になっていると考えられる。となると、自然の成り行きとして、盆地の最も低い中心付近には必ず止水域(内海・湖・沼・池・泉・湿原)があるのではないかと想像される。このような止水域をここでは、「盆地底水域」と呼ぶ事にする。

 実際に調べてみると、たいていの盆地底は水田として利用されている事がわかる。おそらく元々湖沼や湿原だったところを水田にしたのだろう。ただ、中には天然の止水域が残っている盆地も結構ある。(ただし、天然の水域と人工の水域を区別するのは容易ではない。現代において、全く人間の手が入っていない水域は稀なのだ。ここではひとまず水田・溜め池・ダム・遊水地は除くこととする)

(1) 盆地底水域の主要部が内海

濃尾盆地(伊勢湾)、大阪盆地(大阪湾)、関東盆地(東京湾) 等

(2) 盆地底水域の主要部が湖沼(池泉)

近江盆地(琵琶湖)、猪苗代盆地(猪苗代湖)、津軽盆地(十三湖)、諏訪盆地(諏訪湖)、新潟盆地(鳥屋野潟)、熊本盆地(江津湖)、幕下盆地(南大東島のカルスト湖沼群)、松本盆地(安曇野わさび田湧水群)、米沢盆地(白竜湖)、富良野盆地(鳥沼)、由布院盆地(金鱗湖)、忍野盆地(忍野八海) 等

(3) 盆地底水域の主要部が湿原

尾瀬盆地(尾瀬ヶ原)、京都盆地(向島のヨシ原)、豊岡盆地(下鶴井のヨシ原)、坊ガツル盆地(坊ガツル)、黒沢盆地(黒沢湿原)、中池見盆地(中池見湿原)、横手盆地(雄物川刈和野湿地、雄物川小種湿地) 等

 以下、内海と湖沼と湿原を区別せず(実際完全な区別は難しい)、止水域の面積順に10位まで並べてみた。ただし、複数の止水域がある場合は最大のものの面積で比較した。

#おそらく抜けはあると思うが、ご容赦されたい。

1 濃尾盆地 伊勢湾 1738km2
2 大阪盆地 大阪湾 1500km2
3 関東盆地 東京湾 922km2
4 近江盆地 琵琶湖 670km2
5 猪苗代盆地 猪苗代湖 103km2
6 津軽盆地 十三湖 18km2
7 諏訪盆地 諏訪湖 13.3km2
8 尾瀬盆地 尾瀬ヶ原 760ha
9 新潟盆地 鳥屋野潟 137ha
10 京都盆地 向島のヨシ原 88ha

 10位までに3つも近畿の盆地(大阪盆地、近江盆地、京都盆地)が入っている。濃尾盆地も近くにあることを考えると近畿には盆地ができやすい理由があるのかもしれない。

 なお、京都盆地には巨椋池、河内盆地には河内湖、奈良盆地には奈良湖があったが、干拓や自然の土砂の堆積により消失してしまって、今では水田や宅地として利用されている。特に巨椋池は昭和16年まで存在していて、もし巨椋池が残っていれば、京都盆地は尾瀬盆地を抜いて7位になっているところだが、干拓後でも9位というのは意外と健闘している。向島のヨシ原は地元でも無名な湿原で、実は小林の実家から2kmしか離れていないのに最近まで存在を知らなかった。

 因みに、大きな水域も人の手が入ってないのではなく、あまりに大きいので、人工の影響が小さいだけである。東京湾や大阪湾はせっせと埋め立てられているが、まだまだなくなりそうにない。

 ところで、水田は大きく、乾田、半湿田、湿田に分けられる。乾田というのは非灌漑期には乾燥する水田、湿田というのは非灌漑期でも水面があるような水田、半湿田とはその中間で非灌漑期にはぬかるんでいる状態の水田である。常に湿潤な環境にあるという意味では、半湿田や湿田は湖沼・湿原と区別が付かない。むしろ、天然の湖沼・湿原を水田として利用した者が湿田だと言ってもいいだろう。しかし、農地として利用されると、なぜか地図にも湖沼としては掲載されないようである。たとえば極端な例としてこういうものがある。

地図にない湖と“どぶね農業”

 これを見て、ひょっとすると盆地の底にある水田の中には、実質的には湖沼・湿原である湿田・半湿田があるのではないか、と思った訳である。もしそうだとすると、巨椋池・河内湖(日下江)・奈良湖は単に地図上から消えただけで、本当は消失していない事になる。

 ただ、ネット上で確認するのはかなり難しい。そもそも、たいていのネット地図では水田は水域として扱われない。国土地理院の地形図には水田の記号があるが、現在の地図記号では湿田と乾田を区別しないので、どうしようもない。Google等の航空写真を見てもどうもはっきりしない。

 ところが、国土交通省のサイトで面白いページを見付けた。

国土調査課 土地分類調査、水調査

 各種土地分類調査、水調査のデータがあるのだが、この中の土地分類基本調査の1つに土壌図というのがある。これは土壌の種類を地図にしたものだが、湿田か乾田かは土壌の種類で区別できるらしい。(下のページの表1-3-2参照)

http://www.agri.pref.hokkaido.jp/center/seika/tensaku/1-31.pdf

 つまり、水田の土壌がグライ土壌や泥炭土壌なら湿田、灰色低地土なら半湿田と判断してよさそうだということだ。

 さて、巨椋池干拓地の土壌図を見ると、果たして大部分がグライ土壌、灰色低地土壌だという事がわかる。つまり、湿田・半湿田である可能性が高いという事になる。

土壌図 京都東北部・京都東南部(昭和57年)

 また、奈良盆地の安堵町、大和郡山市などの佐保川流域には湿田が多いことがわかる。

土壌図 桜井(昭和56年)

 近畿地方全体を見ると、大阪府の東北部に広大な湿田地帯があったらしい事がわかる。

土壌図 近畿地方(昭和39年)

 ただし、これらの地図は、数十年前に作成されたものばかりで、現代においても湿田・半湿田が残っているという保証はない。そこで、実際に現地にいって調べてみる事にしたのである。以下は、日本の盆地底探検の記録である。(随時更新予定)

1. 京都盆地

(1) 旧・巨椋池

(2) 京都水盆

2. 河内盆地

(1) 旧・河内湖

(2) 旧・河内湾(旧・河内湖以外)

3. 奈良盆地

4. 大阪盆地


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