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駄文43 盆地底の風景

2. 河内盆地

(1) 河内湖

 縄文時代には河内盆地はほぼ河内湾になっていた。時代が下り、古墳時代には潟湖――河内湖(草香江)となった。河内湖は自然の堆積や人工の治水工事で、少しずつ縮小しながら江戸時時代まで深野池や新開池として、かなりの面積を残していた。現在、一般的には、深野池のわずかな痕跡として弁天池と深野池(昭和時代に作られた遊水池)のみが残っているとされている。

・河内湖 - Wikipedia

 という訳で、上記2つの池を含めて、現在に残る河内湖の痕跡を探ってみることにする。なお、河内湾と河内湖は断絶したものではなく、徐々に推移したものなので、厳密に切り分けることはできないが、とりあえずここでは寝屋川流域を河内湖の範囲ということにする。


より大きな地図で 旧・河内湾 を表示

現在の旧・河内湖の領域

[天然残存水域]

 人の手が入っていても、恒久的水域→一時的水域→陸地 というプロセスの流れ上にあるものは天然残存水域として扱った。また、川の流路変更で取り残されて出来た三日月湖も本来の目的以外に形成されたという事で天然残存水域として扱う。

1) 弁天池

2) 深野池・深北緑地および周辺水田

3) 北島の水田

4) 大池および鶴見緑地周辺水田

5) 砂周辺水田

 

[人工復元水域]

 いったん陸地化した後に水域が復元したものは人工復元水域として扱った。また、堰堤や水制工など流水域を遮って、止水域的環境にしたものも人工復元水域として扱う。

6) なわて水みらいセンター

7) 鴻池水みらいセンター

8) 川俣水みらいセンター

9) 放出せせらぎの里(放出下水処理場)

10) 中浜せせらぎの里(中浜下水処理場)

11) 平野せせらぎの里(平野下水処理場)

12) 今福下水処理場


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